Works 197号 特集 活躍寿命を延ばせ
キャリアロンジェビリティ実践へ 企業と個人がすべきこと
ここまで、キャリアロンジェビティの概念や世界の動向、最新の科学、日本企業の課題の理解に努めてきた。ここからはいよいよ「実践編」だ。企業や個人はどうあるべきか、また、どんな行動を起こすべきか。キャリアロンジェビティに必要な要素を国内外の具体的な事例や知見から学んでいく。

まずは、「ロンジェビティはなぜ、経営課題か」から見える、キャリアロンジェビティのポジティブ・ネガティブを合わせた可能性を整理したい。
第1に、吉森保氏が示したように、人々はより長寿になり、健康寿命も延び、従来より長く活躍できる可能性を持っていること。これは人手不足に悩む社会にとっては朗報であるものの、「一方でAIの急速な進化によって人間の仕事のあり方が変わり、社会的な分断を招くリスクもはらんでいる」(ロンジョン・ナグ氏)こと。これが第2の可能性だ。第3として、日本は国民皆保険制度など進んでいる側面もあるが、石山恒貴氏が指摘するように、日本型の雇用制度が残るなかではキャリアロンジェビティの実現は容易ではない、という可能性だ。
これらを視野に入れると、私たちは今、人々が自律的に「マルチステージ」で活躍していける世界に転換すべき交差点に立っているのかもしれない。その転換に向けて、個人、企業、社会はどうあるべきか、どう行動すべきかを、「Asset(持つべき資産)」「Break(壊すべき壁)」「Chance(つかみたい機会)」の3領域、7項目で示したのが、下の図だ。
挑戦を許容する文化への転換は若手の人生の物語に影響する
まず「Asset」の領域においては、健康や脳機能、お金・財産を持続可能な状態へとアップデートしていく。本来、これらはプライベートな領域だが、後藤宗明氏が主張するように、キャリアロンジェビティの基盤として、社員のプライベートに適切に介入していく姿勢が求められる。
お金・財産については、世界経済フォーラムのレポート※における「持続可能な長寿社会に向けた5つの行動分野」では、社会が担う強靭な公的年金制度の構築と同時に、企業は社員の財務的な健全性を支援しなければならないと提唱されている。個人が次のステップに臆せず踏み出すために、ファイナンシャル・リテラシーを身につける研修の提供などが企業の役割となる。
「Break」は、マルチステージを軽やかにステップしていくための、マインドセットを築く領域だ。年齢へのバイアスや専門性のくびきから解放され、大胆な職種の転換や学び直し、越境を許容する文化の醸成は、中高年層だけでなく、若い世代にも影響を与える。後藤氏は、「人生の物語が変わったことを示す必要がある」という。65歳で定年を迎えてキャリアが終わる社会なのか、年齢に関係なく活躍できる環境なのか。それによって若手のキャリアへの意識は大きく変わっていくためだ。
※World Economic Forum(2025)“Future-Proofing the Longevity Economy: Innovations and Key Trends”
異なる専門領域を持つことが技術的失業への対抗策となる
同時に、「機会(Chance)」を個人も企業もつかみにいかなければならない。
後藤氏は、改めてリスキリングによる新しい領域への挑戦の重要性を説く。「AIによる技術的失業に対抗するには、複雑化・多様化する企業や社会の課題を俯瞰して解決する能力が求められます。その能力の基盤こそ、『学際的スキル』、つまり複数の異なる専門分野を持つことです。異なる分野の知識を統合・応用し、新たな洞察を生み出し、イノベーションを起こしていくことが、人間に残された役割の1つになると考えます」
企業にとっては、世界で盛り上がるロンジェビティビジネスのエコシステムに入っていくチャンスもある。それは、次世代の日本人にとってのチャンスにもなるのは間違いない。同時に、後藤氏は「私が推奨するのは、『シニアの、シニアによる、シニアのためのロンジェビティ事業』の立ち上げ」だという。「当事者である中高年層自身がリスキリングに取り組み、長寿社会を支える新規事業の開拓を担うプレイヤーになる。この取り組みが、組織内に新たな雇用と活力を生み出すだけでなく、高齢化の最先端を行く日本が、世界のロールモデルとなる好機になると思います」(後藤氏)
以下に紹介する国内外の知見、既に実践している事例は、Asset、Break、Chanceの3領域に割り振って紹介しているが、それぞれ領域をまたいだ学びもある。ぜひ、参考にしてほしい。
Asset(持つべき資産)
- 長寿の実現:京都府立医科大学大学院・内藤裕二氏
- ブレインロンジェビティ:ウリ・シュミッツ氏、スシュミタ・スワミナサン氏
健康 健康を自己責任のみとせず 企業がコミットし長く働ける身体を維持
| 個人 | デジタルデータを用いて健康を可視化し、健康に関する正しい知識を獲得する |
| 企業 ・ 社会 |
個人との信頼関係に基づき、テクノロジーを活用し、社員の健康に適切に「介入」する |
脳機能 AIと協業しつつも依存しすぎず 問いを立てる力と創造性で脳を鍛え続ける
| 個人 | AIへの依存が脳にもたらす影響を把握。自身や人の得意分野を自覚し、AIとの適切な協業に努める |
| 企業 ・ 社会 |
意思決定力や暗黙知など人の得意分野を理解し、それらを棄損しない組織構造・業務プロセスをつくる
|
お金・財産 老後不安を解消しお金のための労働から解放、挑戦を選べる基盤を作る
| 個人 | 適切な金融リテラシーを身につけ、やりたいことができたときにすぐに動けるようにする |
| 企業 ・ 社会 |
年齢にかかわらない報酬制度の設計、社員への適切な金融リテラシーの提供、資産形成の支援をする |
Break(壊すべき壁)
- 企業とコラボするロンジェビティプログラム:カトリカ・リスボン経済経営大学院(ポルトガル)
- 企業ネットワークでシニア人材支援:Club Landoy(フランス)
- 挑戦のためのカルチャーと仕組みづくり:コクヨ
- 社会と自分の物語の制約を解き放つ:東京学芸大学・浅野智彦氏
発想・常識 年齢差別やバイアス、専門性の罠に陥らないよう、思考の多様性を持つ
| 個人 | 会社や専門領域、同世代など同質性のなかに閉じず、多様な人々や領域と交流するように努める |
| 企業 ・ 社会 |
「世代間交流」や「越境」を仕組み化。異なる領域や価値観との出合いを演出する |
心理的・物理的制約 入社・働く・定年という1つの物語から 複数のキャリア、人生を重ねるマルチステージの物語へ
| 個人 | 自分が何にとらわれているかに自覚的になり、それを壊すために多様な人との対話を |
| 企業 ・ 社会 |
組織における「新しい物語」を紡ぎ、それを象徴する事例を積極的にシェアする |
Chance(つかみたい機会)
- イノベーション拠点を都市全体で創出:NICA(イギリス)
- 国、企業、個人一体でのロンジェビティ推進:シンガポール国立大学(シンガポール)
- リバースメンタリング:NEC
- 保険会社でロンジェビティマーケティングを推進:フィデリダーデ(ポルトガル)
仕事・学びの機会 マルチステージ化に向けて 新しい知識やスキルを身につけ、新しい職務へ
| 個人 | AI時代に必要な主体性を常に意識し、好奇心を持って新しいことに手を挙げる |
| 企業 ・ 社会 |
キャリア自律の仕組み化。年齢にかかわらず本人の視界とキャリアを広げるアサインメントを行う |
新事業 ロンジェビティビジネスを創出し 組織の知見・リスキリング・新交流につなげる
| 個人 | シニア層は特に、自らの経験や知見をロンジェビティビジネスに生かし、活躍の場を広げる |
| 企業 ・ 社会 |
ロンジェビティエコノミーという巨大市場で、自社ができることを事業化していく |
Text=入倉由理子 Illustration=石山好宏
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