Works 196号 特集 人事のダイエット
ライオン|人事DXはXから始めよ。あるべき姿を基に本質的な無駄を削減
ライオンは人事や経営管理など多くの領域で、DXを通じた事業改革を進めている。取り組みで特徴的なのは、トランスフォーメーション後の「X」の姿をまず描き、その達成に必要なデジタル技術を考えるというアプローチを徹底していることだ。

ライオン株式会社
デジタル戦略部
戦略企画室長 兼 経営企画部
菊池 智裕氏(写真左)
デジタル戦略部
戦略企画室
吉村美希氏(写真右)
同社は経営管理や営業、人事など13のテーマを設定し、重点的にDXを通じた課題解決に取り組んでいる。具体的な施策の企画立案とその実践、さらに「実行部隊」となる人材の育成を担うのが、2023年に発足したデジタル戦略部だ。
DXの実施にあたっては「デジタル技術ありき」で効率化する業務を選定する、というアプローチを取る企業も多いが、同部戦略企画室長兼経営企画部の菊池智裕氏は「我々はX(トランスフォーメーション)の後にD(デジタル)、という順番で進めています」と話す。
「最初に『どう変わりたいのか』というXの姿を描き、経営トップが意思決定したうえで、それを実現する手段としてデジタル技術を活用できるか考えるのです」
人事の領域に関しては、「多様な価値観を生かせる環境整備」「最適配置とリーダー育成を通じた組織力強化」「専門性開発による人的価値の向上」という人事戦略の3つの柱を実現するために、必要なデジタル施策を講じている。
課題の根本原因を解消 規定や経営姿勢の見直しも
課題解決に取り組む際は、安易にツールを導入するのではなく、根本的な要因を取り除くことも重視している。たとえば人事部門の給与関連のシステムには、手作業が多いためにミスが生じやすいという課題があった。解決にあたって菊池氏らが注目したのは、「いかに入力作業を自動化するか」ではなく「なぜ手作業が多いのか」だ。その結果、原因は給与支払いの規定にあることがわかった。
「多くの企業の給与制度は月末締めですが、当社は15日締め25日払いでした。このため、一般的な給与システムの標準機能では対応できず、締め日をまたいだ勤務実績の修正や配転に伴う変更など、多くの作業を手作業で行わざるを得ない状況にありました。こうした課題を解決するため、現在は給与規定を月末締めに改定する準備を進めています。これにより標準機能を最大限に活用できる環境を整え、将来的な手作業の大幅な削減を見込んでいます」(菊池氏)
根本原因を追究した結果、規定のさらに上流の「経営スタンス」に行きつくこともある。同社はジョブ型的な働き方を採用しているが、福利厚生システムの課題を深掘りしたところ、制度にメンバーシップ型の要素が残っていることが浮き彫りになった、といったケースだ。こうした場合、働き方に関する経営のスタンスを明確にしたうえで、業務プロセスとシステムを変える必要がある。
根本原因の解消には、経営陣の意思決定なども求められ、小手先でツールを導入するより大仕事ではある。「しかし、自動化などによって表面的な課題を解決しても、傷に絆創膏を貼るのと同じで出血自体は止まらない。大もとのけが、つまり本質的な問題をなくすほうが、その後の手当てが不要になりはるかに効率がいいのです」(菊池氏)
同時にデジタル戦略部は人事部と連携し、これまでバラバラだった採用や勤怠、タレントマネジメントなどのシステムを集約しようとしている。これも前述した3つの人事戦略の実現には、データプールの一元化が不可欠だ、との考えからだ。これまでは採用充足率の向上や離職防止といった策を講じようとすると、それぞれのシステムから必要なデータを収集しなければならなかった。前提条件の異なるデータ同士の整合性を取る、といった追加作業も発生した。「データを一元化することで情報の収集・分析が効率化されるほか投資効果も可視化できるようになり、施策を打ちやすくなると考えています」(菊池氏)
人材を選抜し集中的に育成 「X」起点の思考を育てる
人事にとどまらず別の部署でも、対症療法的にデジタルツールの導入を進めた結果、複数のシステムが乱立するケースはしばしば見られるという。こうした事態を今後、引き起こさないためにも、部署全体を俯瞰してデジタル戦略を考えられる「DX人材」の育成・確保が大きな課題となっている。
人材育成については、2022年ごろまでは全社員にeラーニングで基礎知識を提供するなど、「ボトムアップ」の取り組みに集中していた。組織全体のデジタル戦略が策定され同部が発足したことで、より専門的なスキル習得にリソースを集中投下できるようになった。育成を担当する吉村美希氏は、「まず求められる人材要件を整理し、組織に不足しているスキルを明確化しました。そのうえで、主に30代~40代前半の中堅層から候補者を選抜し、育成に着手したところです」と話す。
過渡期である現在は、DXの「プロジェクトマネジャー」を務められる人材を同部内に集中的に配置し、各部門と連携しながら改革を実行している。
「将来的にDX人材が増えてきたら、各事業部門に中長期的なデジタル戦略を描ける人を配置し、自律的にDXを進めてもらう体制を整えていきたいです」(吉村氏)
また育成にあたって、デジタルそのものの知見に加えて、「X」起点の考え方を身につけてもらうことも課題となっている。「メーカーである当社には、オペレーション領域のスキルを培いやすい土壌がある一方で、課題の本質を捉えながら変革を推進していくようなスキルや経験については、強化していく余地があると感じています。こうした力は、実践を通じて段階的に身についていくものであり、一定の時間がかかります」(吉村氏)
このため現在のDXの牽引役には、他社で一定の経験を積んだ人が相当数含まれている。全社デジタル戦略担当執行役員の中林紀彦氏は大手IT企業でデータサイエンティストを務めた経歴があり、菊池氏はライオンからコンサルティング会社に転じた後、2024年にジョブリターンした。吉村氏も人材関連会社からの転職組だ。今後3~5年ほどかけて、育成中の人材にプロジェクトを主導する経験などを積んでもらい、「Xを描いてそれを実現できる」リーダーを社内から輩出したいという。
さらに吉村氏は、「組織に1人の変革者を作るのではなく、全体への風土醸成などを通じて、変革者に共感するフォロワーや支援的な上司といった『集団』を作ることも大事です」と強調した。
「変革的な考えと高い視座を持つ人材が『束』となって、戦略を議論することが重要。変化への対応が遅い『ラガード層』も一定数は残ると思いますが、情報発信などを通じてなるべく多くの社員の意識変革を促したいと考えています」(吉村氏)
Text=有馬知子 Photo=今村拓馬
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