Works 195号 特集 経営とインクルージョン

出光興産|徹底した対話によるインクルーシブなPMIと環境づくり

2026年04月24日

出光興産と昭和シェル石油は2019年に経営統合し、新たなスタートを切った。2025年にはPMI(Post Merger Integration:M&A成立後の統合プロセス)に区切りをつけ、新たな行動指針を制定している。100年を超える歴史があり、独自の組織文化を持つ2社の統合は決して容易ではないはずだ。同社はどのようにインクルーシブな組織を構築していったのだろうか。

内山直之氏(左)と大津麻衣氏(中央)と長谷場友氏(右)の写真

出光興産 人事部企画課長
内山直之氏(写真左)
 
人事部DE&I 推進室長
大津麻衣氏(写真中央)
 
人事部企画課 専任部員(人事制度企画担当)
長谷場友氏(写真右)

出光興産と昭和シェル石油は、経営統合にあたり、相互理解を重ねながらPMIを慎重に推進してきた。異なる歴史と文化を持つ2社は、統合に伴う課題をどのように整理し乗り越えてきたのか、人事部の担当者3人に話を聞いた。
 
統合における大きな課題の1つが、社員一人ひとりのマインドに深く根付いた組織文化の違いをいかに解消し、融和・統合していくかという点だろう。人事部DE&I推進室長の大津麻衣氏は統合直後の取り組みを次のように振り返る。

「当時、私は広報でPMIを担当していましたが、まず取り組んだのは、『MIRAIキャンプ』というお互いを知るためのプログラムです。出光興産出身者と昭和シェル石油出身者が半々になるよう若手社員を集め、互いの会社に対するイメージを率直に出し合いました。そのうえで、“いや、違うよ。それは思い込みだよ”といった対話を重ねました。15回ほどのセッションで、参加者はのべ1000人を超えています」

丁寧に共通項を見出し 統合の基盤を築く

「このプログラムによって相互理解が進んだことが、その後の統合を進めるうえでの重要な土台になりました」と、人事部企画課長の内山直之氏は言う。

「意見を交わすなかで、目指す方向は同じであること、そして両社が大切にしてきた価値観にも多くの共通点があることが見えてきました。社員一人ひとりが対話を通じてそれを実感できたことが、統合を円滑に進める力になったと思います」
 
組織文化と並んで重要なテーマとなったのが、人事制度の統合である。新人事制度の構築に携わった内山氏はここでも「共通点を見出す」姿勢を重視したという。

「制度検討にあたっては、どちらか一方の制度に寄せるのではなく、双方が大切にしてきた考え方を尊重しながら、丁寧にすり合わせを行いました。その過程で、『挑戦を推奨すること』『人の育成を重視すること』といった共通の価値観が浮かび上がり、出身会社に関係なく共有できる考え方の基盤が形づくられていきました。これを土台として、新たな人事制度を構築していったのです」
 
このように、両社が互いの強みを取り入れ、新たな価値観と1つの組織を作り上げていくことこそが、経営陣が統合当初から掲げていた一貫したスタンスだった。さらに、その姿勢が形骸化しないよう、トップから現場に至るまで制度と意識の両面で統合を進めていったという。
 
では、なぜ出光興産は統合初期からこのようなスタンスを取り得たのか。その背景には、統合後の企業理念「真に働く」に象徴される価値観がある。この理念の根底には、「世の中の役に立ち、尊重される人を育てることこそが企業の目的であり、事業はそのための手段である」という考え方がある。創業以来受け継がれてきた「人」を大切にする考え方は、昭和シェル石油の価値観とも通じるものだった。その共通の土台があったからこそ、PMIにおいても対話と相互理解を重んじる姿勢が貫かれ、統合を着実に前に進めることができた。

「石油ビジネスは今後も右肩上がりで成長し続けるという状況ではありません。だからこそ、私たちが持つ資産を最大限に生かし、エネルギーの安全・安定供給という使命を果たしながら、成長領域のビジネスを推進していく必要があります。その担い手となるのは『人』ですから、人を育てることを何より大切にしなければならないのです」(内山氏)

円の上にバラバラに配置された、多様なデザインのミニチュア椅子の俯瞰写真。

行動指針は多様な個が迷ったときに立ち返る共通の拠りどころ

こうした考えのもと、同社は社員一人ひとりの理解度や温度感を見極めながら、段階的に取り組みを進めてきた。統合から2年後の2021年に企業理念「真に働く」を成文化し、さらにその4年後の2025年には、理念を日々の具体的な行動に落とし込むための行動指針(徹底的当事者意識、飽くなき成長意欲、誠実・相互信頼、大胆に挑み続ける、常に考え決断する、相違を乗り越える、人を活かすの7項目)を策定している。
 
これらの理念や行動指針もまた、経営陣から社員まで幅広いメンバーとの対話を重ねて形づくられた。新たな行動指針を打ち出した2025年には、全60部署で理解浸透を目的とした説明会や座談会を実施し、現場レベルにまで丁寧に落とし込んでいったと、人事制度企画担当の長谷場友氏は語る。

「実施後のアンケートでは、新しい行動指針に対する理解度、共感度、体現イメージについて確認していますが、いずれも肯定的な回答が9割近くを占め、確かな手ごたえを感じています。なかでも、座談会に参加した社員のスコアが高い点が特徴的です。身近な同僚の考えや価値観に触れながら意見を交わすことで内省が深まり、より本質的な理解につながっているのだと感じています」(長谷場氏)
 
新行動指針を共通言語に、組織の一体感を高めるインクルーシブな環境づくりに欠かせないのが、管理職による日常的な関わりだという。

「当社では管理職を『管理するだけの役割ではない』という意味を込めて『役職者』と呼んでいますが、その最も重要な役割は『人を育てる』ことです。部下をどう成長させるか、そのためにどんなチャレンジをしてもらうか、そして何かあったときにどう支えるかを日々考えています。仕事については、ゴールを明確に示したうえで、その過程は部下に委ねるというのも、出光興産の特徴です」(大津氏)
 
新たな行動指針は社員の評価項目にもなっており、社員一人ひとりが日々の業務のなかで実践することを促進する仕組みになっているという。「行動指針がスローガンとして掲げられるだけではなく、日々の業務や振り返りの場で自然に使われ、上司―部下間の共通言語として機能することを目指しました」(長谷場氏)
 
行動指針は画一的な行動を求めるものではなく、多様な個が判断や行動に迷ったときに立ち返る共通の拠りどころとして位置づけられている。そうした指針を軸に、日々の業務や振り返りの場で丁寧な対話を重ねていくことが、個々の力を引き出し、組織としての一体感を育てていく。日常の対話の積み重ねこそが、個々人が活躍できるインクルーシブな環境を形づくり、統合を一過性のものに終わらせず、組織に根付かせていくための要となっている。

 

Text= 伊藤敬太郎 Photo=今村拓馬