Works 197号 特集 活躍寿命を延ばせ
ポルトガル:顧客の人生の質を高め、ロンジェビティをビジネス機会に
ポルトガル最大の保険会社フィデリダーデは、経営戦略の柱を従来型の保険販売から、ロンジェビティの支援にシフトさせている。ビジネスの機会を生み出す取り組みとは。ロンジェビティ戦略を統括するマファルダ・オノリオ氏に聞いた。

フィデリダーデ
ロンジェビティ・マーケティング
責任者
マファルダ・オノリオ氏
Ms.Mafalda Honório
ユニリーバで営業、マーケティングの要職を歴任し、「パーフェクト・ストア・アワード」を2度受賞。その後、植物性食品最大手アップフィールドのマーケティングディレクター、SANAホテルズの最高マーケティング責任者を歴任。2025年には、スタンフォード・センター・オン・ロンジェビティのカタリスト・プログラムへの参加メンバーに選出される。2022年より現職。
ポルトガルで200年以上の歴史を持ち、生命保険・損害保険ともに国内首位に立つフィデリダーデ。同社がオノリオ氏を招聘したのは2022年のことだ。ポルトガルは欧州のなかで最も急速に高齢化が進んでいる国の1つであり、フィデリダーデの経営陣は、この人口統計学的変化を社会課題としてだけでなく、重大なビジネス機会と認識していた。そのため、この変革が会社、顧客、未来の戦略にとって何を意味するのかを、より深く理解しようとした。そこで白羽の矢を立てたのが、消費財業界でキャリアを積んできた消費者マーケティングのプロ、オノリオ氏だった。
「お話をいただいたのは、私自身、社会により大きなインパクトを与える分野に挑戦したいと思っていたタイミングでした。私は20年以上にわたり、常に同じ出発点からマーケティングとビジネスに携わってきました。それは、製品やサービス、それによる体験を設計する前に、まず『人』を理解するということ。そのマインドセットは、ロンジェビティにアプローチする際も同じでした。ロンジェビティは私にとって新しい分野でしたが、自然と、それを人口統計としてではなく、『人』というレンズを通して見ていたのです」
商品・サービス、ビジネスモデル すべてを再設計する
オノリオ氏は、まず経営陣に問うた。「あなた方にとってロンジェビティとは何ですか」。最初の回答は当然ながら、人口の高齢化とそれが保険に与える影響に集中していた。しかし、オノリオ氏はより広いレンズを通してロンジェビティにアプローチしようと考えた。
「ロンジェビティとは生まれた日から始まる人生全体を扱う概念で、人生の終盤だけの話ではありません。寿命が延びるというだけでなく、加えられた年月の質をどう高めるかというポジティブな視点から捉えるべきです。ロンジェビティに関する世界中の研究にあたるなかで、私はこのアプローチが間違っていないことを確信しました」
オノリオ氏は、ロンジェビティを支える柱として「Health(健康)」「Wealth(経済的基盤)」「Care(支援・ケア)」「Self(自己)」の4つを挙げる。Selfとは単なる「自己」ではなく、人生を通じて自分らしさや生きる目的を育み続けることを意味する。「当社の事業はHealth、Wealth、Careの3つに直接的に関わっています。Selfについても、直接的でなくてもポジティブな影響を与えられる。つまり私たちは、人々のロンジェビティに包括的に関わる存在であり、大きな責任がある。同時に、私たちにとって巨大なビジネスチャンスでもあるのです」
ロンジェビティを経営戦略の中核に据えるということは、商品やサービス、ビジネスモデルそのものを見直すことを意味する。これまでの「誕生→就学→就労→退職」という単線的な人生を前提に設計されてきたものを、人生100年時代に合わせて再設計しなければならないからだ。当然ながら、当初は社内に戸惑いや反発があったという。
「社員は、ロンジェビティ戦略という新しい考え方が、自分たちの領域を侵すのではないかと不安だったのでしょう。フィデリダーデは200年の伝統を持つ会社ですから当然です。でも、私たちは国際的にも大きなプレゼンスを持つポルトガルのリーディングカンパニーであり、社会にポジティブなインパクトを与えるというDNAを持ったブランドです。だからこそ、ロンジェビティに大きくコミットする責任がある。そのためにはマーケティングから人事、事業開発まで全社的に取り組むことが必要です。私は一貫して、ロンジェビティは独立した議題ではなく、組織全体で既に取り組んでいる仕事の質を高めることができる『共通の視点』であるということを強調し続けました」

無料で誰もが利用できる企業公式サイト。AIが100歳になった自分からのメッセージ動画を生成する機能もあり、長寿社会を自らの問題として認識し、早期の準備や健康的な行動習慣を始めるためのプラットフォームだ。
ロンジェビティの推進は まず「自分ごと化」から
社内でそうした取り組みを進める一方、オノリオ氏はカトリカ・リスボン経済経営大学院の「ロンジェビティ・リーダーシップ・プログラム」(5世代が同時に働く社会。「知の融け合い」 を促す世代間交流)も受講した。
「ここには世界各国から受講者が集まっていて、多様な視点に触れることができました。そして何より印象的だったのは、自分自身のロンジェビティを深く考えさせられるプログラムだったことです。ロンジェビティを『他人に起きること』として語るのではなく、私自身が自分の問題として捉えることから始めなくてはならない。その気付きは、人々がロンジェビティに備える前段階として、まずロンジェビティが『自分ごと』にならなければならないという私の確信を強めてくれました」
この「自分ごと化」の発想は、その後のマーケティング戦略の核となった。人々にいきなり新しい商品やサービスを売ろうとしても、耳を貸してはもらえない。であれば、一人ひとりの顧客にロンジェビティを自分ごととして認識してもらうのが早道というわけだ。
「私たちは、60歳以上の人々を『今日のシニア(The Elders of Today)』と呼んでいます。彼らが今必要とするサービスを届けることはもちろん大切です。一方で、60歳未満の『明日のシニア(The Elders of Tomorrow)』へのアプローチも極めて重要なのです」
「明日のシニア」に長寿に向けた準備と予防の必要性を、早い段階で認識してもらうために、国内最大級の金融リテラシープログラムに投資している。エイジズムを排したコミュニケーションの1つとして、アクティブに人生を楽しむシニアの姿を描いた広告を制作し、国際的な賞も受賞した。
「さらに、健康的な習慣づくりのために、散歩をするだけでスーパーなどで使えるポイントを付与するプログラムも始めています。また最近では、一般の人々が無料で使えるデジタル体験『ロンジェビティAI』も開発しました」
「人間は自分が想像できない未来への準備はできない」という信念のもとに作られた「ロンジェビティAI」は、利用者が簡単な質問に答え、顔写真を送ると、100歳になった自分が現在の自分に語りかける動画をAIが生成するサービスだ。未来を予測するためではなく、長寿を自分ごととして考えるきっかけを提供することを目的としている。「先は長いですし、やるべきことはまだまだあります。でも、とても価値のある挑戦です。ロンジェビティは一企業だけで解決できるテーマではありません。だからこそ、人々、政府、企業が力を合わせて取り組む必要があります。そして、この変化を最初に理解し、新しい価値を生み出した企業こそが、人生100年時代における人々のパートナーになれるのだと思います」
Text=石臥薫子 Photo=オノリオ氏提供
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