Works 196号 特集 人事のダイエット

HRMにおける無駄の深層: リーンな人事戦略に必要な3つのフィット

2026年06月10日

今回の調査・分析のパートナーである大学院大学至善館教授の吉川克彦氏に、調査の結果を踏まえ、人事の諸活動の無駄の深層を戦略的人材マネジメントの視点から論考してもらった。

吉川克彦氏の写真

大学院大学至善館 学術院長 教授
吉川克彦氏

京都大学経済学部卒業、ロンドン・スクールオブエコノミクス経営学修士、2017年同校経営学博士。リクルートグループにて組織・人事に関わる研究、コンサルティングに従事後、上海交通大学 安泰経済与管理学院組織管理系助理教授を経て、2019年8月より現職。早稲田大学グローバル・ストラテジック・リーダーシップ研究所招聘研究員。近著に『問いから考える人材マネジメントQ&A』(共著、中央経済社)。


人事の無駄はなぜ生じるのか。この問いに答えるには、組織の成果と人材マネジメントの諸施策の関係を扱う戦略的人材マネジメントの視点が有効です。無駄が生じているということは、投入した資源、すなわち資金や人々の時間、努力に対して得られる成果が限られているということを意味するからです。
 
組織は何らかの共通目的のために活動する複数の個人からなる集団です。組織の経営者の視点では、そこで働く人々は「組織の目的を達成するための資源の1つ」と位置付けられます。ただし、組織で働く人々は独立した意思を持ち、自分自身の人生を生きている存在だという点で、ほかの資源と根本的に異なります。彼ら、彼女らが組織で働き、その活動の一部を担うことに意義や価値を感じられる環境を提供することが、組織の持続性においては欠かせません。人々は組織にとってのステークホルダーとして、「価値提供の対象」でもあるわけです。こうした二面性のもとで、組織と個人の間をつなぐのが人材マネジメントの役割です。
 
人々を資源として見る立場からは、採用や配置、評価、登用、育成や組織開発といった人事施策は、組織としての成果を上げるために必要な能力を備えた人々を確保し、動機付け、適切な機会を与えることで成長と能力の発揮を促すメカニズムとして位置付けられます。一方、人々をステークホルダーとして見る立場からは、これらの施策は組織が、働く人々が意義、価値を感じて働くことができる環境を提供するメカニズムともいえます。そこには、金銭的な報酬はもちろん、自らの望む形で働く機会、挑戦と成長の機会、他者への貢献の喜びなど、さまざまなものが含まれます。資源を有効に生かす人材マネジメントを行うためには、どのような人を求め、どのような行動を期待し、どのような価値を提供するのかという方針を定め、組織に合う人々を惹きつけ、リテンションすること、そして合わない人々は迎え入れない、あるいは退出を促すことも必要となります。

環境、事業活動、施策間……
3つのフィットが無駄を減らす

以上の考察から、さまざまな施策が効果的に機能するための条件が示唆されます。
 
第1が「環境とのフィット」です。組織で働く人々は社会の一員であり、人々が組織に対して持つ期待や、望む生き方は社会のあり方によって影響を受けます。社会の環境が変化すれば、人材マネジメントも変化が必要となります。
 
第2が、組織が営む「事業活動とのフィット」です。どんな組織も、事業活動を通じて価値を創出し、独自性を発揮することで活動を持続しており、事業が提供する価値やそこでの競争優位の源泉が変化すれば、必要となる能力、また、人々に期待する行動や振る舞いも変わります。これも、人材マネジメントに変化を求めます。
 
第3が、人材マネジメントのさまざまな「施策の間のフィット」です。この組織ではどのような行動が求められるのか、どのようなスキルを身につけることが期待されているのか、この組織で成果を上げるとどのような報酬や機会、喜びが得られるのか。人材マネジメント施策は、働く人々にメッセージを発信しています。それぞれの発するメッセージと、経営者や管理職が語ることが一貫し、全体が1つのシステムとして機能すると、人材マネジメントは効果的に機能するのです。逆に、互いに矛盾するメッセージが存在すると、人々は混乱し、それが無駄となって表れます。
 
最後は、人事諸制度の運用の一貫性です。評価や昇進昇格の判断、配置や異動を運用するプロセスには、人事以外の現場の管理職が関わっています。人材育成も、研修は人事が設計し、運用するとしても、人々が学んだスキルを発揮する場を作り出すのは現場の管理職です。そこで、人事が環境や事業活動の変化に応じた人材マネジメントの方針や優先順位を定め、そのもとで一貫して施策を見直すだけでなく、それらを管理職に共有し、その意図に基づく施策の運用を支援することが不可欠となります。制度の設計の時点で、現場での運用のリアリティを踏まえておく必要もあるでしょう。
 
これらの条件に合致しない組織では、以下のような状況が起こり、「無駄」が生じると考えられます。
 

組織や働く人々を取り巻く環境が変化したのに、かつて導入された仕組みややり方がそのまま維持されている

環境の変化や、事業活動のあり方の変化にもかかわらず、経営トップや人事部門が明確な方針と優先順位を示さず、その結果、何を大切にして人材マネジメントを行うかが定まらない

人材マネジメントの一部のみを見直した結果、制度や仕組みの間の一貫性が失われてしまっている

経営者と人事部門、現場の管理職の間で、どのような方針や優先順位で人事施策を設計し、運用するかについての考えが共有されず、設計意図に沿った運用がなされていない

反対者に中途半端に妥協しない 
「流行の罠」に陥らない

このような事態に陥る理由を、もう一段掘り下げたいと思います。
 
まず考えられるのは、経営者が社会における人の価値観や期待の変化を適切に認識できているか、という問題です。人材マネジメントについて考えるとき、人は自らの経験や価値観を投影しがちです。自分と異なる世代、自分とは異なる生き方、働き方をしてきた人々に思いを馳せることは容易ではありません。経営者が現場の人々との対話の機会を持ち、耳を傾けること、そして人事部門はそうした対話をファシリテートすることが重要といえるでしょう。
 
次に、何かを変えようとすると反対する人が現れるということです。今となっては無駄に感じられる慣行であっても、それとともに生きてきた人にとっては変えることに抵抗があるかもしれません。また、評価や登用、報酬の仕組みを変えることで、「約束が違う」「裏切られた」と感じる人が出るかもしれません。しかし、そこで躊躇し、中途半端に妥協することは、無駄を温存することにつながってしまいます。
 
そして、人事領域で時に生まれる「流行」が無駄を生み得ることも見逃してはなりません。成果主義、1 on 1、OKR、ジョブ型など、これらの個別の制度や仕組み単体ではいいも悪いもありません。繰り返しになりますが、問題は自組織が直面する環境や営む事業にフィットしているか、既存のさまざまな仕組みや制度とフィットするか、一貫したメッセージの発信と運用が可能か、ということにあります。それらが担保できないままに、流行を取り入れることは、無駄を生み出す可能性が高いと考えられるのです。

Text=吉川克彦氏(大学院大学至善館 学術院長 教授)、Photo=今村拓馬

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