Works 195号 特集 経営とインクルージョン
社内政治とインクルージョンを両立するリーダーシップのあり方
「社内政治」という言葉には根回しや派閥などのネガティブな響きもつきまとうが、昭和女子大学教授の木村琢磨氏は「組織内で成果を出すには、利害や価値観の異なる人々との調整が欠かせず、時には政治的な働きかけも必要になります」という。そして、社内政治は実はインクルージョンとも関わりがある。それはどういうことか。

昭和女子大学 教授
木村琢磨氏
博士(経済学、東京大学)。スタートアップでの勤務や組織・人事コンサルティング実務を経て、2018年より法政大学教授。2025年より昭和女子大学教授。主に経営学の分野で国際的に影響力のある学術誌に多数の論文を発表。著書に『社内政治の科学─ 経営学の研究成果』(日本経済新聞出版)。
前提として、組織におけるインクルージョンは、すべての人が対象になるわけではありません。どのような企業であっても、雇用形態や属性、あるいはその会社が歴史のなかで培ってきた根底にある価値観を同じくする人がマジョリティを形成し、その一部が権力を持っています。彼らはその会社に存在するさまざまなマイノリティのすべてを受け入れているわけではなく、「今、仲間にするべきだ」と判断した人たちのみを包摂する傾向があります。
たとえば人事が「キャリア採用者を入れて社内に新しい風を入れたい」と考えたとします。しかし、実際にその人たちが組織に包摂され、「新しい風」として活躍し得るには、彼らと似た「変革のアイデア」を持つマジョリティが既に組織にいるかどうかにかかっています。いくらキャリア採用者がいいアイデアを出しても、組織のなかに似たアイデアを持つ人がいなければ、十分検討されることなく、その会社のインクルージョンは表層的なものにとどまりやすいのです。
このような点から、インクルージョンにも社内政治的な性質が含まれているといえるでしょう。
「不一致」を起点に「利害の調整」へ
社内政治というと日本企業の「根回し」を想像するかもしれません。しかし、社内政治は日本独特のものではなく、社内政治の研究は世界でも経営学の主要なテーマの1つとなっており、実際に多くの人がビジネススクールなどで専門領域として学んでいます。
ただし、「社内政治」は研究者が作った概念ではなく社会で自然に使われ始めた言葉です。使う人によって意味に少しずつズレがあり、共通の定義を与えるのは難しいものの、私はこれまでの研究をもとに、1)自己または会社の利益の増大または損失の抑止を目的として、2)会社の意思決定に影響を与え、3)社内での権力・資源の獲得や利害調整のために行われる、4)会社から正式に承認されていない影響行動と定義しています。
「自己の利益」とは昇進や昇給、評判など処遇やキャリアに関する個人的な便益や部分最適、「会社の利益」とは業績の向上や社会的な評判の向上などを含みます。すなわち、社内政治は利己的な目的のためのものとは限らず、会社をよりよくするための行動にもなり得るのです。
社内政治を「対立のある状況」における「非公式な影響手段」であると定義づける研究者もいます。実際にはまだ対立が表面化していない段階で社内人脈を築いたり、公式な場であえて怒りをあらわにして印象を操作したりすることも含み、「対立」や「非公式」は必ずしも前提ではありません。
社内で何らかの「不一致」がある状態というのが起点となり、「会社から正式に承認された行動」だけでは問題解決に向かわない場合に「利害の調整」に当たろうと動き出す、その行動こそが社内政治だと捉えています。
社内政治は世界中のビジネスの現場で行われていますが、日本企業に強く見られる特徴の1つは、相手、特に上司のメンツをつぶさないことの重視です。多くの日本企業では上司・部下の権力格差が大きく、上位者からの報復や、上位者の尊厳を傷つけたことに対する周囲からの不快感を避ける目的があります。
職務権限イコール権力ではありません。物事の決定権限さえあれば、ことをスムーズに進められるわけではありません。部署の垣根を越えて影響を与えようとしたり、自分の部署の利益をより
多く得ようと画策したりする際には、権限のみならず権力が影響します。
私が研究テーマとして社内政治に興味を持つようになった原点は、大学教員になる前に勤めていたスタートアップなどで、強烈な社内政治に巻き込まれた経験かもしれません。
その後、大学で教えるようになり、ある社会人学生から「うちの会社、社内政治で大変なんですけど、こういうテーマは研究されているのですか」と質問されて調べてみると、社内政治はリーダー育成や組織マネジメント、インクルージョンなど、さまざまな分野とつながりがあるとわかりました。

違いを生かすためにもまずは共通点を探る
インクルージョンは一人ひとりの活躍に思いを馳せる、個に向き合う行動です。一方、社内政治は利害の異なる個人・集団を組織として動かす行動です。
一見異なるリーダーの行動ですが、実はリーダーシップの要素には相通じるものがあります。それは、共通点を見出すコミュニケーションと、倫理観の重要性です。
社内政治の研究のなかで、大切だといわれていることの1つに、お互いの共通点を見つけるコミュニケーションがあります。組織のなかで利害や価値観が異なる人々の間の共通点を見つけて調整し、関係者を合意点へと導く能力が、リーダーには必要です。一方で、インクルージョンは「違いを生かす」ことであり、これと矛盾するように思えますが、人は類似性に魅力を感じやすく、違いを強調することは大きなコミュニケーションの負荷となり、最初から相手を遮断してしまう可能性もあります。人はそれぞれ多様である、つまりそれぞれに違いがあることを前提にしつつも、共通点をさまざまな角度から探っていくことは、相手を理解し、合意可能な着地点を見つけることにつながるのです。
倫理観については、私が日本で行った倫理的リーダーシップの調査結果と、海外での同様の調査との比較では、日本人は「法律を守る」段階にとどまる人が多く、「現在のルールでは、本来守るべき人の権利が守られない」という発想にまで至る人が、海外に比べると少ない傾向が見受けられました。
そもそもリーダーは政治力を利己的に使うのではなく、会社のために使うという意思がなければならず、それを継続できるかどうかは、リーダーの倫理性にかかっています。リーダーの倫理性は、社会的な責任も視野に入れたものでなければなりません。今の日本でも、マジョリティや、マジョリティが既に受け入れたマイノリティは仲間に入れてもらえるのに、それ以外のマイノリティたる人々はなかなか受け入れられないことを認識しておかなければなりません。「もしかしたら排除されている人がいるのではないか」と想像し「人間の尊厳を守るためには、何をすべきか」を主体的に考えられる能力が、リーダーには強く求められます。
Text = 川口敦子 Photo=刑部友康
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