Works 194号 特集 適材適所の葛藤

「適材適所」を事前準備と事後フォローの線でとらえ、成功率を高めよ

2026年03月05日

日本企業の人事主導のジョブローテーションは確かに機能し、今でもその価値を失ってはいない。しかし、日本企業の人的資源管理を研究する神戸大学大学院准教授の江夏幾多郎氏は、日本企業の人事主導によるジョブローテーションは現代的なチューニングも必要だと指摘する。

江夏幾多郎氏の写真

神戸大学 経済経営研究所 准教授
江夏幾多郎氏
神戸大学経営学修士、一橋大学で商学博士を取得。名古屋大学大学院経済学研究科講師、同准教授を経て、2019年9月より現職。『人事評価の「曖昧」と「納得」』(NHK出版)、『人事管理のリサーチ・プラクティス・ギャップ』(有斐閣)、『人材マネジメントの革新』(千倉書房)、『人事管理(第2版)』(有斐閣)など著書・共著書多数。


同特集記事「企業の人材ミスマッチの実態とは?量・質的な課題は?適材適所の深層」や「日本企業の「適材適所」を促してきたジョブローテーションを問い直す」のように、 日本企業の人事運用を語るとき、「配置転換」や「定期異動」は長らく当たり前のものとして扱われてきた。異動を通じて幅広い経験を積み、成長を促す。腐敗を防ぎ、組織を活性化する。あるいは、解雇の難しい日本において“雇用調整の装置”としても機能してきた。こうしたメリットがあったからこそ制度そのものが広く受け入れられてきたのだ。

これに対し、「これらのメリットは、人材は幅広い経験が不可欠であること、同じ場所に長くいるのは必ずしもよくないこと、異動が雇用調整の代替機能になり得ることなど、多くの暗黙の前提の上に成り立っています。しかし、この前提をいったん疑ってみるべきときがきたと考えています」と江夏氏は指摘する。

変化の激しい環境で企業が生き残るためには、配置転換によって適材適所を目指すことは重要だ。しかし、これまでのように一律・定期で社員を動かすやり方の合理性は、もはや以前ほど高くはないというのだ。「たとえば、『4月は異動の時期だから』『人数調整のため』といった理由での異動には、もはや説得力がありません」

では、伝統的な異動はどういう方向に向かっているのか。「ポジションごと・個人ごとに『なぜこの異動が必要なのか』を定義していくことが出発点です。そうした細やかな判断を人事部だけで行うのではなく、事業責任者、HRBP、そして本人が適切に関与し、関係者が理解と納得を持ちながら決めていく。共同的な流れを人事が主導することが今の企業に求められることだと思います」

適材適所は事前準備から アフターフォローの線で捉える

加えて江夏氏は、適材適所を「点」ではなく、「線」で捉えることの重要性も強調する。

異動とは、ポストに求める役割は何か、この人の強みはどこにあり、それを活かすにはどうすればよいか、といった多様な要素を立体的に考え抜く作業だ。「これは大変な負荷がかかる作業です。ところが日本企業の人事異動では、この負荷を避ける傾向がある。コンフリクトを起こさない、誰も反対しない無難なローテーションなどがその典型例。理屈よりも慣例に頼るような。私はこれこそが適材適所の精度を低めていると考えます」

異動の成否は、「やってみないとわからない」という面を持つ。どれほど慎重に見立てを行っても、実際の現場でどのような結果が生じるかは未知数だ。うまくいかなかったとき、「失敗した」という印象だけが残り、本人や職場の不信や疲弊につながってしまう。「だからこそ、適材適所とは異動の前後も含めた一連のプロセスだと見なければなりません。異動前には、ポストの要件や本人の特性を理解し直す。そして、異動後には、最初の見立てが合っていたかどうかを検証し、不一致があれば期待を握り直す。再配置も恐れない。私はこの事前・事後の調整の両方の存在が、異動の成功率を高めると考えています」

異動とは個人のキャリアや組織の成果に大きく影響するものであり、そこには一定の試行錯誤が必要だ。本来かかるはずの“負荷”を組織として引き受け、何度か見立てを更新しながら最適解を探る。「この地道なプロセスこそが、異動を成功に導き、適材適所を実現する鍵」だと江夏氏は強調する。

多くの企業が感じるミスマッチを、「そのまま受け取るべきではない」と江夏氏は言う。「マッチという言葉は、最適配置が静的に決まっている状態を指します。しかし現実は、異動した人がどのようにポストに貢献するかは“変化するもの”です。重要なのは、ポスト側のゴールが適切か、本人の強みがどう発揮されるかを、異動後の状況に合わせて何度も調整すること。つまり、マッチではなく“マッチング”という進行形で語られるべきなのです」

キャリア自律と 企業命令との関係とは

近年、人材の配置においてキャリア自律を重視する企業が増えている。ジョブポスティングや公募制などの導入はこの潮流を反映してのことだ。「私は、自律=手挙げというのは過剰な解釈だと考えます。本来、自律とはある規範や目的を自分事として受け止め、主体的に取り組むことを意味します。それが内発的か外発的かは二次的な問題であり、個人の自律と企業の辞令は対立するものではないのです。むしろ、企業側が合理的なオファーや目指す方向を丁寧に説明し、本人がやるべき理由を理解し納得できるかどうか。そこにこそ“自律”の核心があります」

この考えに基づけば、人事がすべきことは事業の方向性、必要なポスト、そのポストに求める能力、そして本人の能力やポテンシャルをどのように捉えているのかを、率直に伝えることだ。そのうえで、本人と合意できなければ別の道を探すという選択肢もあり得るだろう。「企業が明確に期待を示し、本人がそれを受け止める。この相互作用が、キャリア自律を現実のものにすると考えています」

異動とは単に人を動かす行為ではなく、組織と個人の両方がよりよい未来を作るための対話的プロセスだ。固定的なスキームに頼るのではなく、認知的負荷を引き受けながら試行錯誤を重ね、合意形成とチューニングを続ける。これが、適材適所を実現する現代的な人事の役割だといえるだろう。

※「葛」は正しくは旧字体/下が「ヒ」

Text=入倉由理子 Photo=MIKIKO