Works 196号 特集 人事のダイエット
事業から見た人事の無駄:結果ドリブンの現場とプロセスドリブンの人事
人事に無駄はあるのか。それを語るのに、人事の役職者を務めた後、事業のリーダーになった人ほどの適任者はいないはずだ。三井化学の組織のグローバル化を先導し、2025年からオーラルケア事業部長を務める小野真吾氏に自らの経験を振り返ってもらった。

三井化学 理事
ライフ&ヘルスケアソリューション事業本部 オーラルケア事業部長
小野真吾氏
2000年に新卒で三井化学に入社。情報通信関連事業の海外営業などを経て、2008年に人事に異動。組合対応や制度改定、採用責任者、国内外のM&Aの人事責任者、HRBPなどを経験した後、2021年よりグローバル人材部部長に就任した。2025年より現職。
「グローバルでの等級付けや報酬決定の細かな方針など、いろいろな仕組みを手がけましたが、それらがすべてそのときに必要だったかといえば、そうではないと思っています」と、小野氏は振り返る。その理由を知るために、小野氏が手がけてきた人事改革を振り返る。
小野氏がHRBPを経て2015年に人事部戦略企画グループリーダーに就任した後、まずグローバルでのタレントマネジメントや後継者計画の仕組みを導入した。「CxO候補の育成が主な目的で、候補者の選任方法からレビューのプロセスまで、ゼロから構築しました」
もう1つは勤務先としての企業の魅力度を意味するエンプロイヤー・ブランディングの向上である。「欧米を中心とした海外でも、どんな会社なのかを現地の社員が存分に語れるように、WebやSNSでの発信を強化しました」
グループ各社に対するリーダーシップ開発プログラムや学習プラットフォームの導入も手がけた。「私が人事に来た当初は海外従業員比率が20%程度だったのが、40%を超えていました」
2021年にグローバル人材部部長に就任した後にはグローバル共通の人事管理システムを導入した。「全社のあらゆる役職や人事に関する情報を整理する機能とタレントマネジメント機能を包含したシステムを統合し、全世界120を超える子会社と本社に導入したのです」
こうした施策を進めるうえで、日本の変革よりも海外への広がりを意識した。「日本にはしっかりとした人材パイプラインが形成され、異動が当たり前のように可能ですが、海外は国や会社を超えた異動という基盤が整っていないうえに、戦略的ポジションは本社に圧倒的に多く海外は限定的だったのです。タレントに着目した人事施策を行う際も日本に比重が置かれがちでした。資格制度や評価報酬制度など、日本の仕組みの精緻化に意識が置かれがちなところ、将来の成長戦略を見据えてあえて海外も含めたグループ会社への仕組みの拡大を意識しました」
ナインブロックの詳細運用は各部門のニーズに合わせる
人事管理システムの刷新は小野氏自ら「ビッグバン」と称するように、相当な難事だった。「単体では給与・勤怠システムを置き換え、グローバルにコア・タレントマネジメントシステムを統合しました。それこそ人事の無駄の典型として、標準化されていないアドオンの仕組みが何十年分も積み重なり、一挙に標準化しました。システム改修は、グローバル標準の仕組みをいかに構築するかが、効率的運用という意味で重要だからです」
一方、仕組みの統一化、精緻化を最初から目指さず、改変可能性を考慮した粗い設計にして、ブラッシュアップしていく方法を選択したものもある。その典型が社員の潜在力と実績を9つの領域に分類するタレントマネジメントの仕組み、ナインブロックである。「3段階の定義は緩くし、細かな解釈は各部門に合わせました。各部門で人材評価についての議論が活発に行われるのが目的だからです。運用に慣れてくれると、アセスメントを導入したい、アセスメントとコンピテンシー、役職要件をつなげたいという意見が出てきましたので、それらに応えながら改善し続けるというやり方を取りました。三井化学は小さな事業の集合体であり、もともと自律性が高い。その自律性を潰してまで細かなプロセスの統合を最優先することは意味がないという考えが制度設計の根本にありました」
人事は企業文化を司る存在でもあり、もちろん「三井化学らしさ」も意識した。「自由闊達で、自主性を重んじることは長年、当社に培われてきたよき文化です。海外含め、多くの人材がそれを認めています。役員と従業員との関係はフラットでオープンです。以前からそうでしたが、2013年から始めたコーチングなどのリーダーシップ研修の効果もあるかもしれません。社長以下、メンバーのコーチングに長け、アサーティブなコミュニケーションの取り方がうまい役員が増えました」
前述のように、これらすべてがその当時から必要だったかというとそうではないという。ではなぜ作ったのか。「当時、全社の成長戦略や投資の議論がされるなか、向こう5年から7年でグループ会社が、特に海外で増えていくのは明確でした。だとすれば、未来を見据えてインフラを整えておかなければならないと考えたのです。必要に迫られてから慌てて作ったのでは間に合わないから、早めに着手しておこうと。でも、それらを活用する場面があるかといえば、作った時点で見ると限定的です。おそらく事業部側から見たら、その仕組みに必要性を感じていた部門もあれば、何のためにやっているのかと疑問を感じざるを得なかった部門もあるはずです」
成果の最大化を図る現場 公正性の担保を重視する人事
小野氏の視点から、『人事の「体脂肪」調査:人事に関わる環境、戦略、施策に潜む無駄』で紹介している人事の無駄を探る調査を見たときの感想も語ってもらった。
小野氏が注目したのは、現場の人たちが「業務評価の制度」「能力・行動評価の制度」「評価の実施・合意形成」といった評価全般、それに「上司―部下間の対話」「大規模組織での対話・会合」などに「無駄」を感じているという点だ。
「現場は自分が見えている範囲のなかでの成果の最大化を考えますが、人事部門は、全社員にとっての公正性を考えます。たとえば8000名の社員が3000名、3000名、2000名といった3組織に大きく分かれていたとしたら、各組織のなかでの共通項は見出しやすいですが、同じ総数の社員が数百人単位の多くの小さな組織に分かれる場合、全組織をまたがって公正性を担保するのは極めて難しい。何かの指標を無理やり作っても、意味の薄い平均的なものになってしまう。そうなると、現場との乖離が生まれ、現場からは無駄だと判断されてしまうでしょう」
同様の理由で、現場と人事のスタンスの違いが発生しがちなのが採用場面だ。「現場だったら、候補者のなかに業界内で評判の人材がいた場合、この人は優秀だから、これくらいの報酬を提示してすぐに採用しよう、となるのですが、人事からすれば、ほかの候補者も考慮しなければなりませんし、人事の責任者を面接に呼ぶなどプロセスにも配慮して、いざ採用となったら職務評価もしてコンピテンシーも測定を、となる。つまり、結果ドリブンの現場とプロセスドリブンの人事という違いです。このプロセスの価値は現場からすれば低いかもしれませんが、人事にとっては必要不可欠なのです」
そう考えると、人事が職能をまっとうするため、しかるべきプロセスを踏まえる意味は大いにある。「プロセスがなくて結果だけになると透明性もなくなり、人事が無法地帯と化してしまう。そのプロセスのなかに、現場にとっての価値をどう反映させるか。そこが人事の腕の見せどころだと思います」
Text=荻野進介 Photo=刑部友康
メールマガジン登録
各種お問い合わせ