Works 189号 特集 長寿就労社会 定年“消滅”時代、あなたはどう働きますか?
最高齢社員は75歳 人が辞めない会社目指し急成長

長野県宮田村にある宮田アルマイト工業では、約140人の社員のうち60歳以上のシニア社員は1割弱。代表取締役・清水光吉氏が「人が辞めない会社」を目指した結果、シニア層も含めすべての年代が活躍できる組織になった。
宮田アルマイト工業の創立は1967年に遡る。主事業であるアルマイト加工とは、電気化学反応でアルミの表面に酸化被膜を生成させ、錆などの腐食を防ぐ処理のことだ。精密機械産業が盛んな長野県にあって、カメラなど光学機器部品の加工からスタートしたが、2008年ごろ、スマートフォンの普及でカメラ市場は一気に低迷。2000年に同社に入社し、2006年に父である先代から事業を引き継ぎ2代目社長となった清水氏は、鉄からアルミへと部品素材の転換が起こっていた自動車関連事業へといち早く舵を切った。
「就任してまもない私の主な仕事は、離職者の引き留めでした」と、清水氏は当時を振り返る。清水氏自身は、入社以前、別の会社で働いていたこともあり、同社で次々と人が辞める理由も理解できた。
「人が仕事を選び、続けていくときに重視するのは、お金、休日、人間関係の3つです。社長就任後、これを一つひとつ解決していきました。中小企業なので『すごくいい』は難しい。どれをとっても『これくらいだったらやっていける』というところを目指しました」
宮田アルマイト工業
代表取締役 清水光吉氏(中央)、下田夏海氏(左)、唐澤清子氏(右)
「宮田アルマイト工業ならできる」顧客の評判を作った人材の存在
報酬は、近隣の企業と比較してもひけを取らないようにするだけでなく、本人・部長・社長の3者による面談で評価し、きちんと頑張りを報酬に反映することで満足度を高めた。具体的には、4月の給与改定前に態度、能力、貢献度を問う25項目の「通知表」を本人と部長が付ける。「そこに乖離があれば、部長と私による面談で擦り合わせ、給与アップのために次年度すべきことなどの期待を伝えています」
有給休暇取得促進にも積極的に取り組み、現在では有休取得率は96%、平均取得日数は14.6日を実現している。
人間関係の改善にはまず、現場のコミュニケーションを変える努力をした。「昭和にまかり通っていた、指導に熱が籠るばかりに飛び出す乱暴な言葉を一切禁止しました」。さらに、大阪、北海道、金沢など各地への社員旅行を全額会社負担で実施するなどして、仕事以外でも関係性を深めるように努めている。
その結果、「人が辞めない会社になった」という。中途採用を中心に人を増やし、その社員が自身の家族や友達を連れてきてくれる。離職率は極めて低く、家が遠いなどの理由で稀に辞める程度だ。清水氏の就任当時、売上高約4億円、従業員数約30人だった会社は、売上高約13億円、技能実習生の外国人も含めて従業員は約140人までに成長した。
この成長には、自動車関連部品の加工にシフトしたことはもちろん、「宮田アルマイト工業であればできる」という評判が広がったことも寄与している。評判の背景にあるのは、扱う部品が変わっても対応できる人材がいたことだ。
特に、シニア社員の貢献度は大きい。同社はラインの自動化を積極的に進めてきたが、薬剤の入った電解槽につける前に、処理する部品を機械に引っ掛けるラッキングと、加工後の最終検査は自動化が難しく、人手と熟練の技が必要だ。「当時中堅だった社員が働き続け、シニアになっても活躍してくれています。彼らに経験とスキルが蓄積されたことで、他社よりも多くの仕事を引き受け続けられているのです」
会社にとって、シニア社員も辞めてほしくない存在だ。高齢になっても「働き続けたい」と思ってもらえる会社を目指して、制度や働く環境を整えている。
働きやすい環境を整えた 第二工場でシニア社員が働く
2021年には、定年年齢を60歳から65歳へ、継続雇用年齢を65歳から70歳まで引き上げた。本人の希望があれば、70歳以降も延長可能だ。役職定年もない。「自分が社員だったら、60歳で給与がガクンと落ちたら意欲が下がります。経営的にはコストはかかりますが、定年年齢の引き上げを決断しました」
ただし報酬は、65歳で嘱託になった時点で7割に落ちる。「できるだけ報いたいという気持ちで、嘱託になっても評価と面談を行い、賞与も支給しています」
働く環境の改善に寄与したのは、2019年に事業拡大に対応して建設した第二工場だ。自動化をより進め、同時に動線も整えて極力人が動かなくても仕事ができるように工夫した。検査の工程に必要な明るさも、LED照明の導入で担保している。「シニア社員は基本的に第二工場で働いてもらっています。肉体的な衰えは当然。シニア社員が働きやすい職場は全員が働きやすいはずですから、そこにはしっかり投資をします」
第二工場でラッキングを担当する唐澤清子氏は、最高齢の75歳だ。65歳で一度退職したが、その後復職し、朝8時からフルタイムで働く。「新しい工場では、格段に働きやすくなりました」と唐澤氏は話す。
シニア社員に蓄積された「暗黙知」のデータ化も進めている。加工処理する製品は顧客ごとに異なり、その数は数千にも及ぶ。薬品の配合や電着に最適な電圧設定などの暗黙値を数値化して、バーコード読み取りによる自動化を進め、シニア社員の負担を減らしている。「PCに慣れていないシニア社員にも簡単に登録ができるように、インターフェースを工夫しています」(清水氏)
若手社員との関係性もいい。歳が近いと反発し合うが、おじいちゃん・おばあちゃんと孫のような関係だという。外注先での生産指導にあたる27歳の下田夏海氏は、「指導に必要な熟練の技術を教えてくれるのはシニア社員が多い。とてもありがたい存在です」と話す。
清水氏は、経営者の一番の使命を「社員をほかの会社にいるよりも苦労させないこと」だと捉えている。「少なくとも生活に余裕を持たせたい。だからこそ、まずは事業を伸ばすこと。労働環境を整え、社員にしっかりと働いてもらい、その貢献に報いていきたいのです」
その思いは、社員にも届いている。下田氏は、「働く仲間をもっと増やしたい」と意気込む。最高齢の唐澤氏は残業することもあるが、残業がないとむしろ不安になると明かす。「会社がうまくいっていて、仕事がたくさんあるのが一番です」
Text=入倉由理子 Photo=五味貴志