Works 193号 特集 採用のジレンマ

旭化成|「全員参加」のオンボーディング。採用と組織開発が連携

2026年01月22日

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旭化成は、入社前のアンマッチ防止から入社後の活躍支援まで、人事が手厚くサポートする代表的企業の1つだ。その対象は新卒はもちろん、キャリア入社者にも及ぶ。採用と組織開発が連携した取り組みの実際と背景を聞いた。

梅本由紀子氏(左)と三木祐史氏(右)

人事部 人財採用室室長 梅本由紀子氏
人事部 人財・組織開発室室長 三木祐史氏


旭化成はここ10年で、新卒採用に加えてキャリア採用にも注力し、社員の多様化を図ってきた。

採用においては従来、「3つの魅力」を売りにしてきた。その3つとは、幅広い事業を展開する「総合科学メーカーとしての魅力」、仕事の裁量が大きく、社長から新卒まで全員の「さんづけ」文化に代表される風通しのよさといった「社風の魅力」、そして、それらを体現しいきいきと働く「社員自身の魅力」である。

しかし、創業100年を迎えた2022年の中期経営計画から、野心に溢れ、進取の気風を備えた「A-Spirit人財」を求めるようになったことを受けて、採用メッセージを「未知を道に変える人。」に一新した。

また、昨今、学生の仕事や働く場に対する志向の変化が激しいことを受け、「これまでの会社主導で一括採用し配属するという流れを改め、学生に歩み寄った形でのマッチングを重視するようになりました」と、人事部人財採用室室長の梅本由紀子氏が話す。

その1つが「九州初任配属確約コース」で、2025年の採用活動からスタートしている。「技術系の配属先は大きな生産拠点のある九州の延岡や大分が多いのですが、九州配属を希望しない学生がいる一方、逆に地元九州に残りたいという学生が増えており、そうしたアンマッチを少しでも減らそうと思いました」(梅本氏)

*旭化成の表記に則り、人材を「人財」としています。

大きな鍵となるのが 2月の配属通知面談

人事、経理、法務といったスタッフ職に関する「職種確約コース」は2022年から始めた。事務系の学生は企画営業を希望する割合が多く、彼らをスタッフ職に配属すると、アンマッチが起こるケースもあったからだ。

さらに、技術系・事務系ともに学生には希望する、あるいは希望しない事業会社や職種、勤務地を事前にヒアリングしている。「それらを参考に、可能な限り、配属先とのすり合わせを行い、合格通知を出すときに配属先をイメージしてもらっています。必要な場合は職場見学や社員との面談もアレンジするなど、とにかく納得したうえで入社してもらいます」(梅本氏)

実際の配属は入社直前の2月に行う配属通知面談で知らされる。人事部人財・組織開発室室長の三木祐史氏が話す。「2021年から始めたもので、コロナ禍のために、入社後1カ所に集まる集合研修を取り止め、配属地域ごとに集まる形式での進行に変えたことがきっかけでした。ところが、入社後のパルスサーベイを見てみると、2月に配属先とその理由に対する理解度が高いほど、配属後の成長実感が高くなっている傾向が判明しました。そのため、1カ所に集う形式の集合研修を再開した現在でも2月の配属通知面談は続けることにしています」

旭化成は入った後のオンボーディングも手厚い。当人向けの新人研修はもちろんだが、職場で受け入れ側となる人々に向けても、新入社員の配属職に関するオリエンテーション、OJT計画の策定依頼、OJTトレーナー研修、OJT管理者向け研修と目白押しだ。

特筆すべきは、2023年からスタートした「新卒学部」である。新入社員全員が自らが選択したゼミに所属し、リアルおよびオンラインでの学習を含め、同期と協力しながら学ぶ。期間は6月から7月までの第1クール、10月から翌年2月までの第2クールに分かれ、新人がコミュニティ活動をリードし、人事はそのサポートをする役割となる。「新入社員のスキルやキャリア観が多様化するなか、職場だけで個々の成長支援を行う難しさを感じていました。若手が感じているキャリア不安を解消するために、同期同士の関係構築を増やし、成長を実感できる場が必要だと考えました」(三木氏)

セルフオンボーディングで 「遠慮の溝」を埋めていく

キャリア採用者向けのオンボーディングも充実している。1カ月目に入社受け入れ研修を人事部が行い、会社の理解を促進する動画を視聴してもらい、6~9カ月目にキャリア入社者のみが参加するオンボーディング研修を行う。

受け入れ側の上司に対しては、入社前に、受け入れの心がけを説いた「関わり方」ガイドを配布する。入社直後から6~9カ月目までの定常的な1on1を推奨するとともに、入社後の顔合わせ、オンボーディング研修後のフォローをする1on1をそれぞれ推奨している。

「本人向けにはセルフオンボーディングという考え方を伝えています。オンボーディングのゴールは当社での仕事に活力を感じ、挑戦と成長が実現できている状態です。それは組織と個人の協力関係があって初めて成り立つもので、それには組織のなじませる力と個人の組織になじむ力のどちらもが不可欠です」(三木氏)

なじむ力とはどんなものか。「前の会社での仕事のやり方と自分の強みを切り離してもらい、旭化成の仕事のやり方に強みを再適合することで成果が出る。それがなじむ力ではないかと考え、キャリア採用者に伝えています。自分の強みや価値観をアップデートしていくプロセスともいえます」(三木氏)

一連の取り組みにはキャリア入社者とその上司とのコミュニケーションを密にしようとする意図がうかがえる。その背景には、「遠慮の溝」というものがあるという。「キャリア入社者とその上司に対するヒアリングからわかったものです。入社者は、即戦力として成果を出し認められなければ、と考えるあまり、わからないことがあっても上司や職場に尋ねず、自分のやり方で頑張ってしまう。一方の上司や職場も、即戦力だからあれこれ言っては申し訳ない、我が社流に染めてはいけない、と思い、サポートをためらってしまう。結果、成果を出すために必要な人的ネットワークの構築や、新たな環境での知識やルールの習得が進まず、組織への適応に苦労するという状況に陥ってしまうことがあります」(三木氏)

新卒向け、キャリア入社者向けオンボーディングの成果はどうか。「新入社員については若干の上昇傾向はありますが、キャリア入社も含めて離職率は低い状況です。活躍度合いに関しては計測が難しいですが、新卒学部の取り組みを通じて新入社員のキャリア不安の解消に対して一定の成果も認められます。キャリア入社に関しては管理職に任用される人も増えてきました。今後は、キャリア入社で管理職になった人財のオンボーディング強化も考えています」(三木氏)

会社の規模が大きくなるほど、採用とオンボーディング、育成は別々の部門で担うことになりがちだ。組織の分断は、キャリアや能力開発の分断にもつながりかねない。採用部門と組織開発部門の連携と、現場のマネジャーをも巻き込んだ間断なき支援が、社員の成長を促す好例といえよう。

Text=荻野進介 Photo=刑部友康