Works 194号 特集 適材適所の葛󠄀藤

経営と人事に潜む「溝」を埋めよ。戦略と組織能力をアラインさせる重要性

2026年02月25日

戦略人事という言葉が叫ばれて久しいが、適材適所は経営戦略や事業戦略とアラインできているのか。アラインメントを実現するには何をすべきか。経営戦略を専門とする池上重輔氏に聞く。

池上重輔氏の写真早稲田大学ビジネススクール 研究科長 教授
池上重輔氏
早稲田大学商学部卒業。経営学博士(一橋大学)。ケンブリッジ大学経営大学院経営学修士、シェフィールド大学大学院国際政治経済学修士、ケント大学大学院国際関係学修士。ボストン・コンサルティング・グループ、ソフトバンク、ニッセイ・キャピタルなどを経て現職。


いわゆる「JTC(Japanese Traditional Company)」と呼ばれる伝統的な日本企業を見ていると、戦略を策定する経営サイドと、組織を所管する人事サイドとの間に溝があると感じることが少なくありません。この分断こそが、今日の日本企業が抱える諸問題の根源ではないでしょうか。

大前提として、上位概念である「パーパス」、ビジネスの方向性を示す「戦略」、そして戦略を実行するための「組織能力」は、常にアライン(整合)している必要があります。組織能力を具体化する組織アーキテクチャや人事管理システムも含め、これらは一貫した体系として設計されなければなりません。

ところが現実には、戦略サイドは組織の実態を十分に理解せず、人事サイドは戦略や財務の議論に深く関与していないケースがいまだに少なくない。これはどちらか一方が悪いという話ではありません。これまでの経営環境では、両者がその溝を埋めなくても、企業が機能してきたからです。

戦略論には大きく分けて2つの潮流があります。マイケル・ポーターに代表される「ポジショニング・ビュー」と、ジェイ・B・バーニーらが提唱する「リソース・ベースト・ビュー(RBV)」です。前者は外部環境を重視し、どの市場や立ち位置を選ぶかが競争優位を決めると考えます。一方、後者は企業の内部資源に着目し、自社が持つ独自の強みこそが競争優位の源泉になると捉えます。

日本企業の戦略は、総じてRBVに親和的でした。自社の強みを起点に戦略を構想し、それを磨き上げる。その中核にあったのが、「オペレーショナル・エクセレンス」、すなわち現場の運用力による競争優位の追求です。

このオペレーショナル・エクセレンスの実現方法は国によって異なります。たとえばドイツでは、オペレーションを徹底的に標準化し、仕組みに落とし込むことで、高品質と効率性を両立させます。いわば「システム」による実行です。それに対し、日本は「コミュニケーション」によってオペレーショナル・エクセレンスを実行してきました。属人的な情報共有を重視し、社員教育では「報連相(ほうれんそう)」を徹底する。一定の世代以上であれば、「三遊間を埋めろ」「他人の電話も取れ」といった指導を受けてきた記憶のある人も多いでしょう。

日本型経営を支えていた エコシステムが変化した

伝統的な日本型経営の本質は、終身雇用、年功序列、新卒一括採用、ジョブローテーションといった組織マネジメントそのものにあります。これらの日本型システムは、コミュニケーションによるオペレーショナル・エクセレンスと常に高い親和性を持って機能していました。

終身雇用が前提であれば、先輩社員は自らの地位を脅かされる不安なく、後輩に知識や技術を伝えることができます。年功序列のもとでは、個人の経験が組織の知として蓄積・継承され、強固な共有知が形成されました。このようにして、組織の隙間を埋めるような協働が自然と行われてきたのです。

これを支えていたのは「社員は株主よりも大切である」というガバナンスの構造です。社外取締役を置かず、株式の持ち合いによる安定株主が守ってくれる閉鎖的な体制が、日本型経営を長く維持してきました。

国内ではメインバンク制度が機能し、その周囲に企業グループというエコシステムが存在していました。国は制度面でこれを下支えし、家庭や教育システムもまた、この構造に適合した人材を供給してきました。

つまり、かつての日本的経営の成功は、単一企業の努力ではなく、金融市場、政府、家庭、教育まで含めた社会全体のエコシステムの産物だったのです。この生態系こそが、日本流の戦略と組織のあり方を支えていました。

しかし現在、この前提は大きく崩れています。変化しているのは一企業の経営環境ではなく、生態系そのものです。日本企業がオペレーショナル・エクセレンスだけで勝てる時代は終わり、事業ポートフォリオをどう組み替えて、新たな価値を創造するかという戦略の転換が求められています。

これまでの戦略は「安定性」と「自律性」が重視される環境を前提としていました。しかし、変化のスピードが速まり、1社だけで完結できるビジネスがなくなった今、急速な変化に即応する「俊敏性」や、外部とのコラボレーションを前提とした「連携性」が求められる時代になりました。安定性と俊敏性、そして連携性と自律性はトレードオフの関係にあります。どこに戦略の軸足を置くのか、明確な選択ができていない企業が少なくないように思います。

あるべき組織のあり方は 戦略によって異なる

私は戦略を専門としてきた立場から、「組織は戦略に従う」という考え方をとっています。しかし、戦略側が明確な旗を振らないまま、「適当にバランスをとれ」という曖昧な指示を出せば、人事側も何をどう変えればよいのか判断できません。その結果、中途半端な組織が生まれ、どの競争軸でも優位を築けなくなってしまいます。

戦略との整合性なくして組織のみを変えても効果は期待できません。「安定性×自律性」の世界では、従来のようなピラミッド型官僚組織が非常に適していました。「連携性×安定性」を重視するならマトリックス型組織に、「連携性×俊敏性」なら自律分散型組織にするのがよいかもしれません。逆に、長期的な技術蓄積を重視する企業は、今後もピラミッド型官僚組織を維持すべきでしょう。戦略の選択によって、最適な組織形態も、評価システムも、求められるリーダーシップもすべて変わってくるのです。ジョブ型への転換や適材適所も、その基盤の上に成り立ちます。

実際、近年、目覚ましい復活を遂げている日本企業では、「人材マスタリー」ともいうべき独自の方向性を打ち出しています。セレクティブに人を入れ替える欧米型のタレントマネジメントとも少し異なり、日本型の人材マスタリーは、選別を行いつつも、人をアセット(資産)としてみなし長期目線で投資をしていくのが特徴です。グローバル展開している企業で、ベースとしてジョブ型を取り入れる場合も、職務範囲を固定しすぎない拡張的なジョブディスクリプションが採用されていることが多いと聞きます。

戦略は現時点の組織能力を無視しては成り立ちません。しかし、組織能力に合わせすぎれば、企業の将来像は描けなくなります。重要なのは、目指すべき方向性と現状とのギャップを見極め、それをどう埋めるかを構想することです。これこそがチェンジマネジメントの本質です。本来、チェンジマネジメントは戦略から始まり、その実現に向けた具体策を、組織や人事の専門家が設計していくべきものだと考えています。

Text=瀬戸友子 Photo=刑部友康