Works 195号 特集 経営とインクルージョン

人事院|変化をエネルギーに変えるインクルージョン

2026年04月24日

日本マイクロソフトのCLOから人事院人事官へと転身した伊藤かつら氏。日本におけるDE&Iは、施策や情報開示が先行し、表層的な取り組みにとどまる例も少なくない。インクルーシブな環境づくりに取り組んできた前職の経験と、現在の立場から、日本企業が変革を進めるために、どのようにインクルーシブなカルチャーを作っていくべきかを聞いた。

伊藤かつら氏の写真

人事院 人事官
伊藤かつら氏

日本IBM、アドビシステムズを経て、日本マイクロソフトで執行役員、常務カスタマーサクセス事業本部長を歴任。2019年よりChief Learning Officer(CLO)としてデジタル人材育成を担当。2022年4月より現職。


私は、インクルージョン以前の課題として、日本の組織におけるダイバーシティの幅が、依然として限定的であると感じています。多くの日本企業が海外市場を相手に海外企業と競争し、利益を上げている以上、組織の多様性の幅をより一層広げるべきです。
 
ダイバーシティを推進する目的は、それが変革のドライバーになるからです。かつての日本でよく見られた同質性の高い組織は、一見、調和し包摂されているように映りますが、それはDE&Iが目指す姿ではありません。多様性のないモノカルチャーからは、変革の推進力は生まれません。違いによる刺激を自らのエネルギーとして変革につなげていくことが、インクルージョンの力だと思います。
 
組織がイノベーションを創出できるかは、変化を受け入れる土壌があるか否かにかかっています。そして変化への受容性は、多様な刺激を与え続けなければ育たない。ダイバーシティは、そのための極めて強力な刺激の1つです。
 
たとえば私が外資系企業で組織改革に携わった際、最も大きなインパクトをもたらしたのは、日本語を解さない外国人の部長を本社から招いたことでした。職場に日本語以外の会話が生まれただけで、組織のカルチャーが劇的に変化しました。同時に、それまで当たり前だと思っていた日本語が通じる環境の希少性を再認識するきっかけにもなりました。それまでは、女性従業員比率や採用数といった数値目標の議論に終始していましたが、ジェンダーの枠を超えてダイバーシティへの許容度が上がり、組織改革が一気に加速した実感があります。
 
私自身は、役員会で「空気を読まないおばちゃん」であることを心がけていました。会議の場では、重大な問題があるのに誰も触れようとしない「エレファント・イン・ザ・ルーム(部屋のなかの象)」という状態がしばしば起こります。そんなときに、あえて「ここに象がいますよ」と指摘することが、私が最も貢献すべき役割だと思ったからです。
 
日本の組織は、こうした広いダイバーシティを受け入れることを恐れず大胆に進めるべきでしょう。異なる背景を持つ人々が活躍することによって、変革へとつなげるノウハウを蓄積していく必要があります。

人の可能性を引き出すことが組織のパフォーマンスに直結する

人事官に着任して約4年が経ちました。現在、人事院もまた、インクルーシブな組織への変革の途上にあります。人事院は国家公務員の人事行政を担当する国の機関で、総裁1人を含む3人の人事官で構成されています。
 
着任以前、私は日本マイクロソフトでCLO(最高学習責任者)として人材育成に取り組んでいました。打診されたときは大変驚きましたし、職務内容についても、当初は公開情報以上の知識は持っていませんでした。
 
それでも打診を受けることを決意したのは、「人の可能性を引き出すことが組織のパフォーマンスや個人の幸せに直結する」という信念があったからです。また、長年外資系企業に身を置くなかで、日本を背負って各地域の担当と対峙する場面も多く、日本という国への理解や思い入れが人一倍強かったことも理由の1つです。
 
国家公務員がよりよい環境で高い意欲を持ち、パフォーマンスを発揮することは、国の未来に直結する重要課題です。私は行政や人事制度の専門家ではありませんが、現場での組織改革や人材開発の経験は多く積んできました。激変する社会において、ルールをいかに改正するかだけではなく、改正されたルールが現場でどう運用され、機能しているのか。制度と運用の両面を把握してこそ、真に機能する人事行政が実現できると考えたのです。

環境整備とミッションの共有で変革が加速

時代の要請に応える人事施策を展開するためにも、まず自分たちの組織そのものが変わらなければなりません。その第一歩がデジタル改革でした。
 
着任当初、説明に来る職員が、バインダーの資料を山のように抱えてくることに驚きました。共有端末も3キロほどある重いもので、Wi-Fiも行き届いていないという環境でした。
 
折しもデジタル庁が「GSS(ガバメントソリューションサービス)」という共通プラットフォームを構築することになり、人事院がその第1号に選ばれました。それまでの旧態依然としたシステムからフルクラウドへ移行する際、使い勝手は劇的に変わります。これは単なるツール導入ではなく、DXであると位置づけ、職員自らが主体的に学ぶ仕組みを整えました。
 
具体的には、チャットの活用やファイルの共同編集といったデジタルリテラシーの向上に取り組みました。これは、組織にとって大きな転換点となり、「一部の人しか知らない」「地方には情報が届かない」といった情報の偏在が解消され、デジタルを通じたコミュニケーションが進んだのです。
 
並行して、組織のミッション・ビジョン・バリューを策定しました。私たちの存在意義を問い直し、「公務員を元気に、国民を幸せに」をミッションとして規定しました。制度の枠組みだけに終始していては、こうした言葉は生まれません。現在、このミッション・ビジョン・バリューを組織内に浸透させている段階ですが、全員が同じ方向を向くことで変革への推進力が生まれてきています。
 
さらに、改革の仕上げとして取り組んだのが、オフィスの移転です。新オフィスでは、幹部エリアの壁をガラス張りにして透明性を高めました。秘書エリアはオープンスペースにし、職員の執務フロアにはフリーアドレスを導入しています。
 
オフィス移転のコンセプトは、若手職員で練り上げた「バタフライ(蝶)」です。「超空間」「跳躍」「快調」といったキーワードを挙げて、私たちの小さな組織の改革が、バタフライエフェクトのようにほかの府省へも波及していくようにとの願いを込めました。

科学的アプローチで変化を楽しむ文化を作る

こうした一連の改革により、組織の視座が変わり、革新的な人事院勧告や抜本的な改革が徐々に形になり始めています。今後もさらなる人事制度の見直しを含め、必要な改革を実行していく予定です。
 
変革の話をすると、「日本人は変化を嫌う」という意見を耳にします。しかし、人間は誰もが変化を嫌うものです。海外にチェンジマネジメントの技法がいくつも存在するのが、その証左です。
 
重要なのは、「あの人は変わらない」といった感情論を排することです。変化には抵抗が伴うことを前提に、科学的なアプローチで粛々と変革を進めること。そして何より、楽しみながら変化を取り入れることが肝要です。

本来、未知の事柄を学ぶことは楽しいものです。自分の成長にワクワクし、モチベーションが高まることで、パフォーマンスにつながっていく。皆がその楽しさを享受できるようになると、真にインクルーシブな組織として、さらに一歩先へ進めるのではないでしょうか。

Text=瀬戸友子 Photo=刑部友康