Works 192号 特集 2026年-2035年 次の10年 雇用の未来を描く

自律的キャリア形成のために必要なのは人事機能の「分権化」

2025年11月13日

これまで日本企業では、新卒採用や配置転換などを人事が一括して行う中央集権的な人事システムが一般的でした。しかし外部環境が急速に変化するなか、集権的な人事を続ける経済的合理性は低下しており、今後は、各事業部に人事機能を移管したうえで、本人の希望を尊重する「人事の分権化」が必要です。これによって、事業部のニーズに応じた柔軟で効率的な人材投資を実現できるだけでなく、より自律的なキャリア形成が可能になります。具体的には、以下の施策が挙げられます。

  1. 職の標準化
    標準化によって、社内労働市場のマッチング効率性が増し、市場価値も可視化され、従業員は自律的なキャリア形成がしやすくなります。
  2. タレントマネジメントシステムの導入
    日本企業の導入率は2~3割で、8割程度が導入済みと見られるアメリカ企業と比べ、大きく遅れています。
  3. キャリアコンサルティングの提供
    専門職の配置に限らず、管理職は、部下のキャリアをともにプランニングする力が求められます。
  4. 社内公募制度の整備
    2000年代に多くの企業で導入されましたが、実際に機能している事例はわずかです。運用にあたっては、公募で他部署に移った人の空きポジションを補充する仕組みが不可欠です。
  5. リスキリングの支援
    「労働者のスキルに関する日米調査」(2025年Indeed Japan)では、社外学習・自己啓発を「何もやっていない」人の割合は、アメリカの9.5%に対して、日本は50.6%と突出しています。また「スキル取得のための学習や習得の機会を提供している」企業は、アメリカ48%に対して、日本は18%です。アメリカでは、AIの台頭によって、自分たちの仕事が大きく変わるという危機感が強く、これがリスキリングに対する意識や取り組みの差につながっているのではないでしょうか。

人事部への配属は、これまでジェネラリスト養成のローテーションの一環として人事未経験の中堅社員の一定期間の配属が比較的多かった。しかし今後は、人事のプロフェッショナル化が急務です。具体的には、人材育成や人事企画立案における体系的な知識と経験、さらに従業員データ管理リテラシーの習得が求められます。事業部経験を持つ人材が専門知識を習得したうえで、HRBPとして配属されるキャリアパスも考えられます。

全社戦略と連動した人事戦略の策定や経営人材の育成など、集権的な機能としての人事部は残るでしょう。ただ今後は、事業部の希望をヒアリングしたうえで採用・配属をサポートするコーディネーターとしての役割が強くなっていくはずです。全社のDEI施策推進、社内公募制や育休で欠員の生じた部門のサポートなど、人事部門には、現場の自律性を活かしながら、全社最適を目指して調整する力が求められます。

人事の分権化が進む一方、事業再編など経営資源の配分の面では集権化が一段と進むでしょう。CXO制度の導入など、機能別・部門横断的に管掌する集権的な仕組みを組み合わせることで、より正確な情報に基づく、人材配置を含む最適な経営資源の投入が可能になります。

Text=渡辺裕子 Photo=大湾氏提供

大湾秀雄氏

早稲田大学政治経済学術院教授。

専門は人事経済学、組織経済学、労働経済学。経済産業研究所ファカルティフェロー兼任。東京大学エコノミックコンサルティング株式会社アドバイザーも務める。主な著書に『日本の人事を科学する』『男女賃金格差の経済学』(いずれも日本経済新聞出版)。