Works 194号 特集 適材適所の葛藤
日本企業の「適材適所」を促してきたジョブローテーションを問い直す
現代のミスマッチの要因には、少なからず伝統的な日本型雇用システムにおける人事異動が影響しているのか。イオンの人事部長を務め、その後経営学者に転身した大手前大学学長・平野光俊氏はどのように見ているのだろうか。

大手前大学 学長・経営学部 教授
平野光俊氏
神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。ジャスコ(現・イオン)にて人事部長、人事教育部長を務める。企業派遣で神戸大学大学院で学び、その後退職し、教授となる。大手前大学副学長を経て2022年4月より現職。神戸大学名誉教授。『日本型人事管理―進化型の発生プロセスと機能性』(中央経済社)など著書多数。
日本企業における人事異動とは何か、適材適所とは何を意味してきたのか、という問いに対し、平野氏は「機能から考えるべき」と言う。「日本企業における人事異動には、主に4つの機能があります。第1に内部労働市場における需給調整。第2に人材育成。第3に組織の活性化。最後の第4が金融機関などで特徴的な不正防止です。これらを年に1度あるいは2度の“定期異動”という形で一斉に行う、これが日本企業の特徴です」
そのなかで、「適材適所」という言葉が繰り返し使われてきた。しかし、それは単に人と仕事を合わせるという単純な話ではなく、「どの人をどの仕事に選び配置しどのように成長させるのか、キャリア開発のための選択の連続」(平野氏)だというのだ。
平野氏によれば、キャリア開発における選択は、その主体(本人/上司や人事などの組織)、計画性の有無(計画的/アドホック〈その場限り、臨時的〉)の2軸4象限に分けたとき(図1)、日本企業は「組織/計画的」の象限に入るジョブローテーションによって行おうとしてきた。ただし、現実には「組織/アドホック」の象現に見られるその場しのぎの欠員補充や玉突き人事も少なからずあった。
[図1]キャリア開発における選択
出所:平野氏作成
隣接領域に幅を広げ 時に非連続な異動も
労働経済学者の小池和男氏は、「知的熟練」という概念を提唱した。「多くの人が知る通り知的熟練とは変化と異常への対処能力であり、日本型雇用システムの核心を成すものです。もともとは生産現場の研究から生まれた考え方ですが、適材適所を深く理解するうえで極めて示唆に富んでいます」
たとえば自動車工場の生産ラインには、エンジンやボディ、さまざまな部品組付けなどの工程があり、それぞれ技能工が配置されている。新人にどのように経験を積ませていけば最も効率的に熟練するのかについて、小池氏は隣接領域に幅を広げながら経験させることの重要性を指摘した。「1つの工程だけを延々とやらせても、変化と異常への対処能力は育ちません。前後工程を理解し、どこで何が起きているかを推測できるからこそ、現場での問題を自ら解決できるようになる。そして企業は、この考え方をホワイトカラーにもそのまま当てはめてきたといっていいでしょう」
たとえば予算管理を担当する社員が工場の予実差を理解するには現場経験が不可欠だ。「少しずつ隣接領域に経験を広げていくジョブローテーションは、知的熟練を高めるうえで合理的だった」と平野氏は説明する。各社員の知的熟練を高め、その集積によってたとえばカイゼンなど組織力を発揮してきたのが日本企業の強さとなった。「だからこそ、長らく日本企業では計画的、組織主導のジョブローテーションが合理的とされてきたのです」
一方、「人事異動はイノベーション(知識結合)を生むという組織の強さの源泉ともなった」と、平野氏は指摘する(図2)。
[図2]キャリアシステムの機能
出所:平野光俊、内田恭彦、鈴木竜太「日本的キャリアシステムの価値創造のメカニズム」
(一橋ビジネスレビュー、2008年)
平野氏らがハウス食品で行った共同研究(「日本的キャリアシステムの価値創造のメカニズム」一橋ビジネスレビュー、2008年)では、ミドルマネジャーのキャリアを追跡した。そこでは先のような隣接領域に広げる異動だけでなく、職域や事業を超える「非連続な異動」も行われていた。「そこから新しい価値が生まれることが見られたのです。たとえば営業から本社の調達部門に異動した社員が、現場経験を活かして、お客さまが持ちやすく、冷蔵庫への収まりもいい、かつ物流上、運搬や保管効率も向上する四角いペットボトルを考案した。イノベーションとは多様性がもたらす“知識結合”です。日本企業は知的熟練をベースにしながらも、ところどころで非連続の異動を織り交ぜ、多様性を内部労働市場のなかで生み出してきたのです」
組織と個人の合理性の間の 葛藤を人事が受け止めてきた
近年、キャリア自律の重要性が叫ばれている。図1に立ち戻ると、「組織/計画的」の象限から「本人/計画的」の象限にいかに移行するか、つまり適材適所に個人の主体的な選択(キャリア自律)をいかに反映させていくかが多くの企業の課題となっている。
「それにあたって、人事権を持ち、人事異動に関与する“強い人事部”の存在がキャリア自律を損なうと主張する識者も多くいます。しかし、人事部を弱めることが解決につながるわけではないと考えています」
平野氏は、「強い人事部」たる所以を2つの要素に分解する。1つは公式に強い人事権を持っていること。もう1つは「深い愛情を持って人を知っていること」だ。
「確かに異動に関して人事が主導し、意思決定を人事のみで行う時代ではなくなりつつあります。しかし、社員個々人のキャリア開発を踏まえて適材適所を実践しようとするならば、人と組織の双方を深く理解していなければなりません。異動の意思決定には必ず葛藤が伴います。企業の需給調整と個人の希望をどのように折り合わせるか、どこまでリスクを許容し、成長の機会を与えるか。その葛藤を受け止め、適切に判断するためには、現場を知り、人を知ることが不可欠です。ですからたとえ人事権を手放したとしても、深い愛情を持って人を知ろうとする努力の手を緩めてはならないのです」
社員をよく知ること。その人がどういう経験をしてきたのか、何を大切にしているのか、どのような成長可能性を持っているのか。それを知る努力を続けることが、人事を人事たらしめる最も重要な要素だ。
その理解があってはじめて、上司や本人との「三者の対話」が機能する。強い個人に任せきるのでもなく、強い上司に引っ張らせるのでもなく、人事が深い理解を持って関わり続ける。その三者協働のなかでこそ、本当の意味での適材適所が成立する。「ただし、現場に寄り添うだけでは十分とはいえません。部分最適ではなく全社最適で考えるためには、全社を俯瞰する人事経験が必要です。キャリアカウンセリングの専門職のような支援だけでなく、実際に配置をアレンジし、組織間の調整を行い、時に痛みを伴う決断も下す。この目利きと胆力を持つ人事が求められてきたのです」
「適材適所に、固定した答えはない」と平野氏は言い切る。「変化する企業環境のなかで、知的熟練をどう形成するか、どこで非連続の経験を織り交ぜるか、個人の選択と組織の判断をどうバランスさせるか。これらを丁寧に考え続ける営みそのものが適材適所の本質であり、日本企業に価値をもたらしてきたのだと思います」
※「葛」は正しくは旧字体/下が「ヒ」
Text=入倉由理子 Photo=今村拓馬
メールマガジン登録
各種お問い合わせ