Works 197号 特集 活躍寿命を延ばせ
5世代が同時に働く社会。「知の融け合い」を促す世代間交流
長寿を個人の問題のみならず、経営課題と捉え、ビジネスチャンスにしようとする企業幹部向けのプログラムがポルトガルの大学院にある。その目的と展開、成果に迫る。

ポルトガルカトリック大学 学長代理 カトリカ・リスボン経済経営大学院 教授
センター・オン・ロンジェビティ・リーダーシップ 最高責任者 スタンフォード・センター・オン・ロンジェビティ アンバサダー
セリーヌ・アベカシス・モエダス氏
Prof.Céline Abecassis-Moedas
パリのエコール・ポリテクニークで経営学博士号、パリ・ドーフィン大学で経営学修士号を取得。エコール・ノルマル・シュペリウール・ドゥ・カシャン、ソルボンヌ大学にて経済学と経営学を修める。ニューヨークのレクトラ、ロンドンでのA.T.カーニー勤務などを経て現職。主な専門分野は、企業戦略、イノベーションマネジメント、ロンジェビティにおけるビジネス戦略。
「世界中で『ロンジェビティ』という言葉への関心が高まっています。多くの議論が、いかにして生物学的な寿命を延ばすかという医療の観点に終始する傾向にありますが、私たちが実践しているのは、『寿命延伸のため(for longevity)』の研究や教育ではなく、人々が既に長く生きているという現実を前提とした『長寿において(on longevity)』の挑戦なのです」
そう語るのは、ポルトガルのカトリカ・リスボン経済経営大学院でロンジェビティ・リーダーシップ・プログラムをリードする同校教授のセリーヌ・アベカシス・モエダス氏だ。そのアプローチの最大の特徴は、長寿を純然たる「リーダーシップ、ビジネスの視点、経営課題」として捉え、企業幹部向けのプログラムとして実施している点にある。
「私たちのミッションは、長寿化が進む現実を前に、企業と労働者・従業員が長い人生、複数のキャリア、ロンジェビティエコノミーによりよく備えられるようにするために準備を促すことにあります。長寿を社会の脅威や重荷として捉えるのをやめ、最大の機会として捉え直す。そこからすべてが始まります」
2023年、シニアマネジャー向けのプログラムのなかで、わずか半日のセッションを新設した。「長寿が自分自身のキャリア、人事、そして市場にどう影響するかを3時間で考えてもらう試みでした。これが大きな反響を呼び、翌2024年6月には独立した1週間の全日制プログラムとして正式にローンチすることになりました」
ポルトガルカトリック大学は、4つの都市にキャンパスを持つ。ロンジェビティのコースを擁するカトリカ・リスボン経済経営大学院はリスボンのメインキャンパスにある。 3つの構造でロンジェビティを1週間丸ごと体験する
受講者の平均年齢は52歳。プログラムは大きく3つのパートで構成されている。第1のパートは「人材・HR」だ。長寿が組織や労働力に与える影響を、徹底的に議論する。第2が「市場」のパートで、シニア層という巨大な消費者層の台頭を、自社のビジネス戦略にどう組み込むかを考える。ここまでが戦略とビジネスに関わる領域だ。
変わって第3は、「個人」のパートとなっている。参加者自身の人生におけるロンジェビティの影響、つまり、これからの長いキャリアの設計、退職に向けた資産形成、そして健康について扱う。「医師によるセッションで、いかに健康に生きるかを学び、毎日ヨガやエクササイズを実践し、食事はすべて栄養士が監修したヘルシーなメニューです。この統合的な1週間のなかで、最も重視することの1つが他者との交流です」
モエダス氏は、「人口構造がピラミッド型からスフレ型へと変化することが、その背景にある」と話す。「人口のピラミッド構造は、日本でも欧州でも完全に崩壊し、下のほうが細くて上がふっくらと膨らんだスフレのように、20歳の人口と50歳の人口がほぼ同数になる時代が到来したのです。これは何を意味するか。組織において、20代、30代、40代、50代、60代、さらにはそれ以上の5世代以上が同時に同じチームで働くという、人類史上初めての環境が出現したということです」
ここで不可欠になるのが、中高年やシニア労働者に対する根深い先入観(エイジズム)を解いていくことだとモエダス氏は強調する。「シニア労働者は若手と同等の生産性を上げることができ、組織へのロイヤリティが高く、他者を助けることを好む。チームに非常にポジティブな環境をもたらすという確固たる学術的エビデンスを、私たちはプログラムのなかで提示していきます」
受講者が「社内チャンピオン」に 企業との協業へとつながる
この1週間のプログラムの成功により、教育の枠を超え、ポルトガルの経済界を巻き込む「センター・オン・ロンジェビティ・リーダーシップ」へと発展を遂げた。「2024年と2025年の卒業生コミュニティは約30人。彼らが『ロンジェビティが人材、市場、社会に与えるインパクトの重要性は痛いほど理解した。次は、これを自社で具体的に実装したい』と。彼らの熱意に応えるため、私たちは2025年11月にセンターを立ち上げました」
現在、医療、保険、エネルギー、高速道路、化学、製薬、法律事務所など、ポルトガルの主要産業から9社のパートナー企業が参画し、運営に資金提供する。これらの企業の従業員数を合計すると、約7万人に達する。「人口約1100万人のポルトガルにおいて、この規模の労働力にアプローチできるインパクトは非常に大きいのです」
企業から集まった参加者たちは、センター内に設けられたテーブルを囲み、業界を超えて自社の課題やベストプラクティスを共有し合う。業界が異なるために、一定の心理的安全性も担保される。
「短期間に多くの大企業をパートナーとして巻き込むことができたのは、受講を終えた卒業生が社内の推進者(チャンピオン)となり、組織の変革を牽引しているからです。センターは彼らに、経営陣を説得する武器として国際的な知見や事例を提供します。さらに、参加する他社が真剣に取り組む事実がいい意味でのプレッシャーとなって、企業の参加意欲を掻き立てるのだと思います」
多世代協働を意図的に 組織のインフラとしてデザイン
同センターのユニークな点は、企業だけでなく大学院の学生たちをも巻き込んでいることだ。学生5人×4チームが、12週間(週1日)にわたってパートナー企業の本質的な課題に産学連携プロジェクトとして取り組む。
たとえば、ポルトガル最大の高速道路運営企業であるブリーザのプロジェクトがある。この会社は2000年前後に大量採用を行った後、15年間採用を停止していたため、組織が若手とベテランの2極構造で分断されていた。学生たちはベテランから若手への知識継承の枠組みや、世代間で公平性を感じられるインクルーシブリーダーシップの基準を設計し、ブリーザに提案した。
プロジェクトのヒアリングや議論の場で、世代間の交流による「知の融け合い」が起きている。
モエダス氏は、米アリゾナ州立大学にあるシニアレジデンスの事例を引きながら、世代間協働の大切さを強調する。「そのシニアレジデンスには平均年齢75歳のシニアが暮らし、彼らは学生証を持ち、20代の学生たちとまったく同じ教室で授業を受けます。教室には20代の学生、40代の教授、70代の住人が共存している。若者とシニアを対立の構図にしないこと。お互いの知恵とエネルギーを融合させる多世代協働を意図的に組織のインフラとしてデザインすることが、これからの時代を生き抜く強力なツールになるのです」
Text=入倉由理子 Photo=Works編集部
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