Works 184号 特集 多様な働き方時代の人権
業界巻き込み人権学ぶ機会を創出した三菱地所
企業活動が国境を越えることが多い近年、企業が人権に配慮し、人権侵害や環境破壊など人権に関する負の影響をいかに抑えられるかが注目されている。
「1社のみの取り組みには限界がある」と同業他社に声をかけ、会社の枠を超えて人権デューデリジェンスについて学ぶ機会を創出してきた不動産大手・三菱地所に、経緯と展望を聞いた。
三菱地所が人権問題に本腰を入れて取り組むようになった原点は、1975年、被差別部落の地名が掲載された書籍『部落地名総鑑』を購入したことを深く反省したことだった。この書籍は、企業が採用試験で被差別部落出身者を差別するためにしか用いられないようなものであった。人事部人権啓発・ダイバーシティ推進室の坂上明子氏は「私たちは差別に加担してしまった過去がある。二度とそのようなことがないように人権について学習し、理解することがまず重要だと考えています」と話す。
同社はこの苦い歴史を背景に、新入社員や新任管理職を対象に人権研修を実施している。取り扱う分野も、被差別部落・障がい者・LGBTQ+・ハラスメント・ジェンダーと多様だ。アンコンシャスバイアス研修やハラスメント防止研修を通じ、自分が差別してしまう可能性があると認識するところから始め、自分が差別される側だったらどのように感じるかを話し合う経験などを通じて人権についての理解を深め、社員がそれぞれ自分で考えて行動することを目指しているという。
ビジネスと人権、会社の枠を超えて学び合うことに意義
グローバル化により、企業活動が国境を越えるようになるなか、2010年代以降、企業と人権の関係において国際的に大きな動きがあった。2015年にはSDGsが採択され、企業を含めたすべての人に、貧困や不平等、環境劣化やまちづくりなどのグローバルな諸課題の解決が求められている。
これらは、不動産を事業領域とする三菱地所にとって、決して無視することのできない動きだった。2018年4月、あらゆるステークホルダーの基本的人権を尊重する責任を果たすことを目的として「三菱地所グループ 人権方針」を制定した。2018年当時、国内の総合デベロッパーでこうした方針を策定していた企業は少なく、業界内で先駆けとなった格好だった。
ただ国連が企業に求めた、人権侵害の影響を回避・軽減するための「人権デュー・デリジェンス」を実施するためには、自社のみならず、サプライチェーンも含めて川上から川下まで幅広く対応していく必要がある。人事部人権啓発・ダイバーシティ推進室の城所勝臣氏は「三菱地所1社のみで取り組んでも限界があるのではないか、業界みんなで取り組まないと実効的ではないのでは、という意見が社内から出たのです」と当時を振り返る。
そこで三菱地所が呼びかける形で2018年9月、国内の建築・不動産8社が人権侵害の影響の回避や軽減について学び合う「建設・不動産『人権デュー・デリジェンス勉強会』」が設立された。三菱地所のほか、NTT都市開発、東急不動産ホールディングス、東京建物、野村不動産ホールディングス、大林組、清水建設、大成建設といった建設・不動産大手が一堂に会したのだ。
総合デベロッパーだけではなく、サプライチェーン上にある建設会社が参加したのが特徴で、城所氏は「各社とも、『これからはビジネスと人権について考えることを避けては通れない』という共通認識がありました。実際の進み方は各社で違いはありますが、会社の枠を超えて一緒に学び合い、それぞれが前に進んだこと自体に大きな意味があったと思います」と強調する。
サステナビリティとコストは相反せず、会社存続に必要だ
勉強会で取り上げるテーマは、「外国人技能実習生」と「型枠コンクリートパネル(建物を建築する際に使用するコンクリートの型枠用の合板)」の2つに注力した。当時、外国人労働者が増えるなかで人権に対する投資家からの厳しい目線が注がれていた。また2021年に開催された東京五輪を前に、新国立競技場の建設現場で熱帯雨林の破壊や人権侵害の恐れがある型枠コンクリートパネルが使われているというNGOの指摘があり、日本企業でも対応が求められていた。この2つのテーマは、勉強会に参加した各社の共通課題になっており、NGOなどから外部講師を招いて人権について学んだり、建築現場で外国人技能実習生の声を聞いたりしたという(勉強会は2023年4月、推進協議会に移行)。
三菱地所では、勉強会の成果を踏まえ、型枠コンクリートパネルについては持続可能性に配慮した調達コードにある木材と同等の木材を使い、2030年度にはその使用率を100%にすることを目指すと発表した。また、2016年4月に制定した「三菱地所グループ CSR調達ガイドライン」を改訂し、「三菱地所グループサプライヤー行動規範」を制定し、サプライヤーに「法律・条例の遵守」「人権の尊重」「地域社会・先住民の権利・文化遺産」など8つの分野で、遵守すべき事項と期待したい事項を定めた。
ただ人権への対応は重要ではあるものの、たとえばサプライチェーンの先にいる働く人々の賃金を適正なものにする、環境に優しい資材に限定するといった行動はコストアップにつながりやすく、ビジネスとして利益を出すことと相反する場合もある。それをどのように考えてきたのか。
サステナビリティ推進部の髙月耕太郎氏は「短期的に見ると、サステナビリティへの対応がコスト増となる可能性はあります」と言う。ただ、企業が事業を続けるうえで、サプライチェーンに連なる人々が持続的に就業して生活することは、実は自社の事業継続にもつながっている。「長期的に見ると、サステナビリティとコストは相反するものではなく、会社として持続するために必要なもの。当社が経営理念に『人を大切にすること』を掲げている以上、会社全体として大きな方向はぶれるところはなく、その点は経営陣も同じ考えではないかと感じています」(髙月氏)
Text=川口敦子 Photo=三菱地所提供
城所勝臣氏
三菱地所
人事部 人権啓発・ダイバーシティ推進室 室長
坂上明子氏
三菱地所
人事部 人権啓発・ダイバーシティ推進室 統括
髙月耕太郎氏
三菱地所
サステナビリティ推進部 統括