Works 197号 特集 活躍寿命を延ばせ

健康づくりは個人からマネジメントの責任へ 企業は社員の「元気」を支えよ

2026年08月20日

腸内細菌研究の第一人者である医師の内藤裕二氏は、長寿地域の高齢者のライフスタイル研究に取り組んでいる。健康は活躍寿命を延ばすうえで重要なベースとなる。健康長寿の人とそうでない人との違いは何か。個人の健康づくりに対し、企業ができることとは。

内藤裕二氏

京都府立医科大学大学院
教授
内藤裕二氏

1983年京都府立医科大学卒業、2001年米ルイジアナ州立大学医学部客員教授、2009年京都府立医科大学大学院(消化器内科学)准教授などを経て2021年から現職。専門は腸内微生物叢、抗加齢医学、消化器病学。


京都府京丹後市は、100歳以上の人口比率が全国平均の約3倍に達する日本有数の健康長寿地域として知られている。この地域では2017年から「京丹後長寿コホート研究」が進められ、65歳以上の住民約1200人を対象に長期的な追跡調査が行われてきた。健康長寿の要因を医学的に解明することが目的だ。この研究に、食と腸内細菌の専門家として参画しているのが京都府立医科大学大学院教授の内藤裕二氏である。

近年、健康長寿を語るうえで欠かせないキーワードとなっているのが「腸脳相関」だ。腸と脳が密接に影響し合うことは以前から知られていたが、その仲介役として腸内細菌が重要な働きを担っていることが明らかになってきた。

「食事は単なるカロリーや栄養素の問題ではありません。食べたものが体内でどう分解され、腸内細菌とどのように相互作用し、どんな物質が作られるのかまで含めて考える必要があります」

研究チームは食事内容と腸内環境の関連をAIで解析した。その結果、最も健康状態がよく、フレイル(加齢に伴う心身の衰え)のリスクが低かったのは、野菜、豆類、きのこ類を積極的に摂取し、腸内に酪酸産生菌が豊富なグループだった。一方で興味深い結果も得られた。最もフレイルリスクが高かったのは、魚を中心とした伝統的な和食を食べているグループだったのだ。

「和食が健康に悪いわけではなく、このグループは果物や生野菜の摂取量が少なく、醤油や塩分の過剰摂取という問題を抱えていました。長寿に必要なのは総カロリーの制限ではなく、腸内環境に合わせて油や炭水化物、たんぱく質の質を見直していくことなのです」

健康長寿には睡眠の質も深く関係している。重要視されるのは、深いノンレム睡眠の量と、夢を見ている時間であるレム睡眠の割合だ。一般にレム睡眠が全睡眠の約20%を占めていないと死亡率が上がることが判明しており、「夢も見ずに爆睡している」と思っている人ほど、実はリスクを抱えているケースがある。

筋肉量の維持も欠かせない。なかでも握力はフレイルの重要な指標として注目されている。筋肉量は日常の活動量に左右されるため、農作業などで身体を動かす機会が多い高齢者は衰えにくい傾向がある。しかし、握力は筋力だけでなく神経機能や若い頃の運動経験など複数の要素が関係しているため、単純なトレーニングだけでは改善しにくいという。

生きがいの有無が死亡率にも影響する

食事や睡眠、運動の重要性は広く知られるようになった。しかし、内藤氏は「健康長寿はそれだけでは説明できない」と強調する。

そこで注目されるのが「生きがい」の存在だ。世界農業遺産として認定されている大崎耕土で有名な宮城県大崎市住民を対象とした大崎コホート研究では、生きがいの有無によって死亡率に大きな差が生じることが報告されている。生きがいがない人は、生きがいがある人に比べて死亡率が高く、心血管疾患や外因死のリスクも上昇していた。

京丹後の研究でも同様の傾向が見られた。WHOが開発した精神的健康指標「WHO-5」などを用いて分析した結果、生きがいを持つ人ほどフレイルリスクが低いことが確認されたのだ。興味深いのは、米づくりや畑仕事などの労働は生きがいとの相関が見られないが、趣味としての運動は関連が強かった点だ。京丹後では体操や卓球のサークル活動が盛んで、そうした活動への参加者ほど生きがいのスコアが高い傾向が見られた。

「もちろん義務感ではなく、仕事を頑張りたいとポジティブな気持ちで働くのであれば、結果はまったく違うでしょう。生きがいは人それぞれ。孫の結婚式に出たい、友人と旅行に行きたいというのも、立派な生きがいです」

さらに分析を進めると、生きがいを支える要素として、社会的サポート(他者とのつながり)の重要性が見えてきた。家族や友人とのつながりが豊かな人ほど、生きがいを維持しやすいという。「これは、長寿者が多いブルーゾーンのコスタリカやサルディーニャでも同様でした」

社会的サポートを失うことは、認知症リスクとも直結する。65歳以降の認知症リスク要因の1つとして、社会的孤立の影響が大きいと内藤氏は指摘する。社会的疎外率は圧倒的に男性で高く、内藤氏の試算では男性の20%弱が社会的に孤立した状態にある。

この事実は長寿の男女比にも如実に表れている。世界の長寿地域では、100歳以上の人の男女比がおおむね5対5だが、日本は1対9と男性が圧倒的に少ない。「これは単純な性差ではなく、社会構造の問題が大きい」と内藤氏は指摘する。男性が孤立しやすい社会のあり方を変えていく必要がある。

京丹後市

日本海に面した京丹後市は棚田も有名。多様で豊かな食材が長寿の源の1つでもある。

健康づくりを個人の努力だけに委ねる時代は終わった

内藤氏は、健康づくりを個人の努力だけに委ねる時代は終わりつつあると指摘する。

企業で働く約3000人を対象に行った調査では、約37%が何らかの消化器症状を抱えていた。その多くが睡眠の問題も併発しており、労働生産性の低下につながっていたという。

「科学的なエビデンスを示しても、人の行動は簡単には変わりません。健康を個人の自己責任として捉えるだけでは限界があります」

重要なのは、生きがいや社会的つながりを育む環境づくりだ。実際に自治体では、高齢者が小学校で自身の経験を伝える活動や、地域の男性による和太鼓チームの結成などを通じて、生きがいの創出につながった事例がある。

企業においても同様だ。福利厚生として健康支援を行うだけでなく、社員同士や地域とのつながりを感じられる環境を整えることが重要になる。

生きがいは英語で「Purpose in Life」と表現される。何のために生き、何のために働くのかという目的意識を持つことが、結果として健康的な食事や運動などの行動変容につながる。

「ロンジェビティというと単に長寿をイメージしがちですが、本来は生き生きと活動し、社会に貢献し続けている状態を意味します。日本語でいえば『元気』が最も近い言葉でしょう。企業には、社員の元気を支えるという視点をぜひ持っていただきたいと思います」



Text=瀬戸友子 Photo=今村拓馬、京丹後市役所提供

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