Works 184号 特集 多様な働き方時代の人権

フリーランス新法で何が変わる。「口約束」の契約トラブルを回避

2024年07月18日

業務委託契約などでフリーランスという働き方が広がるなか、契約トラブルも後を絶たない。
トラブルを防止するためにいわゆる「フリーランス新法」も成立し、2024年秋までに施行される予定だ。
プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会代表理事の平田麻莉氏に、新法のポイントと課題を聞いた。


同協会の2020年の調査では、契約上のトラブルを経験したことのあるフリーランスは回答者の45.6%に上り、「最も問題なのは、口約束の横行」(平田氏)だという(下図)。「口約束だと報酬の未払いや一方的な減額のようなトラブルが起きても契約条件を示すエビデンスがないため言った・言わないの議論になり、法的解決が難しくなってしまいます」

フリーランスの契約トラブル実態アンケート出所:プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会「フリーランス白書 第5章フリーランスの契約トラブル実態」(2020年)

さらに未払いが生じても、法的措置に必要な弁護士費用や労力、解決に費やす時間が取り返す金額に見合わないからと、フリーランス側は泣き寝入りしがちだ。このため発注側も「どうせ法的措置は取らないだろう」と高をくくっている節もあるという。

下請代金支払遅延等防止法(下請法)は発注者に対して、契約や発注に関する書面を発行するよう義務付けているが、資本金1000万円以下の企業は適用対象外で「無法地帯」なのが現状だ。「吉本興業のような有名企業ですら、資本金1000万円です。所属する芸人と契約書を交わしていないことが話題になりましたが、下請法の対象外なのでなす術はありません」

2024年秋にも施行予定の「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス新法)は、泣き寝入りせざるを得なかったフリーランスの状況を改善すると期待されている。資本金の額を問わず全発注者に対して、書面などで契約条件を明示し、納品から60日以内に報酬を支払うよう求めているなど、「契約書を作るのは手間」という発注者のごり押しが通用しなくなることは大きな改善点だ。

新法では受注者、発注者双方の負担を軽減するため、正式な契約書以外に発注の際のSNS画面のスクリーンショットやメールの箇条書きも「エビデンス」として認められる見通しだ。一方で、コンプライアンスを意識するあまり、過剰な「証拠書類」を求める発注者も現れている。たとえば研修講師を1回引き受けただけで、発注者から過去3年分の決算書の提出を求められる、といったケースだ。

現場は搾取が横行
実態は労働者のフリーも

ただし、新法ではカバーしていない問題もある。総務省の就業構造基本統計によると、フリーランスの数は2022年、副業を含めて257万人。職種も弁護士のような高度専門職からエステティシャンや技術者、ギグワーカーなどへ多様化したが、それに伴い、内実は「労働者」として労働法に守られるべき人たちが個人事業主などの立場となり、搾取されるケースが後を絶たない。

あるリラクゼーションサービスの会社では、勤続10年のセラピストをサロンというプラットフォームの「利用者」とみなし、「システム利用料」として報酬の約半分を天引きしている一方で、「9時から働けない人はその日勤務させない」など、有形無形のペナルティを作り、事実上のシフト勤務を強いている。「食事休憩も取れず顧客対応に追われ、自己裁量で働いているとはとてもいえない。労働者性が強い『偽装フリーランス』の状態」という。

専門学校の講師や旅行会社の添乗員、テレビ番組制作会社のスタッフなどにも、シフトで勤務していたり社員と同じ仕事をしていたりと、法的には労働者とみなされるであろうケースが多々ある。なかには違法性を認識している悪質な経営者もいるが、勘違いや知識不足で、自分のしていることが違法だとわかっていないケースもあるという。

「労働者性については、指揮監督や拘束性の有無など複数の要件を総合的に判断するため基準がわかりづらい。各都道府県によって労働局の判断がぶれているのも問題です」

一方、偽装フリーランスとみなされるのを恐れる企業が指揮命令のないことを証明しようとするあまり、社員とフリーランスの人が一緒にトイレに行くことすら禁じているケースもあるという。平田氏の元には、発注者側から「請負で働く人にも福利厚生や研修を提供したいが、労働者と判断されてしまうだろうか」という相談も寄せられている。

同協会が作成した「偽装フリーランス防止のための手引き」のなかには労働者性が高い「要注意ケース」と同時に、コンプライアンスを意識しすぎた「やりすぎ」ケースも示している。「今は偽装フリーランスとオーバーコンプライアンスが混在する状態。手引きを通じて少しでも線引きができればと思います」

進まぬライフリスク対策
「税金逃れ」の誤解を払拭

契約トラブル対策を主眼とした新法の成果に期待する一方、平田氏はさらなる改善点として、「当事者のニーズに適った社会保障制度の構築」を挙げる。フリーランスの要望が最も高いのは、出産・育児・介護などライフリスクへのセーフティネットだというのだ。

フリーランスの多くが加入する国民健康保険は、労使折半の健康保険と違って個人の保険料負担が大きいうえに、育児・介護などに伴う休業給付もない。年金も国民年金のみの「1階建て」で、会社員などに比べると将来の給付額も少ない。

政府は偽装フリーランスにあたる人は、被用者性が認められるとして社会保険を適用する方針を打ち出しているが、それ以外の人に関する議論はあまり進んでいない。育児休業の給付金創設も検討されているが、無職の人や高齢者を支える国民健康保険に余裕はなく、かといって正社員のように雇用保険で賄うことへの反発も強いため、財源確保がネックとなり宙に浮いたままだ。

協会では「高齢者と無職の人は、企業などの健康保険組合も含めた社会全体で支え、すべての働き手に中立的な社会保障制度を確保すべき」だと主張しているが、「フリーランスは節税などの恩恵を受けられるのだから、社会保障まで手厚くするのは不公平だ」というイメージは政治家や官僚、さらに社会にも根強いという。
「偏見を払拭するため、当事者も適切に所得を申告し納税義務を果たさなければいけません。同時に契約に関する知識を身につけ、不審な点があればフリーランス・トラブル110番(※1)に相談するなど自衛することも求められています」

Text=有馬知子 Photo=平田氏提供

(※1)第二東京弁護士会が厚生労働省の委託で運営するフリーランスの相談窓口。 

平田麻莉氏

プロフェッショナル&パラレルキャリア・
フリーランス協会代表理事

大学卒業後、PR会社で国内外50社以上の広報業務に従事。修士号取得、専業主婦を経て、フリーランスで広報や執筆を行う傍ら、2017年1月にプロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会設立、代表理事に就任。フリーランスの実態調査や政策提言、審議会での発言などを通じてフリーランス新法制定に尽力。