Works 192号 特集 2026年-2035年 次の10年 雇用の未来を描く
日本ガイシ:経営と事業の大転換を支える人事変革をいかに実現したのか
日本ガイシは2025年、基幹職にジョブ型の人事制度を導入した。
2050年に向けて事業構造を大転換するには「過去」の年功や実績を評価する仕組みから、「未来」に必要な職務を社員に果たしてもらうよう、制度を変える必要があったからだ。
同社は2050年に向けて、事業の柱を自動車の内燃機関向け製品から、カーボンニュートラル関連とデジタル関連の製品へ転換するというビジョンを打ち出している。現在は自動車向け製品が売上高の6割を占めるが、電気自動車の普及とともに需要が先細りになると予測したためだ。
「祖業のガイシ(碍子)製造、現在の自動車向け製品に続く『第三の創業』ともいえる大きな事業転換を確実に進めなければいけない。そのためには未来の社会に求められる新しい事業を生み出せるよう、組織と人を変える必要がありました」と、執行役員人材統括部長の野崎正人氏は語る。
同社は社員の高い専門性とチームワーク、そして組織の「ユニフォーミティ(均一性)」を強みとし、質の高い製品を安定供給することで成長してきた。しかしこれからは、社員自ら新しいことを考え出して挑戦し、周囲もこうした挑戦を前向きに受け止め応援することが重要になる。このため2023年に「人的資本経営方針」を策定し、自律的に成長する人材の育成と、多様性を尊重し挑戦を後押しするオープンな職場の実現を目指すとした。
さらに2025年、「変革をリードする存在」である基幹職(管理職)、約1000人の人事評価を日本的な職能等級制度からジョブ型へと変えた。
「職能等級制度は、過去の実績や年功によって評価が決まる色彩が強いですが、2050年のビジョンの実現には、これから必要な職務を規定し社員に担ってもらう仕組みをつくる必要がありました」
ただ当時は最高益を更新するなど経営が好調で、社内に危機感はあまりなかった。前述した「均一性」のような、過去に培った組織の強みが好業績をもたらした面もあり、「なぜ変える必要があるのか」という意見も多かったという。
「会議などで何度も丁寧に『よりよい未来のために、現状を変えなければいけない』と説明し、少しずつ納得してもらいました。社内コミュニケーションに時間をかけたこともあり、改革を検討し始めてから実現まで3、4年かかったと思います」
ジョブディスクリプションを公開 社員の成長意欲を高める
ジョブ型を導入すると同時に、専門性を活かすシニアプロフェッショナルと組織運営を担うマネジメントにキャリアを複線化し、多様な人材が能力を発揮できるようにした。さらに全職務のジョブディスクリプションも公表した。
「各ポストに求められるスキルを開示することで、社員が『自分もこのスキルを身につければ希望のポジションに就ける』と考え、スキルアップや学びに向けて行動を起こすことを期待しました」
また、これまで基幹職への昇進は、主に30代後半以降の社員が対象だったが、新制度では必要な能力があると判断されれば、20代後半でもポストへの「挑戦権」を得られる。一方でミドルシニアに向けては、役職定年制を廃止し、役職に「最長6年」という任期を設けた。若手のモチベーションを高めると同時に、ベテラン層も意欲を維持し、新たな職務に挑戦し続けるよう促した形だ。
ジョブ型導入は「会社が変わろうとしている」ことを、社員に強く実感させる「起爆剤」としての役割も果たした。ただ全社員が、組織の変化に納得したわけではない、と野崎氏は考えている。
「新しいことにチャレンジしたいという意欲をもともと持っている人は肯定的に反応していますが、戸惑いを覚えている社員もいるでしょう。これからも丁寧なコミュニケーションが必要です」
制度の運用にも課題は残る。評価者がジョブディスクリプションの作成に不慣れなこともあり、「今、そのポストにいる社員の仕事」を基準に職務を規定しがちなことだ。部署の将来像を描き、実現に必要な職務を各ポストに落とし込めるよう、引き続き評価者研修などに取り組むという。
また現時点では社員約5000人のうち、若手を中心とした一般職約4000人には職能等級制度を維持している。一般職にジョブ型を広げるかどうかは未定だが、野崎氏は「自律的に成長する人材の育成という観点では、一般職からも『自分たちもジョブ型の制度に移行してほしい』という声が上がってほしい。先行導入した基幹職の反応や効果を見ながら、一般職に最適な形を模索し、導入を検討していきたいと思います」と話した。
Text=有馬知子 Photo=日本ガイシ提供
野崎正人氏
日本ガイシ 執行役員人材統括部長
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