Works 190号 特集 本気の 女性リーダー育成
電通/1部署から始めた女性登用への挑戦 未来GM制度で若手・女性育成
電通の第5CRプランニング局は、局として独自に女性登用の取り組みを始めた結果、約1年で男女ともに女性管理職に対する認識がポジティブなものに変わったという。どのように計画を立て、職場に実装したのだろうか。
電通 執行役員 エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター
眞鍋亮平氏
一橋大学社会学部卒業。1997年電通入社。CMプランナー、第5CRプランニング局長を経て2024年より現職。2020年クリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞。
クリエイター約110人を擁する同局で、取り組みの旗振り役となったのは、現執行役員の眞鍋亮平氏だ。眞鍋氏は2022年に局長に就任すると、多様な背景を持つ人がチームで結果を出す職場を作りたいと考え、「高め合う多様なプロフェッショナル」という所信表明を打ち出した。「そのとき、気になったのが女性管理職の少なさです。部下を持つ部長13人のうち女性は2人だけで、意思決定の場に女性を増やすべきだと考えました」
そこで同局の井戸真紀子氏に、部長就任を打診した。井戸氏は3人の育児とクリエイティブ・ディレクターの仕事を両立し、職場の人望も厚い。マネジメントのロールモデルにふさわしいと白羽の矢を立てたが、最初はあえなく断られた。
「総じてクリエイターは制作に100%の力を使いたいという思いが強く、管理職になりたがらない。まして井戸さんは育児にも時間を割かねばならず、ある意味で予想された答えでした」
しかし眞鍋氏は諦めず、部長の仕事のうち別の人に振り分けられるものを整理して、「井戸さんがやりたいことに取り組める」(眞鍋氏)環境を作った。「局を実験場にして、女性が管理職になるボトルネックを排除していこう」という提案が奏功し、井戸氏も部長を引き受けてくれた。
「命を諦めざるを得ない」に衝撃 局長裁量で施策講じる
眞鍋氏は取り組みが成功した要因として、局内の「ローカルルール」で始めたことを挙げる。
「会社の人事制度を変えるのは大変で時間もかかります。ですから僕の裁量で局内のルールを変え、なるべくお金もかからないやり方を採りました」
もう1つは、トップの眞鍋氏が自分の言葉で女性登用の必要性を語ったことだ。眞鍋氏はそれまで特段ダイバーシティ推進や女性の登用に熱心な管理職だったわけではない。だがその眞鍋氏が「さまざまな背景、能力、経験を持つ人材こそがクリエイティビティの源泉」という理由でダイバーシティの必要性に覚醒したことは説得力を増した。
それでも局内には、部長業務の一部を引き受け負担が増えたメンバーや、「女性優遇ではないか」と言う男性もいた。しかし、眞鍋氏が「不当に低かった女性の地位を『正常化』するための意思決定だ」と説明したことで、「トップがそこまでコミットするなら」という理解が広がった。
井戸氏らの、当事者意識の高さも大きな要因だ。井戸氏が「やるからにはここまでやりたい」と、改革の進め方を企画書として提示した。「井戸さんのボトムアップの提言が、DEIプロジェクトの大きな推進力になりました」(眞鍋氏)
井戸氏はさらに、子育て中に離職した女性に離職理由のヒアリングも行った。すると何人かの女性が「忙しすぎて2人目を産めない」ことを挙げた。眞鍋氏は自分が「命を諦めざるを得ない職場」で働いていることに衝撃を受け、改革への思いをさらに強くしたという。
ミライGMと働き方ポートフォリオ 管理職のアイデアを実装
この局内プロジェクトがうまくいった理由は、部署のトップである眞鍋氏と当事者である井戸氏のボトムアップの取り組みの両輪が機能したことだが、もう1つ挙げるとしたら、管理職全員が集まる「共創セッション」だろう。有識者を招いて眞鍋氏や井戸氏らDEIプロジェクトのコアメンバーが「なぜ組織にDEIが必要なのか」など基礎知識と同時に先進企業の事例を学び、その知識を共創セッションで共有。自分たちでアイデアを出し合い、アクションを考えるプロセス自体が、男性管理職の当事者意識につながった。
ワークショップの各グループに当事者の女性たちが入り議論することで、男性管理職が「今までがいかに男性だらけの偏った状態だったか」をよく理解したという。また女性参加者からも、学ぼうという意思のある男性管理職が多い組織には希望が持てる、というポジティブな反応があった。
この場での議論をもとに設けられたのが、「ミライGM(MGM)」(GMは部長の意)だ。会社の制度を変更したわけではなく同局だけのバーチャルな役職で、GMとペアを組んで1on1など業務の一部を引き受ける。特徴的なのはGMと異なる属性のMGMを選ぶ点で、ミドルの男性GMには若手女性のMGMがつき、その逆もある。MGMは「MGM会議」で組織の課題と解決策を考え、局長や役員に提案もする。
「MGMはGMの負担を軽減するだけでなく、意思決定の場に新たな視点と気づきももたらしました。MGM側も管理職の仕事を体験し、やりがいの一部を実感する効果がありました」(眞鍋氏)
それぞれが希望の働き方を示す「働き方ポートフォリオ」も作られた。クリエイターとしてのポートフォリオに追加する形で、たとえば「共働きで幼児2人を育てているので、17~20時半は仕事の対応が難しい」などと表明する。上司や同僚はそれを参考に、育児の時間を避けて仕事を頼んだり、同じ時間帯で働く人同士でチームを作ったりする。「育児中の女性に『過剰な配慮』をせず、的確な量と質の仕事を割り振れるようになると同時に、男性にも両立の苦労があることがわかりました。制約のない若手らの『仕事に全力投球したい』というニーズにも応えやすくなり、多様な働き方や生き方を尊重し合える空気が生まれました」
MGM会議では自由な意見が飛び交う(写真左)。復職時に渡される「ふくサポ」の冊子(写真右)。「おかえりなさい」という言葉に始まり、手書きのメッセージも添えられる。Photo=電通提供
土台には「働き方改革」が不可欠 生産性への意識を高める
プロジェクトを始めて約1年で、局の空気は「ガラッと変わった」という。「生まれた子どもは『局の子』だと言い出す人が現れたほどです。ある女性社員がこの職場なら育てられると、3人目の出産を決めたときはみんな嬉し泣きしそうになりました」
この女性の職場復帰に際し、復職の不安を和らげる「プレゼント」を用意しようと、仕事のアサインや育児との両立、スキル形成を支援する「ふくサポ」というプログラムも作られた。
眞鍋氏は2024年1月に執行役員に就任し、取り組みを約1000人のクリエイティブ領域全体に広げると宣言。これを聞いた女性部長たちは眞鍋氏を「GM女子会」に招き、「役員が本気でコミットするなら、前向きな提案をしたい」と歓迎してくれた。一方、眞鍋氏はこのとき初めて、女性のなかに男性が1人という状況を体験し、女性管理職の心細さや重圧を理解できたという。クリエイティブ局と営業局が一緒にDEIに取り組むなど、組織全体への波及効果も出始めた。
眞鍋氏は、2016年以降の約10年に及ぶ働き方改革が土台にあるからこそ、一連の取り組みが機能したと話す。「社員の生産性に対する意識が高まり、これまでの働き方が『本当に最適なのか』と立ち止まって考えるようになりました。今や『育児のため4時半帰宅』を公言する男性社員がおり、クライアントの理解も得られています」
次のステップは、女性管理職の多様化だ。
「井戸さんのようなスターだけでなく、さまざまなタイプの管理職が増えることで『私もなれるかも』と若手が考えてくれることを期待しています」
Text=有馬知子 Photo=今村拓馬