Works 195号 特集 経営とインクルージョン

多様性にはらむ違和感。D&Iが封じ込める「差別の解消」という根源的視点

2026年04月17日

岩渕功一氏の近著『多様性とどう向き合うか─違和感から考える』(岩波新書)は多様性が肯定的に語られることの違和感を解き明かして、多様性の奨励をどう切り拓くのかを考察した書である。インクルージョン推進の過程で見落とされがちな視点を語ってもらった。

岩渕功一氏の写真

シドニー工科大学名誉客員教授
岩渕功一氏

早稲田大学法学部卒業後、日本テレビ入社。その後、オーストラリアへ移り住み、西シドニー大学でPh.D取得。国際基督教大学准教授、早稲田大学国際教養学部教授、メルボルンのモナシュ大学アジア研究所長などを歴任。現在は日本を拠点にして、執筆・講演・教育活動に従事している。


多様性/ダイバーシティと包摂/インクルージョンは、D&Iあるいはエクイティ/公正性を加えたDE&Iとしてセットで語られてきましたが、多様性を有用性と結びつけてもっぱら肯定的に推奨する風潮に対し、違和感を抱いてきました。多様性はもともとアメリカの公民権運動で使われるようになり、ジェンダーや人種などの差異に基づく差別に異議を唱え、解消することを目的としていました。その後、多様性が称賛・奨励すべきものとして語られるようになるなかで、差別の解消という根源的な取り組みがなおざりにされてしまってはいないか、という違和感です。

ある文化理論家はこう喝破しています。「多様性の奨励は多様性(あるいは差異)の封じ込めを伴っている」と。差異をめぐる差別を解消して誰もが平等に扱われ、より生きやすい社会を作るという可能性や取り組みが、多様性が社会や企業を「豊か」にするとして奨励されることによって封じ込められてしまってはいないでしょうか。


また、多様性の奨励やインクルージョンは、「すべての違いを尊重し、生かしていく」という心地よいハッピートークになりがちで、あたかも問題が解決したような錯覚を起こさせてしまいます。しかし、インクルージョンを進めるには、まずはそれを阻害してきた構造的・制度的な差別のあり方自体に目を向けて是正することが不可欠です。それに取り組むことなく多様性やインクルージョンが語られていないか注意すべきです。

差別は個人の問題ではなく社会に埋め込まれている

日本における多様性や包摂を考えるとき、さらに2つの根本的課題があります。1つは、そもそも、さまざまな差異を持って生きる人たちが同じ社会を構成する市民として生きているということが広く認識されておらず、その人たちが経験する差別が社会全体で向き合うべき深刻な問題として共有されていないことです。


これは2つ目の問題と深く関連しています。それは、差別を解消してより包含的な共生社会を作るために絶対必要な、国レベルの政策や差別禁止を明記した罰則つきの法律の整備という土台が構築されていないことです。


その一方で、差別解消は個々人の思いやりや優しさといった心持ちの問題として強調されがちです。私たち一人ひとりの意識を変えることは大切ですが、思いやるだけでは差別は解消されません。ジェンダー、LGBTQ+、人種・エスニシティ、障がいなどの社会カテゴリーをめぐる差別は個人の問題ではなく、近代の歴史のなかで社会の構造に埋め込まれてきた問題であることをしっかり認識して、その解消に向けた国レベルでの政策立案と法整備を進展させ、包含的な共生のあり方を構想して社会を変革していくことが肝要です。 


しかし、現実に起きているのは逆の流れです。特権を持つマジョリティへの「正義」の押し付けだと反発したり、生きづらさや不安を抱くなかで、マイノリティが優遇されて自分たちが受けるべき恩恵が収奪されていると感じたりする人も増えています。日本では「外国人問題」が重大な政治アジェンダとなり、「外国人」への規制が強められています。それは同じ社会で暮らす多くの人たちを排斥するもので、共生の思想と実践が見失われてしまっています。 


構造化された差別には同じ社会に住む以上は、誰もが関わっており、「当事者」だといえます。また、今は差別とは無縁だとしても、状況が変われば自らの違いもその対象となるかもしれません。差別・不平等をもたらす壁はどこかでつながっています。ほかの人たちが直面する差別や生きづらさを解消することは誰かが優遇されてそれ以外の人たちが損をするゼロサムゲームではなく、長い目で見れば誰もが公平に扱われてより生きやすくなる。そうした「自分ごと」とする想像力を社会で育み共有していくことに向けて、どうしたら多くの人たちを巻き込んで相互の対話と関与を促していくことができるのかが問われています。

多様性そのものを切り拓け

国レベルでの取り組みが欠如している日本において、企業などの組織が果たすべき役割は極めて大きいです。企業は単に利益を追求するだけでなく、社会における公的な存在であり、構造化された差別の解消が求められる根幹的な制度体です。企業が率先して変わることは、社会の変革に向けた大きな推進力となります。


しかし、企業における多様性奨励はパフォーマンス向上による利益の最大化と結びついています。多様な属性や背景を持つ人材を活用することが生産性向上やイノベーション促進に結びつき、競争力向上に資するとして経営・人事戦略に取り込まれてきました。それは、これまで周縁化・排除されてきた人たちを包摂して公平に扱い、活躍の場を与えることを目指す意義ある取り組みですが、限界や問題点も多々あります。


多様性の奨励やDE&Iの推進が、実質的な変革に向けた取り組みを欠いた対外的なアピール戦略に終わってしまったり、マイノリティの人たちを選別して1人あるいは数人だけ登用し、あたかも多様性奨励を実現していると自己喧伝するトークニズムと呼ばれる事例が見受けられます。


より根源的な問題は、社会で、そして企業内で構造化・制度化された差別に真摯に向き合い、その解消に取り組んでいるのかです。営利企業として付加価値をもたらす力がある多様性の奨励に関心を払うことが問題なのではありません。しかし、それが目的化されることで、多様性の奨励が差別解消の取り組みから乖離してしまってはいないでしょうか。利益追求とは別の、社会の変革と結びついた多様性の奨励のあり方を中長期的視点から捉え直し、実践していくことが求められます。


多様性が未来を切り拓くとよくいわれますが、切り拓くべきは多様性そのものです。つまりその奨励のあり方自体を根源的に問い直してみることが必要です。今なお続く差異をめぐる差別がどれほど人間の尊厳を否定する深刻な暴力行為であるのか。それがいかに社会の構造や制度に深く埋め込まれているのか。差別を解消していく多様性の取り組みはどんな社会や企業の豊かさを目指すものなのか。たとえ生かされたり輝かなくとも、誰もが差別を受けないことで、皆がより生きやすく働きやすくなったとき、どのような豊かさを企業と社会にもたらすのか。こうした根源的問いに向き合い、多くの人々が自分ごととして対話し学び合うことが今こそ必要です。


企業はそれを主導的に促進する重要な場であると確信しています。営利追求にとどまらず、構造化された差別を是正して誰もがより生きやすい社会を創るという根源的な問いを根底に据えた多様性奨励・DE&Iの取り組みを、より多くの企業が人事理念・方針にしっかり位置づけて実践していくことを期待したいです。


それは確たる正解のない、果てしない思索と実践の旅になるでしょう。しかし、理念を単なる理想論で終わらせることなく、モヤモヤと試行錯誤と右往左往を繰り返しながら、できることを少しずつ実践し続けることが大切だと思います。

Text=荻野進介 Photo=刑部友康