Works 195号 特集 経営とインクルージョン

ディー・サイン|オフィスづくりは経営戦略。社員の帰属意識とインクルージョンを高める空間術

2026年04月24日

ワークプレイスのプロジェクトマネジメント・設計を通じてクライアントの経営課題の解決に取り組むディー・サインは、国内外の大手企業やスタートアップ企業のオフィス移転・改修を多く手掛けてきた。代表取締役社長の長尾成浩氏が考える、経営におけるインクルージョンを実現するために必要なオフィスづくりの視点とは──。

長尾成浩氏の写真

ディー・サイン 代表取締役社長
長尾成浩氏

中央大学商学部卒業。オカムラ、リンクアンドモチベーションを経て2005年にリンクプレイス(現ディー・サイン)取締役就任。2019年より現職。


日経ニューオフィス賞経済産業大臣賞などの受賞歴のある長尾氏がオフィスづくりのプロジェクトマネジャーとして心がけているのは「戦略的にオフィスを作ること」。そのなかで昨今求められることが多いのは、社員の帰属意識を高める場所を作ることだ。
 
2000年代初頭から楽天、ミスミグループ本社やKADOKAWAなどのオフィスづくりを手掛けてきた長尾氏。オフィス内にカフェやバーコーナーといった「井戸端会議」が発生するようなスペースを設けるなど、社内外のコミュニケーションを活発化させるための仕組みを提案してきた。
 
組織におけるコミュニケーション不足は、社内における共通認識がおろそかになるだけではなく、創造的な仕事の支障になりかねない。長尾氏は「会社組織というのは、単に仕事上の目標を達成するためのチームにとどまらず、同じ価値観を持っている人たちが集まるコミュニティでもあるわけです。オフィスづくりでは、そのバリューをいかに共有できる空間にするか、実際の運用といかに接続できるかという観点が大切になってきます」と強調する。その意味で、オフィスづくりと社員の帰属意識(ビロンギング)、ひいてはインクルージョンにはつながりがあるのだという。

人間関係を一歩進めるには人と人をつなぐ下地づくりを

ディー・サインでは、自社にも人が集うための工夫を詰め込んでいる。オフィスに入るとすぐ目に付くオープンキッチンは、ふだんはクライアント先へ出かけていることが多いメンバーが交流する場として活用されており、メンバー全員が集まる懇親会も定期的に開催されている。
 
オフィスの奥には人が立つ・座るといういずれの姿勢でも利用可能なテーブルが複数台設置されている。テーブル横に備え付けた大きなロール紙を引き出して、書き込みながらアイデアを出し合うこともある。壁面のホワイトボードにはメンバーの顔写真入りのマグネットが並び、「花見で何をしたいか」「休みにどこに行ったか」など、さまざまなトピックでメンバーの興味や関心をシェアできる。

「求心力がある場所になるよう、つくりだけではなく運用も意識しています」
 
ここ数年で、多くの企業がオフィス改築に投資を惜しまなくなってきている。人が集う「行きたくなるオフィス」を構築することで、離職率低下や、採用活動などの組織強化に貢献し、それが顧客や機関投資家からの評価にもつながることが1つの理由だ。

「『オフィスづくりは経営戦略の一環だ』と捉える経営者が多くなり、オフィスを作る側から見ても風向きが変わってきていると感じます」
 
ただし、人が集まる場所を作れば自然に人が集まってくると考えるのは早計だという。

「カフェコーナーがあるからといって、知らない人同士の会話はなかなか弾みません。セレンディピティを期待しても現実にはあまり起こらず、実は空間だけでできることは限られている。そこで大事になってくるのが、人と人をつなぐ人間関係の下地づくりです」
 
長尾氏が具体策として勧めるのは、オフィスの移転や改修のあとにイベントを設定したり、各種研修のような場を活用したりして、他部署の人と話す機会を積極的に作ることだ。

「たとえば社内の営業研修で他部署の人と5分間ディスカッションする時間があったら、その次にカフェコーナーでばったり会ったときに『先日はどうも』というあいさつから話が発展していくかもしれません。人間関係を一歩前に進めるためには、設備だけではなく、人間が介在する必要があるのです」

人が集まっているディー・サインのオフィスの写真
ディー・サインのオフィス。人が集うことを意識している。

担当者は経営層と現場の間に立ち 方向すり合わせを

このように人が介在する必要性を長尾氏が痛感するきっかけになったのは、出社が控えられ、人が集まりにくくなったコロナ禍のときのことだった。現在は一部の企業でオフィスに回帰する動きもある一方で、リモートワークやハイブリッド勤務も広がっており、以前と同じような組織としての一体感を創出しにくくなっているという。「特にコロナ禍以降に入社してきた社員は、分散して働くことが標準となっています。そのような働き方だと得てして人間関係は希薄になりがちなのです」と長尾氏は指摘する。会社の売り上げの達成やプロジェクトの成功という目的だけでは、組織としての一体感を醸成するには限界があるため、会社がコミュニティとしての機能も備え、社員間の共通認識を育んでいくことが経営上重要だ。そして、それは帰属意識やインクルージョンの推進にも役立つのだと強調する。
 
そんな長尾氏は、社内の3者がそれぞれの立場でオフィスを作る過程に加わることが重要だという。
 
第1は、企業トップから役員まで可能な限り多くの経営層の考えを明確にすることだ。経営層がどんな組織を目指し、その組織実現のためにはどんなオフィスにしたいのか、またオフィスを通じて社員や顧客、株主などのステークホルダーにどんなメッセージを送りたいのかを明らかにしたうえで、それをオフィスづくりに生かす。
 
第2は、社内の担当者が関係者間でオフィスづくりの方向をすり合わせていくことだ。

「上から降りてきた方針を一方的に現場に伝えるのではなく、経営層と現場の間に立ち、オフィスを使う人の声を聞き取り、それを経営側のベクトルとすり合わせていくファシリテーターとしての役割が求められます」
 
第3は、職場のキーパーソンにもオフィスづくりの過程に加わってもらうことだ。

「社内で『この人が言うのであれば、耳を傾けよう』と思われている人たちを巻き込み、どんな背景・意図でオフィスを作ろうと考えているのかを十分に説明し、目的を理解してもらい、それを現場に伝えてもらうことが大切になってきます。これらのすべての過程を丁寧に進めていくことは、結果的にインクルージョンの醸成にも資すると思います」
 
また、オフィスの作り手として、あえてすべてを作り込みすぎないことも意識しているという。「スペースにすき間があると何か手を加えたくなるものではありますが、大切なのは“余白”です。社会情勢などの外部環境や、企業のステージ変化といった内部環境の変化に応じて使いながら用途を更新し、フレキシブルに対応できる余白があるほうが、結果的に運用しやすく活用できるオフィスとなると考えています」
 
オフィスは完成して終わりなのではなく、環境に応じて絶えず変化していくものだ。組織に所属する人の成長、未来も含めて、いかに包摂する空間になり得ているかという視点が求められそうだ。


Text=川口敦子 Photo=今村拓馬、ディー・サイン提供