Works 195号 特集 経営とインクルージョン
インクルージョンの境界線の設計。哲学から問い直すインクルージョンの本質
「インクルージョンとは経営の哲学を問う言葉」だと、哲学を専門とする静岡大学の藤井基貴氏は指摘する。深海生物カイロウドウケツ(偕老同穴)を手がかりに、インクルージョンの本質を改めて考えてみる。

静岡大学教育学部 教授
藤井基貴氏
2005年名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士課程修了。名古屋大学高等教育研究センター特任講師として勤務の後、2008年4月より静岡大学教育学部准教授。
2026年4月より現職。専門は哲学・教育学。
アフリカの有名なことわざに、「速く行きたければ1人で行け。遠くへ行きたければ共に行け」というものがあります。かつてのように、国籍や学歴が似通った同質性の高い集団は、マネジメントの効率こそ優れているかもしれませんが、そこから生み出される成果は限定的な範囲にしか波及しない可能性があります。経営がグローバル化するなかで、より遠くまでリーチしようとするならば、多様な要素や予期せぬ視点を取り入れることが必要です。しかし、いざ実践しようとすると、組織の規律が保てなくなったり、「みんな違ってみんないい」という価値相対主義に陥ったりと、多様性が足かせになってしまうことも少なくありません。
価値観が多様化し、先行き不透明な現代において、売上や利益といった数字のみを共通目標に掲げても、組織の成熟は望めないでしょう。企業が共有すべき価値(バリュー)、目指す姿(ビジョン)、存在意義(パーパス)、果たすべき任務(ミッション)を言葉にして掲げるのは、それこそが、組織を持続的な成長へと突き動かす原動力になるからです。その点で、今は哲学の時代だといえるかもしれません。あらゆる組織は、「私たちは何を解決し、どこへ向かうのか」という問いを突きつけられているのです。インクルージョンやインテグリティ、サステナビリティ、レジリエンスなどは、まさに何らかの課題を解決するために生まれた概念であり、変化の激しい現代社会において、目指すべき指針を与えるコアバリューです。
こうした経営の哲学を問う言葉が、外来語のままカタカナ表記で使われていることには理由があります。概念を固定化された定義としてスタティック(静的)に捉えてしまうと、解釈の余地が失われ、かえって組織の停滞を招きかねません。むしろ、概念とは生成と変容を繰り返すものだとダイナミック(動的)に捉え、時代に合わせてアップデートし続けるプロセスそのものが重要なのです。
とりわけグローバル展開する企業においては、こうした外来語を日本の文脈ではどう考えるのか、グローバルでの対話を通じて、自社なりの定義を再解釈していくプロセスが必要です。それは、自社の立ち位置を明確にするうえで有効な試みとなるでしょう。
異なる生命が出会うことで安定的なエコシステムを形成
では、インクルージョンという概念をどう考えていくべきか。インクルージョン(包摂)の対義語は、エクスクルージョン(排斥・除外)であり、そもそもインクルージョンとは何かの内側に含められている状態を意味します。ここで考えるべきは、内と外を分ける境界のあり方です。拒絶の壁を作るのか、緩やかに移行可能な網目と捉えるのか。インクルージョンを停滞から解き放つには、その境界をいかに設計するか、議論を通じてアップデートし続けていくことが欠かせません。
そこで、1つ示唆に富む例を紹介します。先日、静岡大学のキャンパスミュージアムで「カイロウドウケツ」という深海性の海綿生物を目にしました。その生態が非常に興味深いものでした。
カイロウドウケツは白い網目状の筒形構造を持っており、その微細な網目の隙間をくぐり抜けて、小エビ(ドウケツエビの幼生)が内部に侵入します。当初は多くの小エビが出入りしますが、最終的には一対のオスとメスだけが残って内部に棲みつき、産卵します。孵化した子エビたちは、やがて網目を通り抜けて外の世界へと旅立っていきます。ところが、親エビたちは脱皮を繰り返して体が大きくなり、網目を通れなくなってしまいます。つまり、親の一対はその閉鎖空間のなかでカイロウドウケツと生涯を共にするのです。
特筆すべきは、カイロウドウケツとエビの間には、緩やかな代謝の連動がある点です。カイロウドウケツが海水をろ過することでエビが有機物を受け取り、エビが内部を動き回ることでカイロウドウケツの内部が清浄に保たれる。一方が他方を一方的に養うのではなく、異なる生命が網目のなかで出会うことで、単体では成し得ない安定的なエコシステムを形成しています。
次世代を外の世界へ送り出すという機能は維持されたまま、内側では天敵から守られるという秩序と安全が保たれている。カイロウドウケツの網目は、外部に対する拒絶の壁ではなく、通過を許容する接面(インターフェース)として機能しているのです。
「ここにいたい」と思わせながら外の世界への挑戦も許容する
この生命のあり方は、現代組織におけるインクルージョンの理想形を示唆しているように見えます。なかに閉じ込めることは、決して監禁を意味しません。カイロウドウケツに見られるのは、一度迎え入れたメンバーを安易に排除せず、最後まで運命共同体として抱きしめていく覚悟です。メンバーにとって、成長して外に出られなくなることは制約ではなく、むしろ揺るぎない信頼に基づくアライアンスだとも解釈できます。
たとえば、創業者のような存在が確固たる組織の考え方を形成しながら、そこに若い力を次々と迎え入れ、育て、外の世界へ送り出していく。内側で育まれた価値を携えた次世代が外へ伝播していく姿は、組織のパーパスが社会へと広がっていくプロセスそのものです。

カイロウドウケツは、海底に固着して生活する海綿の仲間だ。日本では相模湾や駿河湾などで生息している
カイロウドウケツに学ぶ組織のインクルージョンとは、単なる囲い込みではありません。それは、内部では「ここにいたい」と思わせる文化を醸成しながらも、外の世界へと挑戦することを許容する、高度な境界設計の規律であると感じます。
このように、カイロウドウケツをメタファーとして、組織のあり方を考えてみるのも面白い試みです。カイロウドウケツは会社かもしれないし、あるいはビジョンかもしれません。構成員は入れ替わっても、ビジョンは変わらずに存在し続けているのだ、と考えることもできるでしょう。
「内部の水質は外より少し塩分濃度が高いので、それを好む人は来てください」とか、「外への出入りは自由ですが、内部ではこういう役割を期待します」など、自社なりの境界線をデザインし、誠実に説明責任を果たしていくことが、これからのインクルージョンのあるべき形だと思います。
インクルージョンは、世界共通のコアバリューの1つです。それに対して、個々の企業がどのような哲学を持っているかは、その企業の文化的成熟度を測る重要な指標になります。外国人採用や女性活用などの数値的な指標を並べるだけでは、本質には迫れません。インクルージョンの概念が自社の歴史や伝統とどうつながるか、あるいはどこがつながらないのか、自社の哲学を明確に語れることが何よりも重要なのです。
Text=瀬戸友子 Photo=刑部友康、静岡大学キャンパスミュージアム提供
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