Works 190号 特集 本気の 女性リーダー育成

トランプ政権の反DEIの深層にあるものは 被害者意識強める白人男性に希薄な特権意識

2025年07月18日

2025年1月に大統領就任後、数々の大統領令で世界を混乱に陥れているトランプ氏。企業経営にも大きな影響を与えているのは、関税政策に加え、反DEIの政策だ。その真因は何か。30年以上にわたりアメリカを拠点に、地政学リスク、日米関係の分野で活躍する渡邊裕子氏が寄稿する。


トランプ大統領は就任早々、反DEI(多様性、公平性、包摂性)の姿勢を鮮明にしている。連邦政府の全省庁に対し、「過激で無駄の多い政府のDEIプログラムの廃止」を指示し、携わる全職員を直ちに有給休暇扱いにしたほか、反DEIの大統領令を連発している。

2025年4月25日に出された大統領令「機会の平等と実力主義の回復」では、DEIは公民権法に反しており、「アメリカンドリームの基盤を成す実力主義と機会均等へのコミットメントを脅かすもの」としている。1964年に制定された公民権法は、キング牧師ら黒人リーダーによる公民権運動の結実だ。トランプ政権は、黒人たちが命懸けで勝ち取ったこの道具を逆手にとり、「非白人を優遇するのは公民権法違反」と言っているわけだ。

トランプ氏は大統領選中から「DEIは反白人感情を不必要に盛り上げ、国を分断する」と主張し、「能力主義」を強調してきた。一見聞こえはいいが、これは結局白人に与えられてきた優位性や特権を修正する必要はないという意味だ。一連の反DEIの動きについて、「DEIをやりすぎたからバックラッシュが起きている」という声が少なからずあるが、本当に「やりすぎ」と言えるほど、アメリカのマイノリティは強くなりすぎ、白人、特に白人男性を脅かすほどになっているのだろうか。

ハリスは「DEI採用」ではない もしトランプが白人でなかったら

確かに近年のアメリカにおけるトランスジェンダーの権利保護、アイデンティティ・ポリティクスは、中道民主党支持者たちからも「やりすぎ」という批判を受けていた。ただ、女性や人種マイノリティが社会において、その数に見合うだけの代表権、発言権を持っているかといえば、まだ不十分だろう。

2023年のPew Research Centerの調査によれば、Fortune 500企業のCEOのうち女性は10.6%(2018年は4.8%)、取締役会における女性の割合は30.4%(2018年は22.5%)(※1)。この数字だけ見ても、まだ女性は圧倒的少数だとわかるが、さらに女性間でも格差がある。

Deloitte と Alliance for Board Diversityによる取締役会の多様性に関するレポート(2021年)では、「白人女性は、Fortune100とFortune500の両方で、取締役会の議席獲得率を最も大きく増加させたグループ」という分析がある(※2)。マッキンゼーの2023年のレポートによると、C-suite(CEOやCOOなど)のうち、白人女性は19%だが、人種マイノリティの女性に限れば4%だ(※3)。DEI政策の最大の受益者は白人女性であり、私たちはまだColor Blindな(肌の色が関係ない)世界に生きてはいないことがわかる。

トランプ政権の男性たちは、あたかも実力主義の対極にあるのがDEIであると言わんばかりに「実力主義の徹底」を強調する。大統領選中も、トランプ氏や副大統領のバンス氏、多くの共和党男性議員たちが、カマラ・ハリス氏のことを「DEI採用」と言っていた。黒人で女性だから副大統領、そして大統領候補になれたのだと。女性第1号(黒人としても)のカリフォルニア州検事総長になれたのも、黒人女性で米国史上2人目の上院議員になったのも、実力ではなく属性のおかげだったと言いたいのだ。

それを聞くたびに私は「トランプこそが白人男性という属性ゆえのDEI採用ではないか」と言い返したくなる。彼が有色人種や女性だったら、大統領になれただろうか。「白人男性枠」ゆえに下駄を履かせてもらっている人は、現政権にはトランプ氏以外にもいる。たとえば国防長官のヘグセス氏は承認公聴会で、ごく基本的な質問にも答えられず、何度も上院議員たちから"You aredisqualified"と一蹴された。能力不足でも、「白人男性」というだけで下駄を履かせてもらえるとしたら、これこそ「新・DEI採用」といえるのではないか。だがどんなに実力不足であっても白人男性である限り、決して「DEI採用」といわれることはない。その事実こそが、彼らがいかに絶対的特権階級であるかを示している。

国を乗っ取られる恐れ トランプに託す「白人男性」の国

私は2016年の大統領選当時は、共和党の政治家たちはトランプ氏に党を乗っ取られ、従順に従っているだけだと思っていたが、どうやら彼らは「白人ばかりが損をしている」と本気で信じているらしい。「有能な白人のポジションが無能なマイノリティに略奪されてきた」「人間は肌の色で差別されるべきでないとキング牧師も言っている」などと真顔で言っている白人男性議員たちを見ると頭がクラクラしてくる。その強烈な被害者意識を私は正確に理解していなかった。

2008年の大統領選でオバマ氏が当選したとき、人種という壁が克服されたと思った人は多かったはずだ。だが白人のなかには、オバマ氏のようにあまりにも優秀なマイノリティの存在によって、自分たちの国が、文化が、白人でない人たちに乗っ取られてしまう恐怖を覚えた人も多かったのでは、と今となっては思う。

共和党議員たちの言葉を聞くにつれ、私には「この人たちはトランプという常識はずれな人物を利用して、時計の針を巻き戻したいのではないか?」と思えてきた。Make America Great Againというとき、彼らが思うアメリカの偉大なる時代とは1950年代ごろ。白人男性が社会を支配し、女性は男性に従属し、非白人はあくまで脇役という時代だ。つまり、彼らが実現したいのは、MakeAmerica White (Male) Againなのだと思う。

30年以上アメリカに住み、アメリカ人たちと一緒に仕事をしてきた立場から思うに、これらの人々には人種差別をしている自覚はない。「あなたはracist(人種差別主義者)ですね」などと言ったら、本気で怒るはずだ。彼らは無意識に白人男性が優秀であると思い込んでおり、白人が頂点にいる図に慣れている。バイアスに気がつくはずもない。大統領も、1776年の建国以来、1人の例外を除けば全員が白人男性なのだから。

2024年の大統領選の結果が出るまで、私はなぜアメリカのような多様性の国、競争主義でオープンな国が、女性の大統領を生み出せていないのかがわからなかった。今はそれは偶然ではないと思っている。250年続いてきた構造を変えようとすれば、相応の抵抗があるのが当然だ。人間は新しい権利は欲しがるが、自分が持って生まれた権利を手放すことには強く抵抗する。トランプ氏は白人たちの感じている脅威をうまく味方につけた。そして、アメリカを再びWhiteにしたい人々もまた、トランプという便利な道具を見つけたのだと思う。

第2次トランプ政権の閣僚第2次トランプ政権の閣僚は、トランプ氏への忠誠心と強硬路線を重視した顔ぶれだ。白人男性の占める割合が7割を超える。
Photo=AFP時事

渡邊裕子氏

1993年よりアメリカ在住。日米知的交流、地政学リスクの分野で経験を積む。2019年より歴史家ニーアル・ファーガソンが創業したコンサルティング・ファーム、グリーンマントルのシニア・アドバイザー。2025年より中国経済や米中関係の分析で知られるロジウムグループのシニア・アドバイザー。Photo=渡邊氏提供