Works 193号 特集 採用のジレンマ
グローバル企業の採用の未来——TDKに学ぶ多様な人材獲得と人事の役割
TDKは2008年にドイツに本社を置くエプコス(現・TDKエレクトロニクス)の買収をきっかけに、本格的にグローバル化の道を歩み始めた。現在の経営チーム、人事、そして現場の事業部のほとんどが、国籍も経験も実に多様な人材の集合体となっている。同社の人事のありように、日本企業の採用の未来のヒントがある。

専務執行役員
Chief Human Resource Officer 兼 人財本部長
アンドレアス・ケラー氏ドイツ出身。2000年にTDKのヨーロッパ子会社に入社。2017年、TDKの人財・総務本部長、2018年執行役員・人財本部長に就任。常務執行役員を経て、2025年より現職。
TDKの組織と人の多様性は、CHROのアンドレアス・ケラー氏率いるグローバル人財本部に象徴される。
メンバーの国籍は、欧米やアジア、日本など14カ国以上に上り、リーダーの46%を女性が占める。出身地域もバックグラウンドも多様な人材が集まっていることで、人事施策も日本、ヨーロッパなど特定地域に偏らず、よりグローバルになった。グローバル人財本部内で重要課題を議論する中核経営チームのメンバーも、日系大手化学メーカーの元CHRO、TDKが買収したシリコンバレーのセンサー企業の元人事責任者、中国TDKのバッテリー事業の前人事責任者の女性などだ。「多様な人財による強力なチームが、多角的な視野を提供してくれます。このため私も限られた情報だけで物事を判断せず、よりよい意思決定ができるのです」と、ケラー氏は話す。
あるいは、2023年に入社し、広報部門のゼネラルマネージャーを務めるノルバート・パラノビチ氏の例もある。パラノビチ氏は、元駐日ハンガリー大使だ。「彼は日本で博士号を取得し、日本語も流暢であり、もともとビジネス畑です。大使の仕事には、国のブランディングという広報活動に通じる役割も含まれ、背景は違っても組織にフィットする可能性があると考えました」
パラノビチ氏は期待に応え、ブランドアイデンティティの刷新や、ポルシェモータースポーツとの技術提携などに大きな役割を果たしている。2025年11月、パラノビチ氏に続き、グローバルに展開する日系大手テクノロジー企業の元執行役員を受動部品事業のCFOに迎えた。
日本企業が海外で経営人材を採用しようとすると、知名度やブランド力の不足から難航することもある。なぜ、同社では多様な人材を世界から獲得し、活躍の場を作ることができているのか。そこでは人事はどのような役割を果たしているのだろうか。
人財本部をミュンヘンに移転 グローバル人材の獲得が容易に
TDKは、2017年からグローバル人財本部の本拠地を日本からドイツ・ミュンヘンに移した。「従業員の9割近くが海外におり、約75%が別の企業からM&Aを通じて所属しています。グローバルで多様な組織に合わせて、人事の活動拠点もヨーロッパに置くことにしました」
海外移転は、グローバル人材が同社に抱くイメージを大きく変えたという。「『伝統的で保守的な日本企業に、そんなことが可能なのか』と、非常に驚かれました」
この移転は、全世界で優秀な候補者を発掘し採用するというプロセスの大幅なスピードアップにも寄与している。多くの日本企業は合意形成に時間がかかることもあるが、「日本の本社では熟慮を重ねた合意形成プロセスを重視し、ドイツのグローバル人財本部は少人数で密に動き、スタートアップのような機動力で迅速かつ自律的に意思決定する、という補完関係にあります」。
当時買収したエプコスは人財本部のあるミュンヘンにその本社があった。グローバル人財本部のメンバーが通りを挟んだオフィスに出向くなど、緊密なコミュニケーションが可能だ。やはりドイツに本社を置くTDK-Micronasを含め、必要とする人材の特長を把握し、ヨーロッパの充実したタレント市場から獲得することも容易になった。
また、幹部人材の採用では特に、ケラー氏は長期的な適材適所のために熟慮を重ねるアプローチを取る。言語や職務経験のみならず、特にカルチャーやマインドセットが同社に合うかどうかも重視する。そういう場合、採用プロセスに1年以上の時間をかけることもある。
「たとえば、ドイツから日本に転居したアイルランド人のフィリップ・アーヴィンの場合、生産本部の副本部長として採用したが、納得してもらうまで1年。気持ちが高まるのを待つことで、いい採用ができると考えています」
インクルーシブリーダーシップが 多様性を機能させるエンジンに
採用にあたっては常に、人事は入社する側のみならず、受け入れる側にも目配りし、それぞれを尊重している。これをケラー氏は、「インクルーシブリーダーシップ」と表現する。
フェライト(磁性材料)の事業化を祖業とした同社が時代に合わせて事業を転換し、2兆円企業にまで成長してきた道のりは、多様かつ異質な意見を積極的に取り入れてきたプロセスでもある。現在でも、「大手企業が陥りがちな組織の伝統的・保守的な部分を突き崩し、イノベーションをもたらしてほしい」という期待は常にある。
個性的でバックグラウンドが異なる人材を迎える際には、本人へのオンボーディング支援はもちろん、受け入れる側への配慮も欠かさない。「新しく入った人材が持ち込む変革のスピード感に、既存のメンバーが圧倒されてしまうこともあります。人事は現場のリーダーとともに、既存社員も同様に大切な存在であり、異質な人材は脅威ではなくチャンスだと伝え、両者の融合を図ります。意識すべきは、常に“How to embrace”なのです」
同社は外から人材を迎え入れるだけでなく、たとえば過去にはHDD用ヘッド事業の出身者がバッテリーの子会社の経営幹部に就くなど、「社内のグローバルな人材プールから、事業を超えてリーダーを配置できる」ことを強みの1つとしてきた。「しかし、当社のビジネスは非常に多様で、運営の仕方も部署によって異なるため、ほかのグループ会社や社外から来た人材が活躍の場を見出すのは簡単ではありません。オンボーディングには改善の余地があります」
TDKは日本発の企業だ。合意形成を重ねる意思決定や調和の重視など、日本ならではの動き方も見られる。こうしたローカルの慣行はグローバルな多様性と補い合い、組織に明確な強みをもたらしている。「グローバルに採用された人材が早く組織になじみ、力を発揮するためには、ローカルのアプローチを丁寧に説明するなど、入社前から個別のオンボーディングを人事が提供し、新メンバーがTDKで“自分の道”を見つけられるよう支援しなければなりません」
入社した人材への適切な権限委譲を促すことも、人事の大きな役割だという。「本人に権限を託して意欲を高めるだけでなく、組織を透明化し、その人が権限を行使する姿を社内に示すことも重要です。それによって周囲の人々がキャリアの展望を持つことにもつながります」
TDKには、役職を問わず誰もが対等な立場で意見を言い合う「機能対等」の風土がある。「TDKにも階層や役職があり、最終的な意思決定者がいます。しかし、最善の意思決定に至るまで、あらゆる機能で働く人が階層を超えて参加し、非常にオープンで透明性の高い対話を行うのです。これがベンチャー精神にも裏打ちされて、多様性を機能させるといっても過言ではないのです」
*TDKの表記に則り、人材を「人財」としています。
Text=有馬知子 Photo=刑部友康
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