Works 194号 特集 適材適所の葛藤
ヤマハ発動機|駐在期間柔軟化と現地化でグローバルな適材適所を実現
ヤマハ発動機は、従来「原則5年」としていた駐在期間を柔軟化してより多くの若手に海外での経験を積ませるとともに、海外子会社のコアポジションにローカル人材を充てる「現地化」も進めている。いずれも人事部門が、グローバルレベルで適材適所を実現するために打ち出した取り組みだ。

ヤマハ発動機
人事総務本部グローバル人事部 ピープル&カルチャーグループ
中島信彦氏
海外売上比率が9割を超える同社では、本社の社員1万1000人のうち約500人を海外駐在に送り出している。同社で海外人事を担当する中島信彦氏は「駐在する地域は売上比率の高いASEAN諸国や北米、インド、タイなどが多く、何度も海外に出る人も珍しくありません。駐在員の職種も開発や生産、コーポレート、営業、マーケティング、アフターサービスなど多岐にわたります」と説明する。
特に若手社員については、入社7年目までに海外出張や駐在を経験させ、グローバルに活躍できる人材を意識的に育成しようとしている。
「駐在員をアサインする事業部門としても、意欲の高い若手に優先的に駐在の機会を与えようとしていますし、駐在を希望する若手の側も、チャンスを得るため語学面や仕事のうえでそれなりの準備を進めています」
さらに新卒採用にあたっても、「海外で働きたい」という意思の有無を判断材料の1つにしているという。
「そもそも文系の学生は、海外に出たいからという理由で当社を志望する人も多いですし、そのことをアピールする学生もたくさんいます。ただ海外志向が表に出ていない学生についても、海外で働く意欲や異文化への耐性があるかどうかを確認しています」
新人研修の場などで「英語を身につけておくように」といったことも伝え、TOEICや英会話、中国語やスペイン語などを学べる自己研鑽のプログラムも用意している。
日本から海外への異動だけでなく、海外子会社の社員を別の国に異動させる「ヤマハ・グローバル・アサインメント・プロセス(GAP)」という制度も設けられている。海外の人材に、グローバルな人脈を築いてもらうほか、自国では得られない開発ノウハウやビジネスの仕組みを習得してもらうことが目的だ。
より多くの若手に成長機会を提供 人事の役割はルールの見直し
国境を超えて流動的に人材を配置する際の、人事の役割とはどのようなものだろうか。同社では日本国内での昇進昇格については、事業部門が候補者を選出し、人事部門が評価などを踏まえて最終的なジャッジを行っているが、駐在員の人選に関しては、事業部門に委ねているという。「人事側から見ると、正直に言えば語学力などにやや疑問符が付く人材がアサインされることもありますが、基本的には事業部の判断を尊重し、健康状態のチェック以外で人事部門が介入することはほぼありません」
一方、人事部門として駐在期間のルールを「原則5年」から「最長5年」に変更した。また駐在員を送り出す事業部門が、滞在期間やミッションの内容、達成すべきゴールや後任者育成などの計画を作成し、本人と駐在国の拠点長に共有するというスキームも設けた。これに伴い5年を待たず、1~2年のミッションを終えた段階で駐在員が交代するケースも増えている。「駐在のポストは500しかない貴重な成長の機会です。駐在員1人が5年間フルで滞在すると、後任者はその間、順番待ちをしなければならない。2年で交代すれば、5年間で2、3人が海外に出られます」
人事部門は駐在計画の策定に関しても、基本的には関与しない。ただ若手の駐在計画で、漫然と前任者の計画を踏襲し、長すぎる駐在期間を設けている場合などには再考を求めるという。「特に若手は短いサイクルで、なるべく多くの人に公平に機会を与えるのが重要だと考えています。今は2~3年間、海外で経験を積ませる形が多いです」
なかには海外に出たものの、上司や同僚、現地の環境に馴染めず思うように成果を出せない駐在員もいる。「原則5年」ルールがなくなったことで、こうした場合も駐在期間を柔軟に変更しやすくなり、駐在員本人と海外拠点側、双方のストレスが軽くなったという。
またかつては、ある国に5年駐在した人をそのまま別の国へ赴任させるケースも珍しくなかったが、今はこの種の異動は激減している。海外駐在が長引くほど、帯同子女が帰国後に日本での生活や教育に馴染めない、また、配偶者のキャリアも長期にわたり中断されてしまうといった弊害が顕在化したためだ。「夫婦ともに当社の社員で共働きの場合、駐在期間が長引くと配偶者の非就労ブランクの長期化の懸念があり、帯同者休職制度導入のハードルになっていました。駐在期間が短期化し、生活設計に見合ったフレキシブルなものになったことで、制度導入に向けた議論も始まっています」
このように同社では、駐在員の人選などを事業部門に任せる一方、人事部門が駐在期間や駐在計画に関する「ルール」を見直すことで、若手をグローバル人材へと育成すると同時に、駐在国で成果を出しやすい環境も整えてきた。
「人事が環境の変化に合った『ルール』を定めることが、多様化する社員のライフスタイルに合わせた配置を実現し、子どもの教育や夫婦のワークライフバランスなど、さまざまな社会課題の解決にもつながると考えています」
品質への「こだわり」は価値の源泉 現地に伝え続ける努力を
近年は海外子会社の「現地化」も推し進めており、アメリカの子会社などではローカル人材がトップを務めるようになった。部長級以上のポジションに就いたローカル人材の比率も、2022年の49.2%から2024年には57.5%に上昇し、「若手の駐在員が現地社員の部下になるケースも増えています」。
現地化を進めるにあたって、日本の本社が持つマネジメントやガバナンスの裁量をどこまで海外子会社に移すべきだろうか。中島氏は「個人的な考えですが」と前置きしつつ、「販売やマーケティングなど現地の需要に合わせて判断すべき領域は、マーケットを熟知したローカル人材に裁量を任せたほうがうまくいくことが多い。一方、製造や開発など品質に関わる領域は、まだまだ日本本社主導で進める必要があるのではないでしょうか」と話した。
「品質へのこだわりこそ、ブランドのバリューの源泉だといえますし、一度現地化すると、日本のレベルに戻すのも難しくなってしまいます」
実際に海外子会社では、主に駐在員の拠点長が中心となり、品質へのこだわりに対する教育を繰り返し行っているという。中島氏自身、シンガポールで2019年まで拠点長を務めていたときには、現地社員に対して「品質第一」を浸透させるための教育を定期的に行っていた。製造現場の見学や研修受講のため、一部の社員を日本に出張させることもあったという。
「海外子会社では、本社のポリシーを『伝え続ける』ことが非常に大事です。特に製造現場を持つ国では、『一定の水準に達した』という手ごたえがあった後も、取り組みの手を緩めてはいけないと感じています」
※「葛」は正しくは旧字体/下が「ヒ」
Text=有馬知子 Photo=ヤマハ発動機提供
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