Works 196号 特集 人事のダイエット
AI活用の「人事のダイエット」で 人が担う領域へ集中できる環境を
AIの進展は人事業務を大きく変えつつあるが、重要なのは単なる効率化ではなく、人間が担うべき役割を再定義することだという。AI時代の「人事のダイエット」の本質について、日本総合研究所の髙橋千亜希氏に聞いた。

日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門
人事・組織戦略グループ
シニアマネジャー
髙橋千亜希氏
臨床心理学修士。独立系ファームを経て、日本総合研究所。一貫して、人事コンサルティングに従事し、採用・育成・制度改革など幅広い領域を支援。著書に『AI時代の人的資本経営』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)など。
人事のダイエットを進めるうえで、もはやAIの活用は欠かせません。ただし、私は「ダイエット=単なる削減」ではないと考えています。業務のなかには、削るべき無駄と残すべき無駄があるということです。
私たちは、AI時代の人的資本経営を考えるにあたり、AIには代替できない人間ならではの知性や感性を「HI(ヒューマン・インテリジェンス)」と呼んでいます。このHIが担うべき領域、すなわち残すべき無駄は、次の3つに集約されると考えています。
1つ目は感情が揺れ動くプロセス、2つ目は対話のなかで生まれる回り道、3つ目は判断を下す前に迷う時間です。一見すると無駄に思えるかもしれませんが、即座に答えを出さず、人の感情に寄り添い、人と人との関係性を構築し、試行錯誤を重ねながら考え抜くことは、HIにしかできない高次な営みです。
具体的には、データ入力や日程調整といった高度な判断を要しない定型業務は、速やかにAIへ置き換えるべきでしょう。一方、人事評価コメントや求人原稿の作成などは、データ収集や情報補完にAIを活用しつつ、それらを統合して最終的な意思決定を行い、結果責任を持つのはHIの役割です。また、面談の実施や組織文化の構築など、複雑かつ個別の判断を要する業務は、依然としてAIによる代替が難しい領域といえます。
このように整理すると、AIは判断の前工程を大幅に効率化しますが、判断そのものを人間から奪うものではありません。むしろ前工程に費やしていた時間を削減することで、人間は思考の密度を高め、判断の質を向上させることができます。ダイエットの本質とは、単に業務量を減らすことではなく、人が担うべき本質的な領域に集中できる状態を作ることなのです。
ニーズなきAI化は意味がない タスクベースで徹底検証すべき
AIによる変革は、かつてないスピードと強度で企業活動にインパクトをもたらしますが、仕事のプロセスそのものが根底から変わるかといえば、必ずしもそうではないと考えています。現在のプロセスが事業運営上の最適解として確立されているのであれば、その流れ自体は維持されます。変わるのは担い手です。
ただし私は、技術的に可能であるからといって、あらゆる業務をAI化すべきだとは考えていません。たとえば議事録作成はAIで代替可能ですが、新入社員にあえて任せるという選択も十分にあり得ます。会議内容の記録が目的であれば自動化することが合理的ですが、育成の観点から業務理解を深める手段と捉えれば、一定の期間むしろ人が担うことにも意義があります。
このように、「ニーズ」なきAI化は非常に危険です。ここでいうニーズとは一般的なトレンドではなく、自社にとっての目的を指します。「この業務は本当に人間が担うべきか、それともAIに任せるべきか」という問いを丁寧に検討することが不可欠です。
これは人事における業務改革(BPR)の考え方と共通しています。単に業務プロセスの見直しを目的とするのではなく、「人間が真に担うべき業務は何か」を明確にする。そのためにタスクレベルまで分解し、フローを再設計していくことが、組織全体の効率化につながります。
こうしたタスクの分解とフローの再設計は、人事部の組織図を書き換えていくでしょう。タスクレベルまで分解していけば、それぞれの業務のなかにAIが担う仕事、HIが担う仕事が見えてきます。短期的には、採用業務は採用担当者(HI)とそれをサポートする採用AIアシスタント、評価業務は評価担当(HI)とそれをサポートする評価AIアナリスト、労務や人材育成も同様に、というような組織図になっていくはずです(図表)。AIを同僚や部下として活用することで、業務の質とスピードは大きく向上します。グループ内の間接業務を集約するシェアードサービスは、これまで大量の事務処理を前提に拡大してきましたが、AIがその処理を代替できるのであれば、ワークフローの企画や組織の意思決定を担う少数の人員で運営できるようになるかもしれません。
[図表]人事組織体制にAIが組み込まれる短期的な未来予測
出所:『AI時代の人的資本経営』日本総合研究所 ポスト人的資本経営研究所&先端技術ラボ(日本能率協会マネジメントセンター)、編集部が抜粋および一部改変
人事は戦略設計の中核へ 管理からデザイン部門への進化を
また、AIの普及は現場と人事の関係にも変化をもたらします。AIが判断の前工程を担うようになれば、現場のマネジャー自身が人事的な意思決定を行うことも可能になります。ただし、そのためには現場マネジャーの人事リテラシーをさらに高めていくことと、的確な意思決定をサポートするHRBPのような機能が不可欠です。人事は本社の自席にとどまるのではなく、“事業オリエンテッド”で人事を語れる人材をいかに育成するかがポイントになります。しかし現実にはHRBPとは名ばかりで、事業部人事の業務に追われているだけというケースも少なくありません。事業戦略と人材戦略を結びつけ、現場で判断を下せる体制を整えることが、これからのHRBPの理想像といえます。
こうした変化を踏まえると、これからの人事は単なる管理部門ではなく、デザイン部門へと進化する必要があるでしょう。経営戦略を踏まえて、どのような組織を構築するのかを設計することが求められます。そのために人事が注力すべき領域は、意思決定支援、マネジャーの育成支援、そして組織文化やエンゲージメントの設計です。AIはデータの収集や分析には長けていますが、一人ひとりの生の声に丁寧に耳を傾け、課題の背景にある感情や価値観を理解することは人間にしかできません。
デザイン部門であるということは、会社や事業の成長に応じて、従業員の体験価値(Employee Experience)をいかに高められるかが問われます。従業員が「この会社にいる意味」を感じられるような文化を育むのは、人事の大きな責任であり、AIはその責任を果たすための手段なのです。
何のために、どこまでAIに任せるのか。その問いに向き合い続けることが重要です。効率化そのものを目的化せず、事業の価値やウェルビーイングを高めるためのパートナーとしてAIを位置付ける。それこそが、本来あるべき姿なのだと考えています。
Text=瀬戸友子 Photo=刑部友康
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