Works 194号 特集 適材適所の葛藤
スキルベース組織の視点から 可視化されていないスキルや経験を掘り起こし全社最適で活用できる状態を作る
テクノロジーを活用した「スキルベース組織」や「スキルマッチング」の効果に対して疑義を唱える人たちもいる。どのように活用すれば適材適所に有効なのか。『スキルベース組織の教科書』(日本能率協会マネジメントセンター)の監修者である鵜澤氏に聞く。

EY Asia East 兼 EY Japan
ピープル・コンサルティングリーダー パートナー
鵜澤慎一郎氏
京都大学経営管理大学院特命教授、ビジネス・ブレークスルー大学大学院客員教授。事業会社およびコンサルティング会社で、大規模・複雑・グローバルな組織人事変革を数多く経験。2017年4月より現職。
スキルベース組織は世界的に注目されていますが、欧米、特にアメリカ企業では、主に採用の場面で関心が高まっています。一方、日本企業が強い興味を持っているのは、圧倒的に異動や配置といった社内のジョブマッチングです。
社員に「キャリアオーナーシップ」や「自律型キャリア」を促す以上、従来のように辞令1つで人を動かすことは難しくなっています。しかし、社内公募だけに頼っていては人員の最適化が図れないという現実的な課題もあります。
欧米でも、企業主導で人を動かさないわけではありません。ただし、日本のように一方的な業務命令ではなく、本人に打診する形が一般的です。今後、日本でもこうした打診型の配置が増えていくと考えると、会社は何を根拠にリコメンデーションを行うのかが問われます。その重要な軸の1つが「スキル」です。たとえば「新ポジションに必要な要件と、あなたの持つこのスキルが合致しており、より能力を発揮できるはずだ」と説明したうえで提案するなど、手間はかかりますが、本人の納得感を得るためには不可欠なプロセスとなります。
近年、ジョブ型雇用の広がりとともに、「適所適材」という言葉も使われるようになりました。サッカーにたとえると、優れた選手を集め、彼らが最大限に力を発揮できるフォーメーションを組むのが「適材適所」です。一方で、監督が戦術を定め、フォーメーションを先に決めたうえで、それぞれのポジションに適した選手を配置するのが「適所適材」だといえるでしょう。
適所適材型になると、各ポジションの要件があらかじめ会社から示されるため、キャリア面談が行いやすくなったという声をよく聞きます。「将来マーケティングの仕事に就きたいなら、こうしたスキルや経験を身につけていこう」など、スキルを起点にするコミュニケーションによって、部下への説得力が格段に上がります。企業が納得感のあるキャリアパスと要件を示し、本人の努力を促す方向性は、今後も続くと考えています。
環境変化が スキルベースへの移行を促す
スキルベース組織が注目される背景には、環境の変化もあります。多くの場合、「適材適所」の議論では、あたかもリソースが無限にあり、最適な人材を自由に選べるかのような理想論に陥りがちです。しかし人手不足が深刻化する現実のなかでは、「今いる数名の候補から誰を選ぶか」という制約条件下で判断を下さなければなりません。
特に日本企業では事業部制が強固であるため、隣の部署にどれほど優秀な人材がいても見えないというサイロ化が起きています。かつては人事部が全社横断で把握していましたが、現在はそれも容易ではありません。「スキルベース」という言葉のもとで、経営や人事が本質的に目指しているのは、人材の囲い込みを打破し、全社横断のリソースプールを再構築することです。部門に埋もれて可視化されていないスキルや経験を掘り起こし、全社最適で活用できる状態を作ることが真の狙いなのです。
また、仕事の内容も変化しています。たとえば人事部においても、給与計算などの定型業務はアウトソーシングやAIによる代替が進む可能性が高いでしょう。その一方で、人間が担うべき仕事は、「新規事業での大規模採用」や「特定部門のエンゲージメント改善」といった、プロジェクト型の課題解決へと移行していくはずです。
今後は組織という枠組み自体は存続しつつも、働き方はプロジェクトベースが主流になっていくと考えています。スキルベース組織は、こうしたプロジェクトベースの働き方と非常に親和性が高い。仕事がプロジェクト単位になれば、プロジェクトリーダーが組織を自ら描くことで業務が特定され、それがスキルに分解されてマッチングの最適化が進むからです。
スキルによるスクリーニングは 候補者を抽出する1次選考
いずれにしても、スキルベース組織の導入には、スキルの可視化が不可欠です。よく知られているように、海外ではスキルの体系的な辞書としてのスキルタクソノミーが整備されており、企業が一から定義する必要がありません。代表的なものとしてアメリカの「O*NET OnLine」、欧州の「ESCO」、シンガポールの「SkillsFuture」などがあり、公的な職業情報データベースとして活用されています。
日本でも、IT職種には業界標準のタクソノミーがありますし、人事や経理などのコーポレート部門も、企業を超えたユニバーサルなスキルが可視化しやすい分野です。企業ごとの差異が大きい営業職や、スキルが細分化されている研究開発職では難度が高まりますが、AIをはじめとするテクノロジーを活用すれば実務上の負担はそれほど大きくありません。
こうしたスキルタクソノミーには、資質や経験といった要素はほとんど含まれておらず、基本的にはテクニカルスキルが中心です。しかし実際にジョブマッチングを行う際には、テクニカルスキルを前提としつつも、ヒューマンスキルやコンセプチュアルスキルを含めて総合的に判断します。特にCxOクラスなどのキーポジションや、新規事業開発や不採算事業の再建といった重要任務では、資質や経験をより重視するケースが少なくありません。さらに、上司と部下の相性といった属人的な要素も、実際の配置では無視できません。
資質や経験、相性まで含めた膨大なデータベースを構築しようと考える企業もありますが、そこまで広げると運用が追いつかなくなります。異動や配置は、デジタル情報だけで完結できるものではありません。スキルによるスクリーニングは、あくまでも効率的に候補者を抽出するための1次選考として活用し、最終的には人と人とのコミュニケーションを通じて判断するのが現実的だと考えています。
最大の課題は、従業員一人ひとりのスキルや経験をどのように導き出すかです。人事部は学歴や評価、異動履歴以外の、たとえば具体的にどのような業務に取り組んできたのかは本人から情報を提供してもらわなければなりません。社内のタレントマーケットプレイスを整備し、それぞれのポジションに必要なスキルを公開することで、主体的にスキルを獲得していこうという動機づけにつなげていく必要があります。
最近ではレジュメをアップロードすれば保有するスキルを抽出できたり、音声AIによるインタビューで経験を整理したりする技術も登場していますが、それだけで個人の成長につながる最適配置が実現するかについては、私は慎重に考えています。仕事を通じて何を学び、何に失敗し、それを次にどう活かすかという内省は、人間にしかできません。AIが示した結果を鵜呑みにするのではなく、自ら考え続ける姿勢こそが重要なのだと思います。
※「葛」は正しくは旧字体/下が「ヒ」
Text=瀬戸友子 Photo=今村拓馬
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