Works 194号 特集 適材適所の葛藤

個人と組織の成長を阻む、現代的「適材適所」に異議あり!

2026年03月05日

近年ジョブ型の導入にあたり、スキルベースでの評価や配置を志向する企業が増えてきた。こうした傾向にあって、「適材適所」への疑義も生じている。それはなぜだろうか。

有沢正人氏(左)と大久保幸夫(右)の写真

いすゞ自動車 常務執行役員 CHRO 人事部門EVP
有沢正人氏(左)
慶應義塾大学卒業後、協和銀行(現・りそな銀行)に入行。アメリカでMBAを取得。HOYA人事担当ディレクター、AIU保険(現・AIG 損保)人事担当執行役員、カゴメ特別顧問、同社執行役員人事部長、常務執行役員CHOなどを経て、2025年4月より現職。

リクルートワークス研究所 アドバイザー
大久保幸夫(右)

職業能力研究所代表取締役、人材サービス産業協議会理事。これまでリクルートワークス研究所所長、リクルートの専門役員、フェロー、内閣府参与などを歴任。


まずは、リクルートワークス研究所アドバイザーで職業能力やジョブアサインメントの研究にも携わってきた大久保幸夫の見解を紹介する。

大久保は、多くの企業が使う「適材適所」という言葉にどうしても違和感があるという。「多くの企業が当たり前のように使っている概念ですが、そもそもこの言葉は人に対して使われるべきものではありません。本来は建築用語であり、木材の性質をよく見極めて、柱に使うのか、床材に使うのかを判断していくということです」

木材それぞれが持つ性質は、基本的に時間が経過しても変わらず一定だ。だからこそ「適した材」を「適した所」に配置するという考え方が理にかなっている。しかし、人は木材とは違う。これが大久保の違和感のベースにある。「適材の“材”とは職業能力やパーソナリティです。それは時間の経過とともに変化し、置かれた環境や与えられる経験によって大きくなったり、別の力を身につけたりする可能性を秘めています。そうした人に対して適材適所という固定的な枠を当てはめること自体に無理があるのです」

適性の固定化がバイアスに 個人、企業の成長を阻む

「適性を見極める」というが、変化する「材」をどの時点で評価するのか。「適所だ」と断言できるポジションをどう見極めるのか。これは難題だ。

今、たとえば簿記がわかるから経理、人と話すのが得意だから営業、というように目の前の課題を効率よく処理できる人を、すぐに成果が上がりそうなところに置く。もちろんこれ自体も容易なことではないが、「今」という一点に集中するという意味では複雑性は低い。「短期業績を追求するのであれば、それもありです。ただし、これは、企業・個人双方の成長を抑制するという結果をもたらします」

まず、人について。今できることや、今発揮されている行動だけで人を理解してしまうと、そこで適性が固定化され、チャレンジする機会を奪ってしまう。「『この人はこういうタイプ』と決めつけると、それはアンコンシャス・バイアスにつながります。本人にも『自分の強みはここだ』と思い込みが生じ、新しい挑戦への意欲を持てず、結果的に成長を阻むことになります」

組織は人の集合体だと考えれば、人の成長が鈍化すれば事業の成長も鈍化する。「スナップショットの適材適所は短期業績には寄与しても、中長期業績にはマイナスになってしまいます」

職業能力もパーソナリティも変化していく以上、適所を見極めるためと断言できる段階は本来どこにもない。「ならば、人の配属を考える際には、その人の現状の能力やスキルだけではなく、本人がやりたいと思うかどうかが重要になるのです」

本人の希望やキャリア観の無視が キャリアの破壊につながる

カゴメでさまざまな人事変革をリードし、現在はいすゞ自動車CHROを務める有沢正人氏も、異口同音に「適材適所」への疑義を唱える。「近年は適材適所に加え、適所適材という言葉を使う企業も増えました。どちらの言葉も一見もっともらしく聞こえますが、現代の人事にはそぐわないと思います。いずれの言葉も、前提にしているのは、人の能力は比較的固定的であり、仕事(ポジション)の要件も安定的であるという時代の発想だからです」

前述のようにそもそも人の能力やパーソナリティは変化する。同時に有沢氏は、「事業環境がスピーディに変化する現在にあって、組織も常に変化することを求められる。適所の“所”も固定的ではない」と言うのだ。

「適材適所」とは、人ありきで、その人の能力に見合ったポストに配置するという日本企業が長くとってきた方法論だ。しかし、その人が退職したり異動したりすると、人ありきのポストだからこそ、次のふさわしい人材を見つけるのは困難になる。一方、ポストベースの「適所適材」も同様で、仕事を定義して人を充てるという考え方は、一見合理的に見えても、変化の激しい時代においては、一度ジョブディスクリプションを書いてもその有効性は短期間しか持たない。「つまり、どちらの言葉も、静的で固定的な“箱”と“中身”を前提にしていますが、今の現場で起きているのはむしろ、箱も変わり、人も変わるという動的な現象なのです」

さらに、近年ジョブ型の導入にあたり、スキルベースでの評価や配置を志向する企業が増えてきたことも、有沢氏は課題視する。「スキルマップを作ればマッチングできる、という発想でAIやテクノロジーを活用することに依存しすぎるのはリスクです。スキルは可視化できますが、可視化できるものだけで人を判断し『あなたのスキルならばこの仕事』と安易にリコメンドすることで、人のキャリアは限定され、貧しくなっていくからです」

AIやスキルマップは、あくまで“本人の意思”を後押しする補助線であるべきで、配置の主軸に置くものではない。本人の希望やキャリア観を無視することは、個人のキャリアの破壊につながってしまう。

こうした考えに基づき、有沢氏は「スキルマッチではなくキャリアマッチ」を大切にしている。「本人が歩んできたキャリアの蓄積はどのようなものか、これからどんなキャリアを望むのか、どんな働き方・生き方をしたいのか、そうしたキャリアの物語を軸に、組織との交点を見つける営みこそ大切です。人はスキルで動くのではなく、キャリアで動くのです」

「適材適所」の葛藤とは

ここで今、適材適所が抱える葛藤を整理しておこう。
まず、個人のキャリアオーナーシップが重視されるなかで、人事主導のジョブローテーションだけでは機能しない。企業と個人のキャリア形成の主導のバランスをどう考えるのか。
個人・企業の成長を考えると、短期的視点のスナップショットの、業績重視だけの適材適所では立ちゆかない。長期的視点をどう入れていくのか。
また、個人の能力やパーソナリティは変化する。その動的な人を、組織として機能させていかなければならない。個性を真に活かすために何をすべきか。
単に異動させて終わり、では適材適所は実現できない。異動前後を含めたプロセスをどう設計していくのか。
安易なスキルマッチやテクノロジーの活用ではうまくいかない。それでも世界は前に進んでいく。スキルの可視化やテクノロジーの導入をどう進めていくのか。
人事は単に権限を手放せばいいというわけではない。主体者であることと分権化のバランスをどうとっていくのだろうか。
これらは、そう簡単に解が見つかるものではない。企業事例と専門家の知見から、葛藤を乗り越えるヒントを見つけたい。

※「葛」は正しくは旧字体/下が「ヒ」

Text=入倉由理子 Photo=刑部友康