Works 194号 特集 適材適所の葛藤

ジョブの大きさと期待価値の明確化によるキャリアマッチングの仕組み化

2026年03月19日

「人はスキルで動くのではなく、キャリアで動く」。この人材観をどのように人材の配置やキャリア形成に活かしているのか。有沢氏の前職CHO時代の実践に基づき、詳解してもらった。

有沢正人氏の写真

いすゞ自動車 常務執行役員 CHRO
有沢正人氏
慶應義塾大学卒業後、協和銀行(現・りそな銀行)に入行。アメリカでMBAを取得。HOYA人事担当ディレクター、AIU保険(現・AIG 損保)人事担当執行役員、カゴメ特別顧問、同社執行役員人事部長、常務執行役員CHOなどを経て、2025年4月より現職。


私が大切にしてきたことは、スキルマッチやジョブマッチではなくキャリアマッチです。キャリアマッチの中核は、キャリア自律です。自分の人生をどう生きたいか、自分は何を大切にしたいのか、何をもって幸せとするのか。そうした価値観を軸に、自分のキャリア選択を引き受けることだと私は考えています。FIREをして漁師になるのもいいし、75歳まで働きたいという人がいてもいい。会社が人の人生に過度に踏み込み、本人の選択を制限する時代は終わりました。企業は、キャリア選択の可能性と気づきを提供する存在にならなければなりません。

個人のキャリアの表明を起点に 自然な流動性と移動が広がる

前職時代、具体的に行ったことは「キャリア希望の入力」と「本部長間での直接調整」という仕組みの構築です。社員がタレントマネジメントシステムにキャリア希望を入力すると、その情報は、希望部署の本部長に直接届くようになっています。本部長は、自分の部署の人材戦略と照らし合わせながら、「この人を預かれるか」「今の成長段階に合うか」を判断します。

この仕組みが一定の成果を上げた理由は、公募制度のように特定のポストに対する応募ではなく、全社の仕事のなかから自らやりたいことを明らかにし、それを表明することが制度の中心だったからです。「自分のキャリアをこう考えている」「この仕事をやりたい」という本人の意思が起点になり、社内に自然な流動性が生まれ、自発的なキャリア異動が広がっていきました。

ただし、キャリアマッチを成立させるためには、「本人の希望」と同じくらい、「ジョブ(仕事の箱)」に紐づく「役割の価値(ジョブサイズ)」を適切に定義しておくことが重要です。

ここでは当初、人事と外部コンサルタントが協働しました。外部コンサルタントが職務評価手法を用いて、影響範囲、意思決定レベル、売上規模など数十項目で点数化し、ジョブとジョブサイズによるジョブグレードの基礎を作ります。社内だけで作ると、どうしても「あの人はいい人だから」「長くやっているから」という属人的な評価に偏り、仕事の価値を測ることができません。

一方で、仕事の箱を外部が作れても、その「箱を運用する組織」、つまりチームの構造や役割分担、必要な振る舞い、求められる協働のあり方までは外部には作れません。そこは事業が自ら議論し、固有の文脈で決めていく必要があります。すなわち、「箱の定義は外部」「箱の使い方と組織づくりは内部」という分業ではじめて、キャリアマッチの正確性が担保されます。

本気で人の成長を願う HRBPがキャリアマッチの潤滑油

さらに、キャリアマッチの精度を高めるために導入したのが「KPIシート」です。これは、いわば部署ごとの成果の設計図であり、その部門がどの期間で何を成し遂げるべきか、何を価値としているのかを明確に示すものです。部署ごとに必ず作成し、毎年アップデートし続けます。このKPIシートがあることで、「この部署は何を重視しているのか」「どんな行動特性が必要なのか」「どんな人材なら活躍しやすいのか」がクリアになります。つまり、職務評価が箱の大きさを示し、KPIシートがその箱で期待される価値の方向を示します。この2つが揃うことで、本人のキャリア希望と組織の求める価値が、より精密にマッチしやすくなるわけです。

このキャリアマッチを現場で支えているのがHRBPです。ただし、日本で増えてきた「日本型HRBP」ではなく、事業・経営・人事の三者を横断し、戦略と現場と個人のキャリアをつなぐ高度専門職としてのHRBPです。前職でのHRBP(人材育成担当者)は全員が事業部門出身で、現場のリアリティを深く理解し、本人と向き合い、KPIシートや職務評価と照らし合わせながら、最適なキャリアマッチを支援していました。

HRBPには、能力以上に人格要件が求められます。私は特に、ディシプリン(規律)とディグニティ(人の尊厳)を重視しています。

人事の仕事は、人の人生に深く関わる仕事です。軽い気持ちで異動を決めれば、場合によってはその人の人生を狂わせてしまう可能性がある。その重みを理解し、人の尊厳を守り、本気で人の成長を願う。そんな姿勢を持つHRBPが、キャリアマッチの潤滑油となります。

人のキャリアが動いた結果として組織が動き、組織が成長した結果として個人が成長する。そうした循環を作ることこそ、これからの人材マネジメントの中心になると私は考えています。

※「葛」は正しくは旧字体/下が「ヒ」

Text=入倉由理子 Photo=刑部友康