Works 191号 特集 「失われた30年」を検証する 社会×働く 何が変わり何が変わらなかったのか
武田薬品工業に聞く/グローバルカンパニーへと大転換 変えたこと・守ったこととは
武田薬品工業(以下、タケダ)は過去20年ほどの間で、ドメスティックな医薬品メーカーからグローバルカンパニーへと企業の姿を大きく変えた。組織風土や人事制度の何を変え、何を変えずに守ってきたのか、日本の人事を統括するジャパンファーマビジネスユニット人事部長の馬渕裕次氏に聞いた。
明治時代から東京での事業拠点だった日本橋に開設したグローバル本社。
同社は2000年代前半まで、売上高の7割近くを国内で稼いでおり、当時の競合他社と比べて突出して海外売上比率が高いわけではなかった。この頃、創業一族で当時社長だった武田國男氏が海外事業の拡大を志向し、後を引き継いだ長谷川閑史氏が米バイオ医薬品メーカー、ミレニアム・ファーマシューティカルズ社など海外企業の買収を本格化させた。2014年に初の外国人社長となるクリストフ・ウェバー氏が就任し、2019年には日本で最大規模のM&Aとされるシャイアー社の買収を完了。名実ともに日本発のグローバルカンパニーとなった。
現在、全世界の従業員数約5万人、連結売上高の9割以上を日本以外で占める。経営を担う「タケダ・エグゼクティブチーム」も、17人のうち13人が外国人、国籍は9カ国にわたり、次期社長も米ビジネスユニットのジュリー・キム氏に決まっている。あるベテラン社員は「入社当時『国内企業』と思っていたタケダが、今のような姿になるとは、想像もしませんでした」と振り返った。
馬渕氏は2019年、シャイアー社買収と同時期に入社した。「外資系と国内メーカーでグローバルな人事制度構築に関わってきた経験を、国内最大級のM&Aを成し遂げたタケダで生かせれば」と考えたという。
自らキャリアを築く ソフト、ハード両面で意識付け
組織のグローバル化のなかで妨げになるのは、日本型雇用の流れを汲んだ日本本社の人事制度とそれに慣れ親しんだ社員の意識だとよく聞く。同社はどう乗り越えたのだろうか。
人事評価に関しては1997年、成果主義的な評価制度を導入するなどかなり早い時期に年功的な制度からの脱却を図っており、「私が入社したときには、年功序列の色彩はかなり薄まっていました」と馬渕氏は話す。
「しかし会社が広く人事裁量権を持つ日本企業の常として、『会社が仕事をくれる』という社員の受け身の姿勢は残っていた。世界で活躍してもらうには、変えなければいけないと強く感じました」
馬渕氏は制度とマインドの両面から、変革に取り組んだ。もともとあった社内公募制度の活用を促進するほか、2020年には本業と別の部署の仕事を掛け持ちできる社内兼業制度を始め、長時間労働を防ぐため時間を制限したうえで副業も解禁した。
さらに毎年、部署ごとに「キャリアウィーク」などを開催し、仕事と家庭との両立や、昇進だけでなく、本人の志向やライフステージに合わせてジャングルジムのように横や下に異動する働き方など、多様なキャリアを社員に伝えるようになった。一人ひとりの社員に「自分でキャリアを選択する」という意識を持ってもらおうとしているという。
社員からは「社内兼業でさまざまな部署を経験できるので、転職する必要性を感じない」といった声も聞かれる。また公募はグローバル横断的で、日本から海外のポストに応募する社員もいるほか、海外でも、多くの社員が公募を通じて別の職種に移っている。2022年度に社内公募で異動した社員は148人、社内兼業の参加者は153人に上る。
「社内公募・兼業の応募者は増えており、一連の施策でキャリア形成への意識は着実に高まっています。ただ、多くの人材が国境をまたぎ交流するには至っておらず、さらに力を入れていきたい」
タケダは、人事制度の全世界共通化にも取り組んでいる。2019年当時は各国・地域の法規制や慣習に合わせてローカライズされた部分も多かったが、マネジメントに必要な人事データを全世界で共通化し、各国の人事制度の等級が、グローバルではどのレベルに位置付けられるかも明確化した。一方、社員持ち株会のような日本独自の福利厚生をグローバルに広げ、会社としての一体感を醸成しようともしている。
「ローカルのいい部分は残しつつ、グローバルのフレームを導入し、効率化しようとしています」
グローバルに浸透する 「タケダイズム」
馬渕氏が「タケダならでは」だと考えるのが「『タケダイズム』がグローバルレベルで浸透していること」だ。タケダイズムは「誠実」を最も大切な価値観と位置付けるコーポレートバリューだ。長谷川氏が「誠実さは公正、正直、不屈の精神に支えられている」と体系化し、ウェバー氏がこれを踏まえて「患者さんに寄り添い(Patient)、人々と信頼関係を築き(Trust)、社会的評価を向上させ(Reputation)、事業を発展させる(Business)」ことを行動指針(PTRB)に落とし込んだ。ウェバー氏は株主メッセージでも「長期的な成功の礎は、倫理と価値観に基づいた企業文化にある」と強調し、80の国と地域で社員に価値観を伝え実践を促す2100人以上の「バリューアンバサダー」を置いて、タケダイズムの理解を促してきた。ウェバー氏は頻繁に各国の職場を回り、社員との対話集会を開いているが、その場でも必ずといっていいほどタケダイズムとPTRBの重要性を発信している。
「海外では会議室に日本語で『誠実』『公正』といった名前がつけられていることもあります。クリストフ(・ウェバー氏)の発信により、世界中の従業員にタケダイズムが行き届いたのだと思います」
また馬渕氏は、日本人社員がタケダイズムを体現する重要な役割を果たしているとも考えている。同社は海外企業の買収を繰り返した結果、多様な出自や価値観を持つメンバーが混在するようになった。そうしたなかでも、タケダの社員は日々の業務で自然とタケダイズムとPTRBに照らして物事を考え、社員同士の意見が分かれたときなども「タケダイズムに沿いPTRBを体現できるのはどちらか」という基準で意見を述べるという。
「海外の社員はタケダイズムを頭で理解し実践しようとしていますが、日本人は血肉になっており、日常の振る舞いににじみ出ている。海外の社員も日本人と働くことで、バリューをより深く理解していると思います」
一方でグローバル化に伴い、日本人社員の多くが直面している壁が「発信力」だ。日本人は期日内に質の高いアウトプットを出すことは得意だが、意見を述べるときは『正しく完璧に伝えなければ』と思うあまりなかなか口に出せないことも多いという。
「多様な人材とともに働く経験を積むことで、日本人社員にもグローバルに働くことを体感し、理解してもらいたいと考えています」
Text=有馬知子 Photo=武田薬品工業提供

馬渕裕次氏
ジャパンファーマビジネスユニット 人事部長
同志社大学経済学部卒業。1993年日本ベーリンガーインゲルハイム入社、日独でグローバルな人事システムの構築などに関わる。2013年、アシックスに転じ執行役員グローバル人事総務統括部長。2019年、武田薬品工業に入社し現職。