Works 195号 特集 経営とインクルージョン

問題行動のある社員にどう向き合うか インクルージョンの対象を考える

2026年04月10日

一人ひとりの個性を大事にするというインクルージョンは、すべての社員に適用されるべきだが、一方で問題行動をとる社員にはどのように向き合うべきか。労務問題に精通する弁護士、大村剛史氏に聞いた。

大村剛史氏の写真

三浦法律事務所 パートナー弁護士
大村剛史氏

2002 年東京大学法学部卒業。2007 年弁護士登録。同年牛島総合法律事務所勤務、2011 年高井・岡芹法律事務所勤務を経て、2019 年より現職。2014 年より経営法曹会議会員。


インクルージョンとは多様な背景やキャリアを持った人たちが集い、一人ひとりの個性を尊重し、能力が発揮できる場を作るということですが、どんな人材であっても、個性を尊重し、包摂していきましょうという意味ではありません。あくまで、会社と社員、双方の活性化と成長を図るための包摂であり、「会社が全部悪い」「自分はずっとこうやってきたからこのままで行く」といった、個性から外れた“我”ばかりを主張したり、ほかの社員と協調して業務を行わなかったりするなど、企業秩序を大きく乱す“問題児”の社員はその対象ではありません。

また、社員が会社に対し声を上げることは、憲法上も保障されている表現の自由との関係で、直ちに制限することはできませんが、特定の人格批判や企業秩序を乱すような内容は制限の対象になり得ます。 

ただ、会社に対する違和感の表明の手段として、典型的には内部通報の制度を利用しているケースがありますが、実際の通報の内容を見ると、私の実感するところ、明らかに企業秩序を大きく乱す問題児が絡む内容ではなく、本人と上司、あるいは部署同士のコミュニケーション不足からくる不満にとどまるものが大半です。

たとえば、異動やキャリア採用で新しく上司になった人が自分のこれまでの経験値に基づくやり方に固執し、仕組みや仕事のプロセスをすべて変えることがあります。それに対して部下が、「新しいやり方を押しつけるのはハラスメントではないか」と訴えるケースがあります。

また、部署間で仕事の進め方についてそれぞれに見解があり、言い争いを延々とやめないケースでは、それぞれの部長が「これはハラスメントに当たるのではないか」と、相談するケースも少なくありません。

問題行動を起こす人材、不活性人材への対策とは

こうしたコミュニケーションの不足を埋めるための仕組みづくりをよく助言しますが、この過程こそがインクルージョンを促進する作業といえるかもしれません。

暴言を吐いたり、上司の指示命令をすべて無視したりする人に対しては淡々と注意指導を行えばいいでしょう。それでも頑なな姿勢を貫き、聞き入れようとしない場合は業務指示違反などとして、懲戒処分にすることも考えられます。一方で、本人に悪気はないのに、何度業務改善の指導をしても行動が改善されず、自己流に固執し失敗を繰り返してしまうような場合には、能力不足と見なしたうえで、配置換えや、最終的には退職勧奨を行うことも現実味を帯びます。退職勧奨を行う場合、本人に断られることを想定して、その後の対応の準備を重ねておく必要があります。

よく問題になっているのは、大きな問題は起こさないものの、仕事上の貢献がほとんどなく、「静かな退職」を地で行くような不活性人材です。こうした社員に対しては、仕事の遂行能力が本当にないのか、強みを備えているものの、それが生かされていないのか、会社側はそこをまず見定めたうえで、時間をかけて対処すべきです。

以前の日本企業は、そうした社員に対し、“干す”という対処をする場面も多く見られました。一人前の戦力とは見なさず、何をやらせてもトラブルを起こすだけだから、何もやらせないほうがいいという理由です。干す行為は、現在ではハラスメントに該当しかねない行為でもありますから、最近は前よりもケースとしては減り、むしろ戦力になりにくい人は早めに社外に機会を求めさせたほうがいいという見方が増えてきています。ただ、ある企業では、2年ほど自宅待機させて干していた不活性人材を、その後、解雇しようとしたのですが、2年間の自宅待機中、業務をしていなかったために解雇事由がないことから、解雇のハードルが高くなり、大いに苦労したケースがあります。

業務上の問題を抱える社員がいる場合、人事や総務が直属上司と連携し、早い段階できちんと把握しておくべきです。裁判になると、解雇に相当する事由の立証責任は経営側が負うことになりますので、口頭になりがちな注意を、できるだけメールや書面で行うようにし、万が一の場合の証拠を積み重ねておくことをお勧めします。

ただ、こうした措置は中規模以上の会社であれば、人事や法務がしっかり動く場合が多いですが、スタートアップなどの企業では、なかなかこの対応ができません。人数規模の小さい企業では、バックオフィス部署がなく、管理職も目の前の現業に追われているため、部下のマネジメントを行うのが難しく、時には社長自らが対応している企業も散見されるなど、現実的な問題が見受けられます。

日本の場合、解雇法制が企業に厳しく、また、解雇の金銭解決も法的に認められていないため、1人を解雇するための負担が非常に大きいことが悩みです。解雇の金銭解決については、厚生労働省の労働政策審議会等で政労使の三者による議論が何度も行われていますが、いずれも実現には至らず終わっています。

社員一人ひとりの意見を集約できる場を作っておくべき

では、日頃からインクルージョンを意識し、推進していくにはどうしたらいいのでしょうか。

私は一般社員が各自の個性を発揮できるように、若手やキャリア採用者を含め、業務に関し、社員一人ひとりの意見を聴取し、議論できる意見集約の場を作っていくことがそれを実現する方法の1つと考えます。

意見集約の場を作るきっかけとしては、たとえば前述した部署間の問題や上司・部下の問題が生じたケースで、再発防止のため、部署間、上司・部下の連携についての問題点を整理して、相互のコミュニケーションが問題なのであれば、その問題のなかで、社員一人ひとりの意見を尊重しつつ、意見が集約できる場を作り上げることが考えられます。また、こうした現実的問題が生じていない場合は、現状の困っている点などを社内アンケートなどで明らかにするのも手だと思います。

そのなかで、包摂が行きすぎてしまい、オーバーインクルージョンに陥らないよう、会社として基本的なレールは敷き、その基本的なレールの具体的な中身について、一人ひとりの社員の裁量と意見を集約できるような形で体制を作りつつも、その基本的なレールからも逸脱するような社員に対しては「そこは違う」と言えるような体制を作っておくことも重要です。

Text=荻野進介 Photo=刑部友康