Works 189号 特集 長寿就労社会 定年“消滅”時代、あなたはどう働きますか?
ポーラの「営業の鬼」が定年後に果たしたキャリアチェンジ

ポーラの再雇用社員である佐野真功氏は、ミドルシニアになっても「ワクワク」できる働き方をするための研修を立ち上げ、やりがいを持って働き続けることを支援している。「数字の鬼」といわれたかつての営業部長は、どのようにキャリアチェンジを果たしたのか。
佐野氏は1984年にポーラ化粧品本舗(現ポーラ)に入社し、キャリアの半分以上を営業畑で過ごした。営業部長時代は同社前社長の及川美紀氏から「数字の鬼」と評されたこともある。「諦めが悪いんです」と、本人は言う。
「部下が『これで精一杯です』と言ってきても『この部分はまだ店舗を通じてお客様に伝えられることがある。もう一度連絡してみて』というやり取りを営業締め日まで続けました。周囲は大変だったでしょうが、当時は営業なら業績にこだわるのが当たり前でしたから」
化粧品販売を担う「ビューティーディレクター」が、営業担当者らの支援や育成によって店舗オーナーになっていくなど、人材の成長にやりがいを感じていたという。定年後について漠然とした不安を抱えてはいたものの、売り上げが右肩上がりで伸びていたこともあり「今の仕事の延長線上でやっていけるかな」という思いもあった。
しかし60歳定年を迎えようとするころ、営業環境は急速に変わっていった。インバウンド需要で外国人旅行者の購入比率が高まり、人間関係を築き購入に結び付ける営業手法が通じづらくなった。さらにコロナ禍で対面営業が難しくなり、オンラインやSNSの活用が進んだ。
再雇用後は役職を解かれ、1スタッフに戻る。佐野さんは「居場所がなくなる」という強い危機感を覚えたという。
「それまで管理職として育成や現場支援をしていましたが、営業スタイルが変わるなか、若手と同じことができるのか、職場でできることがなくなってしまうのではないか、という不安を感じました」
再雇用で処遇が下がるため、老後への備えも考える必要がある。15年間、単身赴任だったこともあり「久しぶりの同居生活がうまくいくよう、生活を変えなければ」という思いもあった。
新規事業研修に手挙げ 資格取得しスキルを磨く
佐野氏の転機は、60歳で新規事業提案の研修に手を挙げたことだ。70代まで働くとすれば10年以上あり、新たにやりたいことを始める時間も十分あると考えた。さまざまな事情で定年が1年延び、考える時間ができたことも大きかった。
同じチームになった若手メンバーの同意を得て、「シニアのキャリア」をテーマに設定させてもらった。「自分をペルソナにして事業を考えることができて、提案が自分ごとになり没入できました」
佐野氏は管理職時代、多くの部下との面談を通じて相談対応の力はある程度身についている、と考えていた。提案にあたってセカンドキャリアアドバイザーとファイナンシャルプランナーの資格も取得し、相談スキルに磨きを掛けた。そのうえで、キャリアの棚卸しや自己理解を通じてセカンドキャリアを充実させるための研修事業を提案。その後、提案をベースとした研修「人生ワクワクプログラム」をミドルシニアの希望者に1on1で実施し、好評を得た。
また佐野氏の呼び掛けで人生100年時代を考えるコミュニティ「ライフシフトカフェ」を作ると、20代から60代まで100人を超える社員が集まった。
50代で自己分析、スキル習得を 「得意」探しも大事
佐野氏には「50代のうちにセカンドキャリアの準備をしておけばよかった」という忸怩たる思いがある。当時は仕事に追われ、また副業などの働き方が浸透していなかったこともあり、行動には至れなかったからだ。コミュニティでアンケート調査をしたところ、50代で定年後に備えて資格取得など何らかの行動を起こしている人は2割に留まり、8割は当時の佐野氏同様、動き出せていなかった。
「健康やお金の不安については、多くの人が早いうちから病気予防や資産形成に取り組みますが、生きがいの領域は見えづらいうえに緊急性も低いため、忙しさにかまけて先送りにしがちです。本来なら、40代くらいから人生後半を見据え、自分の強みなどを分析する時間を持つべきだと思います」
管理職の肩書きが外れても、使えるスキルや専門性を身につけておくことも大事だ。意識して専門領域を学ぶに越したことはないが、誰しも何十年ものキャリアのなかで、自然に得意なことも培っているはずだという。佐野さん自身も、管理職時代に身についた面談スキルを現在の仕事に役立てている。
「社内で話すと『使えるスキルなんてないよ』で話が終わってしまうミドル層が多く、もったいないと感じます。人前で話す、資料を作る、文章を書くなど『得意』を見つけ出して磨きを掛ければ、環境が変わってもその力を活用できるはずです」
処遇軸より「やりがい」軸で働く 100歳現役の姿が励みに
再雇用になると多くの場合、収入は大幅にダウンする。同じ部署や領域で働き続ける場合、仕事内容はあまり変わらず業務への責任が軽くなるケースが多い。これによって「仕事は変わらないのに不当に賃金を下げられた」と感じ、モチベーションが下がってしまうケースは少なくない。
佐野氏は「処遇を軸に考えるのではなく、少し割に合わなくても主体的に業務に関わり意思を仕事に反映できれば、やりがいは感じられるのでは」とアドバイスする。
主体性を発揮するには、「やりたい」という内発的な動機も重要だ。努力のすべてを会社に捧げる必要はなく、「社内にあるチャンスや人脈を、自分の成長のために使う」という意識をある程度は持ったほうが、意欲も高まるという。
しかし、「やりたい」からと、会社側にメリットのない事業を提案しても通らない。「会社のメリット」とのバランスを考えることがポイントだ。
「自分も成長し、それを会社にも還元するwin-winの関係を作ることが理想的です」
佐野氏は「今は、おかげさまで楽しく働いています」と笑顔を見せた。再雇用契約が終了してからも、個人事業主としてセカンドキャリア支援を続け「ある程度の収入を得て社会と関わり、誰かに必要とされる人であり続けたい」とも語る。営業時代、化粧品販売の最前線に立つ店舗オーナーたちが80代、90代、さらに100歳を超えてすら現役で活躍するのを目の当たりにしてきたことも、働き続けることの励みになっている。
年を重ねることへの不安は今もあるが、どのように行動すべきかを学んだおかげで「何をしていいのかわからない」というもやもやは解消したという。
「私もかつてもやもやを抱え、どうしていいかわからなかった。今そういう思いでいるミドルシニアを応援したいと思っています」
Text=有馬知子 Photo=今村拓馬

佐野真功氏
ポーラ 幸せ研究所研究員
人事戦略部 ヒューマンバリューチーム
1984年ポーラ化粧品本舗(現ポーラ)入社。営業畑を歩み、千葉、近畿、関越などへの転勤を経験。60歳定年直前に提案した新規事業企画案をきっかけに、再雇用後に人事部配属。ポーラ幸せ研究所研究員を兼務し、「人生ワクワクプログラム」を作成。現在は社内外でワークショップを行う。愛称は「ワクワクまーくん」。著書に『人生後半 幸せ資産の増やし方』(日経BP社)がある。