Works 193号 特集 採用のジレンマ

オンボーディング・オフボーディング改革が採用を強くする|石山恒貴氏

2026年01月22日

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法政大学教授の石山恒貴氏は、日本企業の人材マネジメントは「三位一体の地位規範信仰」を基盤にすると説く。それが時代に合わなくなった今、「採用」をどのようにデザインすべきかを聞いた。

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法政大学キャリアデザイン学部教授
法政大学大学院地域創造インスティテュート/政策創造研究科教授
石山恒貴氏

NEC、GE、ライフサイエンス領域の会社を経て現職。人的資源管理、組織行動論、越境学習、キャリア形成などを研究。著書に『定年前と定年後の働き方』(光文社新書)、『日本企業のタレントマネジメント』(中央経済社)など。


石山氏は近著『人が集まる企業は何が違うのか』(光文社新書)において、日本企業が変わりにくい要因を「三位一体の地位規範信仰」に求める。三位一体の地位規範とは、職種や勤務地、労働時間が限定されない正社員総合職に代表される「無限定性」、新卒一括採用で入社し、正社員となり定年まで雇用される「標準労働者」、行き過ぎた仕事至上主義を意味する「マッチョイズム」の3つを指すもので、多くの人が信じて疑わないという意味で「信仰」にまで昇華された。組織運営上のOSのようなもの、と石山氏はいう。

このOSの背後にあるのが1955年に、経済界、労働界、学界を巻き込み制定された「生産性三原則」だ。具体的には「雇用の維持・拡大」「労使の協力と協議」「成果の公正な配分」の3つ。「この三原則は人口ボーナス(増加)という登り坂の時代にはプラスに作用しました。労働力が豊富な時代ですが、不景気になると過剰になるので、失業なき雇用の維持・拡大が政労使の重要な目標になります。そうなると、労働者は繁忙期に私生活を犠牲にしてまで働く必要が出てきます。それが性別役割分業と結びつき、多くの場合、正社員たる男性がその役割を担うことになりました。無限定性を帯びた標準労働者です。彼らが会社のためにマッチョイズムを体現する。三位一体の地位規範信仰のできあがりです。これが戦後の高度成長に適合的だったのです」

人口オーナス期には ボーナス期と逆の力が働く

ところが、これが昨今の人口オーナス(負荷)期には構図が逆転する。少子高齢化による人口減と生産年齢人口比率の減少で働き手が減り、潜在労働力を顕在化する圧力が高まる。「労働力の不足を背景に、採用が買い手市場から売り手市場に大きく変わります。そのような時代において、無限定を働き手に求め続ける企業は時代遅れといわざるを得ません。今後はより労働者の個別性を重視する企業が人気になるでしょう」

そのうえで、石山氏は「無限定/限定中立社会」の実現を説く。「OSを変え、無限定性のプレミアムをなくすことで、多様な雇用区分やフリーランスの人たちと連携し、新たな企業の強みを作り出せ」と言うのだ。

そのとき、採用はどうあるべきか。まずオンボーディングの強化を挙げる。「オンボーディングはご承知の通り、船や飛行機などに乗り込むオンボードという言葉から派生した実務用語で、組織にうまくなじませるという組織社会化を促す言葉です。従来は新卒一括採用が採用の主流だったため、採用スケジュールの管理から実際の採用、教育、配属という集団的なオンボーディングばかりが行われてきました。経験者採用の対象者は業務に習熟しているからという誤解から、極端にいえば初日のITオリエンテーションだけでオンボーディングを終わらせる企業もあったかもしれません。ところが、これだけ経験者採用が増えると、採用者ごとの個別対応こそ重要です。そもそも転職先の企業文化を把握し、人脈、評価基準、役割を新しく学習することは難しいものです。自社の歴史や言語、政治、人脈を学習させる丁寧なオンボーディングを心がけるべきでしょう」

実は、「いい採用」をするためには、「オフボーディング」も重要になる。オンボーディングとは対になる概念で、社員の退職における一連のプロセスがオフボーディングだ。「三位一体の地位にある正社員は会社の所有物であり、自ら会社を辞めることは通常あり得ない。あり得ないことをするのだから裏切り者だ。今後の関係を築く必要はないし、あくまでも例外的存在だから丁寧なオフボーディングは必要ない、というのが従来の日本企業の発想であり、退職にあたっては唯一、定年退職の手続きだけを重視してきたのではないでしょうか。これは人口ボーナス時代の発想で、オーナス時代に通用しないのは明らかです」

そこで出てくるのが、アルムナイ(卒業生)という発想である。「アルムナイといっても、『いつかは社員として戻ってきてほしい』ことだけを重視する発想は三位一体の地位規範信仰というOSに侵されています。そうではなくて、企業にとって縁が深かった人材と退職後も良好な関係を築くことは、それだけで企業にとって望ましいことです」。それはアルムナイをファンとして、広い意味でその企業のコミュニティの一員と見なすことを意味する。

オフボーディングの実施は 従業員体験の要だ

オフボーディングのプロセスとは、アルムナイコミュニティへの登録から始まるアルムナイ管理も含め、退職面談、退職時期や有休消化を含めた退職条件の決定、職場への周知、業務の引き継ぎ、退職前インタビュー、退職手続きなどを含む。「一連のプロセスが退職者のみならず、既存の社員の心理状況にも影響するのがオフボーディングの怖いところです。オフボーディングに慣れていないからと、上記のようなプロセスをすっ飛ばして人事が退職者を手荒に扱ってしまうと、『自分も辞めるときこんな裏切り者みたいな扱いをされるのか』『うちの会社は人を大切にしているという触れ込みだけど、実は会社に貢献してくれる人だけを大切にしているんだ』と既存社員に思われてしまうかもしれません」

石山氏は、商品やサービスの購入前から購入後の体験を重視する顧客体験の考え方を組織にも適用すべきだと考えている。それはつまり、採用前のオンボーディングから退職前のオフボーディング、さらに退職後までも含めた従業員体験である。「企業が顧客体験を考えるとき、お客さまが購入する瞬間だけを見ているわけではありません。商品やサービスを手に入れ、消費した後のよき体験こそがロイヤル・カスタマーを生み出します。同じように組織も従業員が辞めた後が非常に重要なのです」

オンボーディングとオフボーディングへの配慮は組織の出入りの壁を低くし、組織へのエンゲージメントを高め、組織の内外問わず「ファン」を増やし、長期的には求める人材の獲得に効果があることは間違いない。

「オンボーディングもオフボーディングも、グローバル企業に一日の長があります。私が社員として働いたグローバル企業は特に、現場も経営も巻き込んだ形で莫大なリソースをかけていました。そこに投資する価値があると、経営も見なしているのです」

Text=荻野進介 Photo=刑部友康