Works 192号 特集 2026年-2035年 次の10年 雇用の未来を描く

熊本県立八代工業高校:最先端・高度な職業教育により、地域で活躍する人材の創出を目指す

2025年11月06日

企業実習の様子産業実務家教員によるITを取り入れた授業や企業実習など多様な教育により、地域の次世代を担う人材の育成に向き合う。

文部科学省「マイスター・ハイスクール事業」に2021年度から指定された熊本県立八代工業高校は、産業界とともにキャリア教育を推し進めてきた。質の高い実務教育は、エッセンシャルワーカーの高度化、地域人材の育成が急務な日本にあって「お手本」となりそうだ。


「マイスター・ハイスクール事業」は文部科学省が2021年、地域経済に必要な人材の育成を目的に始めた事業で、産業界と教育現場が連携して最先端のデジタル技術を中心としたキャリア教育を行う。八代工業高校教頭の池田亨氏は「事業を通じて学校側は企業のニーズを、企業側は高卒人材のリアルな姿を把握できます。そうやってお互いを理解したうえで、地域の発展に必要な人材をともに育てようとしています」と狙いを説明する。

取り組みの柱は、企業の社員が「産業実務家教員」として、実社会のテーマやノウハウを取り入れたリアルな授業を展開することだ。開始当初から事業に関わってきた情報技術科主任の山下辰徳氏は、「企業の専門家に、その技術が社会でどのように役立っているのかを話してもらうことで、生徒たちは学びと仕事のつながりをイメージしやすくなります」と話す。

情報技術科、機械科、工業化学科、電気科、インテリア科の5学科すべてに産業実務家教員の授業を導入し、2021年度の授業時間数は計300時間にのぼった。たとえば、インテリア科は新しいアプリケーション「BIM」を使った設計を、機械科は産業ロボットのプログラミングを学ぶなどして「情報技術科に限らず全生徒に、DX社会に対応する人材になってもらおうとしています」(池田氏)。

2年生を対象に年2回、企業実習も行っている。「実習からなるべく多くの学びを得られるよう十分に事前準備を行い、事後は参加者全員による成果発表の場を設けて、受け入れ企業の関係者にリアルやオンラインで見学してもらっています」(山下氏)

このほか企業視察や企業関係者による出前授業、講演会なども頻繁に開催している。

この事業では、職業的なスキル教育と同時に、生徒に挑戦の楽しさを知ってもらうことや社会課題に目を向けてもらうこと、さらに地元企業への理解を深めてもらうことなども目指している。

熊本県が2020年に実施したアンケート調査で、県内企業に人材に求める力を聞いたところ、「段取り力」や「主体性」などが挙げられたという。「学校側と実務家教員は企業ニーズも踏まえて『生徒にどんな能力を得てほしいのか』『その能力が社会でなぜ必要なのか』といった対話を重ね、授業を組み立てています」(池田氏)

授業を受けた生徒からも「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の実習が人手不足や働き方改革など、社会課題の解決についても考えるきっかけになった」「コンピューターに頼りすぎず、正しい情報を見抜き判断できる人間力を身につけたい」といった感想が寄せられるなど、狙った効果が得られつつある。

企業実習の希望者急増 「もっと学びたい」と大学進学も

山下氏も、生徒たちの学びへの意欲や主体性が高まったと感じている。プレゼンテーションの機会が多くあることで、考えを言語化する力も身についた。以前は希望者の少なかった企業実習も、現在は希望者が受け入れ企業の数を上回り、教員が実習先探しに追われるほどだという。同校の卒業生は概ね8割が就職するが、「『もっと学びたい』と大学進学を希望する生徒も出てきました」(山下氏)。

さらに事業開始前は40%程度だった県内就職率が、2024年度には60%に上昇した。就職後、実務家教員として戻ってきた卒業生もいる。

「県内にも優良な企業が多いものの、保護者にも生徒本人にもほとんど知られていませんでした。事業を通じて地元企業を知るようになったことが、就職につながったと思います」(池田氏)

教員も、教科書の知識と現場で使われている技術とのギャップを痛感して、夏休み中に企業実習に行くなど学びへの意欲が高まった。同校の取り組みを知った企業が初めて高卒者の採用を始めたり、事業への参加を申し出たりと、産業界の注目も集まる。入学希望者は年々増え、生徒数も2024年度より約40人増加した。

2026年度以降は事業主体が文部科学省から地域に移行し、予算などの面で制約が生じる可能性もある。しかし今後も賛同企業とともに、事業を継続する予定だという。

池田氏は、工業高校の役割を「学びを社会につなげること」だと語った。

「社会の多様化や急速な変化に、学校だけで対応するのは難しい。産業界や地域とネットワークを組んで足りない部分を補完してもらいながら、社会で活用できる生きた教育を生徒に提供したいと考えています」

Text=有馬知子 Photo =八代工業高校提供