Works 197号 特集 活躍寿命を延ばせ
日本企業での活躍長寿実現の壁とは。組織のパターナリズムとエイジズム問題
日本企業も社員の健康や活躍支援に向き合ってきたが、キャリアロンジェビティの実現には至っていない。「小手先の学び直し支援や、従来の『健康経営』の延長線上で考えているうちは、何も変わらない」と法政大学大学院教授の石山恒貴氏は指摘する。日本企業に根深く残るパターナリズムとエイジズムから、その壁の正体を解き明かす。

法政大学大学院 地域創造インスティテュート 政策創造研究科 キャリアデザイン学部
教授
石山恒貴氏
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院修士課程修了、法政大学大学院博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て現職。著書に『日本企業のタレントマネジメント』(中央経済社)、『ゆるい場をつくる人々』(学芸出版社、編著)、『人が集まる企業は何が違うのか──人口減少時代に壊す「空気の仕組み」』(光文社新書)ほか多数。
「キャリアロンジェビティ」という言葉を聞いたとき、近年ブームとなった「ウェルビーイング」や「健康経営」と何が違うのか、と疑問を持つのではないか。
石山氏はこれについて、学術的な立場から概念的な整理をしてくれた。「欧米には、『サステナブルキャリア(持続可能なキャリア)』、あるいは『サステナブル人的資源管理(HRM)』という確立された概念があります。サステナブルキャリアが目指す成果(ゴール)は明確で、『健康(Health)』『幸福(Happiness)』『生産性(Productivity)』の3つです。これらが三位一体となり、かつ『長期にわたって持続していくこと』がその定義とされています。会社に在籍している期間だけを対象にするのではなく、社員の人生全体を包括するという意味では、キャリアロンジェビティに近い概念といえるでしょう」
また、OECD(経済協力開発機構)による幸福の分類では、ウェルビーイングの核心となるものについて説明されている。「OECDはウェルビーイングを、現在の満足度を示す『生活評価』、一時的な感情である『ハピネス(快楽)』、そして人生の意義や自己実現を追求する『エウダイモニア(魂の善きあり方、自己実現的な幸福)』の3つに分類しています。長期的な活躍において決定的に重要なのは、この『エウダイモニア』だといえるでしょう」
心理学のSST理論(社会情緒的選択理論)やSOC理論(選択最適化補償理論)が示すように、人間は年齢を重ねて人生の有限性を意識し始めると、他者からの評価や目先の利益ではなく、「自分の人生にとって本当に意義のあること」に集中するようになるという。「つまり、長く生き生きと活躍するためには、会社から一方的に与えられた役割を受け入れるのではなく、自らの役割を自らが決めることが不可欠なのです」
パターナリズムが阻む 社員のキャリア自律
すると、日本企業が、いかに社員の健康や育成に取り組んできたとしても、社員の持続的な幸福や活躍に結びつかなかった理由も見えてくる。「日本企業が陥っている構造的な『パターナリズム(温情的な父権主義)』がもたらしたものだ」と石山氏は指摘する。
「従来型の日本企業の向き合い方は、父親のような強い立場にある企業が、子どものような弱い立場にある社員の行動に干渉する、つまり社員を対等な大人として扱わない。大切な子どもの幸福を考えればこそ、よかれと思ってキャリア形成における自己決定権を社員から奪い続けてきた、といえるでしょう」
パターナリズムによる弊害を後方支援するのは日本特有の「重層的キャリア構造(遅い昇進トーナメント)」という組織OSだ。「日本企業には、初期(同期一律)、中期(昇進スピード競争)、後期(生き残りをかけた昇進トーナメント競争)というキャリア形成の縦の三層構造*が残っているところが多い(下の図)。それによって、トーナメントで負けた後期キャリアの大量の人たちが意欲を失う現象があります。初期から中期に至るまで、会社が主導的に人事異動や転勤を命じ、意思決定の機会を奪ってきたため、いきなり自分でキャリアを選べと言われても何をしていいかわからない。副業や学び直しの時間も機会もなく、能力・スキル的にも十分でない場合も多い。その構造を変えずにキャリア自律を謳っても、その笛に踊ることはできないというのが現状ではないでしょうか」
日本企業の組織に内面化された「エイジズム(年齢差別・偏見)」も大きな課題だ。「日本企業には、『高齢者は新しいテクノロジーに適応できない』『中高年のホワイトカラーは頭が固くて使えない』というような、根拠のないエイジズムが存在します。しかし、人間の知能のうち、これまでの学習や経験によって得た知識を活用して問題を解決する結晶性知能のピークは60代、さらに新しいことを学習する『流動性知能』も80代を過ぎないと急激には低下しないという研究データもあります。適応できないのではなく、企業が勝手に『シニアはダメだ』と限界を決め、それが現実化してしまっている可能性があります」
役職定年や定年再雇用という制度も、会社側からの『君はもう、頑張らなくていいよ』というメッセージにつながり得る。期待されなければ、その通りに行動するようになる。「社会学でいう予言の自己成就が組織的に起きているのです」
「縦の三層構造」を解体し マルチステージ化を促せ
石山氏は、AIが雇用を奪う、という見立てには異を唱える。「日本の労働力人口は文字通り枯渇し、労働力過剰から絶対的不足への構造変化は確実に来るでしょう。ですから、短期的視点での人員削減はするべきではありません」
同時に、社員の自律性を育むために、縦の三層構造を解体しなければならないとも言う。そのために何をすべきか。
「まずは情報をオープンにして、社員一人ひとりが意思決定できる土壌を作る必要があります。また、長く働く人が増えると、シニアが若手の仕事を奪うという思い込みがありますが、これは神話にすぎないといわれています。若手とシニアの強みはそれぞれ生かせるという理解を進めるために、ベテランの知恵と若手のデジタルスキルを意図的にペアリングして現場を回すような、共存の仕組みを人事がデザインすることも求められるでしょう」
同特集記事「AIとロンジェビティは社会と人生をどう変えるか。キャリアの再発明とは」でロンジョン・ナグ氏が言う通り、学ぶ・働く・定年という一本道のモデルではなく、学びと働くことを繰り返すマルチステージを許容する仕組みも重要だ。「一度キャリアを休憩(ブレイク)して大学院で学び直したりするのはもちろん、別の職業やプロボノ活動などに越境し、また戻ってこられるような、多様な選択肢を社会と企業が支援する制度を増やすべきです」
※今田幸子 ・平田周一(1995)『ホワイトカラーの昇進構造』日本労働研究機構

出所:今田幸子 ・平田周一(1995)『ホワイトカラーの昇進構造』日本労働研究機構をもとに編集部作成
Text=入倉由理子 Photo=刑部友康
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