Works 184号 特集 多様な働き方時代の人権

冨山和彦が「企業人にはリーガルマインドが必要だ」と指摘する理由

2024年07月04日

他者の人権を尊重するためには、法的思考力とも訳されるリーガルマインドが欠かせない。
その具体的な内容と重要度が増してきた背景について、法律と経営のどちらにも明るい冨山和彦氏に語ってもらった。


意識するかしないかはともかく、社会は契約の“束”で成り立っており、そのなかですべての物事が動いています。個人間の契約だけでなく、社員は会社(法人)と労働契約を結び、働いています。さらに国の根幹を成す憲法は国家権力と国民との間の契約そのものです。このように、個人と個人、個人と法人、個人と国家の間の関係性、つまり権利と義務の関係を規定しているのが法律です。法律とは社会を規律づけし道理的なものにする、社会デザインのプログラム言語なのです。

その場合、成文法だけではなく、倫理や道徳といった形にならない社会規範、人間誰もが有する基本的人権、コンプライアンス意識なども、広義的には法律に含まれます。たとえ、法律そのものを深く学んでいなくても、そのような認識で法律を理解し、自身の行動につなげている人を私は「リーガルマインド」がある人とみなします。「身体化された規範意識」を持つ人と言い換えてもいいでしょう。

時間軸・空間軸で社会規範が変化

企業人にとってこのリーガルマインドが今ほど求められる時代はありません。それは、時間軸・空間軸の変化で説明できます。

まず、従来の日本企業は男性正社員中心の同質的組織であり、年齢や役職といった上下関係や、その場の空気で物事が決まってしまいがちでしたが、近年は女性や外国人、非正規社員が増え、同質性が薄まりつつあります。そのなかではかつてはよしとされた言葉や行動が問題視されることも多く、現代にふさわしい規範を改めて獲得する必要があります。民放ドラマ『不適切にもほどがある!』が話題となったのは、この30年間に日本の社会規範が激変したことをうまく表現していたからでしょう。また、欧米で起きた性加害を巡る運動「#MeToo」が日本にもすぐに伝播するなど、時間軸の変化のスピードも速まっています。

空間軸での変化は、2種類あります。まずはリアルな空間で経営のグローバル化が進みました。海外支社で社員への不当差別が見つかったり、サプライチェーンの一部で児童労働が発覚したりすれば、不買運動が起きてしまう。

もう1つはネット空間の拡大です。どんな情報をどんな形で発信するか、誰かの書き込みや問いかけにどう応えるかが問われます。こうした事態にリーガルマインドを持つ人があたらなければ、由々しき事態にも陥りかねません。

規範を軸とした昇進・降格がシグナルに

では、リーガルマインドを養うために、企業はどうすべきでしょうか。コンプライアンス研修が無駄とはいいませんが、もっと大きな鍵を握るのは人事と経営陣のマインドセットの転換です。多少素行や考え方に問題があっても、成果が出せる人を優先的に昇進させる、という時代ではもはやありません。リーガルマインドを持たない人、現代的な規範を重視できない人は絶対に上に上げない。既に高いポジションにある人でも、素行に問題が生じれば降格する、あるいは退職を促す。これを10年続けると、それが強烈なシグナルとなって社内が変わっていきます。逆にいえば、10年単位で取り組む必要がある重要な経営課題でもあるのです。

Text=荻野進介 Photo=IGPIグループ提供 Illustration:ワタナベケンイチ

冨山和彦氏

経営共創基盤(IGPI)グループ
会長

東京大学法学部卒業、スタンフォード大学MBA、司法試験合格。ボストンコンサルティンググループなどを経て、2003 年産業再生機構設立に参画。2007 年IGPI 設立。2020年10月より現職。