Works 190号 特集 本気の 女性リーダー育成

山陰合同銀行/未経験の法人営業に女性を再配置 “自前”のリスキリングで支援

2025年07月28日

リテール業務を中心に担ってきた女性行員を法人営業などに転換、女性管理職を増やしてきた山陰合同銀行(以下、ごうぎん)。保守的といわれる地方にあって、どのように女性の登用や職域拡大を推進してきたのか。代表取締役専務執行役員の吉岡佐和子氏、取締役監査等委員の中村真実子氏、執行役員の林朱美氏に聞く。

林朱美氏(左)、吉岡佐和子氏(中央)、中村真実子氏(右)

代表取締役 専務執行役員 吉岡佐和子氏(中央)
1987年入行。2013年に福生出張所長、2015年に古志原支店長に。その後、米子西支店長、米子支店長を歴任し、2022年執行役員、2024年4月専務執行役員、同年6月から現職。

執行役員 ダイレクトチャネル部長 林朱美氏(左)
1988年入行。2015年ごうぎん証券出向。2020年アセットコンサルティング部コンサルティングプラザ長に就任後、同部調査役、副部長、部長を経て、2024年4月より現職。

取締役 監査等委員 中村真実子氏(右)
1986年入行。くにびき出張所長、審査部審査役を経て2013年に同行初の女性支店長に就任。その後、島根医大通支店長を経て、お客様サービス部長、人事部長などを務め、2021年より現職。


吉岡氏が入行したのは1987年、中村氏は1986年、林氏は1988年と、男女雇用機会均等法施行後。ごうぎんは当時、男女ともに総合職に一本化していたが、この時代どこもそうであったように、「転勤できる男性のほうが昇進するケースが多かった。お茶汲みや男性のデスクの灰皿の片付けは女性の役割で、結婚退職も当たり前でした」と吉岡氏は振り返る。女性は窓口業務を中心に担い、法人営業や事業性融資は男性のみ。厳然たる仕事の違いがあった。

それでも1990年代後半には女性の支店長代理、係長も誕生し、リテール業務に特化する出張所の所長が徐々に増え、女性の登用は少しずつ進みつつあったが、法人営業、事業性融資はあくまで「男性の仕事」だった。

吉岡氏は支店長代理となったころ、当時社外取締役だった多胡秀人氏の「地域金融機関の今後の役割はリレーションシップバンキングであるべき」という言葉を聞き、法人営業に興味を持った。「リテールもおもしろい仕事ですが、お客さまの10年先の未来を見据え、事業の成長や業績改善の支援をする法人営業は銀行員としての醍醐味と感じました。女性にも法人営業を、と声を上げたのですが、男性たちの反応は『女性に男性がすべき仕事をさせるのはかわいそう』というものでした」(吉岡氏)

100人以上が法人営業として独り立ち 男性行員や取引先の意識も変わる

そうしたなか、女性の活躍推進を力強く表明したのは、後に頭取となる山崎徹氏(現会長)だった。島根県・鳥取県を商圏に持つごうぎんは高齢化率が高く、人口減少も見越される厳しい環境にあるという強い危機意識を持っていた。「限られた人材がそれぞれの能力を最大限発揮し、戦略分野で活躍することが必要。性別学歴は関係ない」と、ことあるごとに発信した。

2013年に、中村氏が女性初の支店長に就任。「リテール業務の経験しかなかったので、支店長就任前に審査部(現融資部)で財務などを学んだ」(中村氏)というように、法人営業経験のない女性に必要な教育機会も与えられるようになった。

法人営業への女性の本格的な登用がスタートしたのは2021年。山陰にいても都会と変わらない証券サービスの提供を目指し、2020年に野村證券と包括的業務提携を結んだ。同時期に店舗の再編やDXを活用した事務の効率化を進めたこともあり、リテール業務を担ってきた女性たちを戦略分野に再配置することができた。

再配置されたのは約200人。頭取の山崎氏が「地銀が生き残るにはコンサルとデジタル」という戦略を掲げていたため、法人コンサルティング業務に123人、残りは事務の効率化を担うDX領域などに異動したという。「配属にあたっては、上司とのキャリア面談で個人の希望を聞きました。同時に、主に法人コンサルティング業務を学ぶリスキリング施策をスタートしました」(吉岡氏)

リスキリングのプログラムはすべて“自前”だ。人事部による座学研修、eラーニングに加え、各地域に配置された教育専担者6人が悩みや不安に寄り添いながらOJTで指導する。

研修内容策定にあたっては実践力を重視し、税理士による決算書の勉強会や製造現場での課題を見つけられるよう工場見学も実施。女性に身近な菓子店、レストランなどの取引先の協力を得て、実際の経営改善を経営者とともに考える勉強会なども開催した。また、法人営業で活躍する女性の座談会を開催するなど、行員のモチベーション向上や不安解消のためのフォローアップにも力を入れてきた。「楽しくなければ勉強しない。“仕事っておもしろい”と感じてもらうことを目指しています」(吉岡氏)

最大の特徴は、希望者参加の休日セミナー以外、研修のすべてを業務と位置付け、就業時間内に受講することとしている点だ。研修中の行員がいる部店に関しては、一定期間、その人をヘッドカウントに含めずに営業目標を設定している。「能力はあっても未経験の業務に取り組むのだから、できるようになるまで時間がかかるのは当然です」(吉岡氏)。そのかいあって、「トップの旗振りもあり、安心して学ぶ環境を作ることができた」(吉岡氏)という。

法人営業に配属した123人のうち、既に100人以上が独り立ちし、コンサルティングに取り組んでいる。そうした女性たちの頑張りを見て、男性たちの意識も変化してきた。

取引先からの女性担当者に対する目線も変わった。中村氏が女性初の支店長となって取引先に挨拶回りをしたときには、「女性にできるのか」といった反応もあった。「今では、女性担当者は当たり前になりました。お客さまに寄り添い、課題解決策を提案するコンサルティング業務はむしろ女性に向いていると思います」(中村氏)

課長相当職以上の女性比率は24.1% 海外留学、転勤にも積極的

2022年以降は、手挙げ制で女性活躍推進チームが組成され、女性や上司の意識改革に積極的に取り組む。自行にとどまらず、地域で働く女性のネットワークを作るため取引先企業の女性社員を中心に異業種交流会も開催し、好評を得ている。

積み重ねてきた努力が奏功し、2025年3月31日現在、係長相当職以上の女性比率は34.8%、課長相当職以上が24.1%、生え抜きの女性取締役2人、執行役員1人、女性支店長・出張所長は35人と数を増やしている。2024年には吉岡氏が初の女性の代表取締役に就任した。

MBA留学にも、女性が積極的に手を挙げている。山陰両県内の法人営業の女性比率は半分近くとなり、山陰以外でも3割は女性だ。女性の転居を伴う異動も増えてきている。

執行役員の林氏は、自身が先行事例を作ってきた。野村證券との包括的業務提携では、鳥取コンサルティングプラザ長に就いていたが、組織のさらなる融合をミッションに島根県松江市の本部での勤務を打診された。「夫と子ども3人、10日間の家族会議を経て、単身赴任を決意しました」(林氏)

林氏は現在ダイレクトチャネル部という、キャッシュレス推進や非対面での顧客対応部隊を部長として率いており、法人営業分野では電話など非対面アプローチも担う。「法人営業にしり込みをしていた女性が非対面の法人営業で生き生きと働いています。そもそもとても能力のある人たちですから。非正規雇用の職員もいるのですが、本人と相談して行員登用にチャレンジして、正規行員となるケースも増えてきました」(林氏)

2021年にはエリア職を廃止し、総合職に一本化。「若手の女性行員に私たちの世代の話をすると、『それって差別ですよね?』と言います。そんな言葉が出てくるくらい、現在は仕事上の性差がなくなってきています。それぞれが自分の目指す生き方を選択できるよう、多様な機会を用意していきたいです」(吉岡氏)

Text=入倉由理子 Photo=MIKIKO