Works 189号 特集 長寿就労社会 定年“消滅”時代、あなたはどう働きますか?

「滑走路」を「業務委託」として会社が準備 電通子会社が後押しするミドルシニアの挑戦

2025年05月26日

電通を退職したミドルシニア世代が個人事業主や法人として業務委託契約を結んで働くという、個人、企業、社会との新しいつながり方を提唱したニューホライズンコレクティブ(以下、NH)。代表の山口裕二氏に、その狙いや効果について聞いた。


NHは2020年11月、電通の100%出資子会社として設立された。電通を早期退職した元社員229人が、個人事業主や法人として、同社と業務委託契約を結んでいる。

電通では2017年から全社的な労働環境改革を進めるなかで業務分析をしたところ、当時7000人いた社員のうち、能力を生かし切れていない人たちが1割程度いたという。

「そのなかには、かつてはスーパースターのように活躍していた人もいましたが、業務とのミスマッチや長く同じ組織にいたことでスキルが陳腐化していたケースも見受けられました。電通の外に出てチャレンジすることを1つの『出口』と考え、新会社の設立に至りました」(山口氏)

NHへの応募はあくまで「自薦」で、応募要件は40歳から60歳までの電通社員のうち、新卒採用なら勤続20年以上、キャリア採用なら勤続5年以上と定めた。実際に手を挙げ、同社と契約した人の多くは45歳を過ぎたミドルシニア世代だったが、これはいわゆる「肩たたき」ではないと山口氏は言う。

「社員への説明時に強調したことは2つあります。1つ目は、人生100年時代に、長きにわたり個人のパフォーマンスの価値を最大化したいということ。2つ目は、個人と企業と社会の新しい関係として、オープンコミュニティを作りたいということでした。会社を辞めるか辞めないかという二択ではなく、業務委託契約という形で本人たちがやりたいことをできるよう、バランスを取りたかったのです」

2020年夏の募集に際して、山口氏のチームは3カ月間で約100回の社内説明会を開いた。締め切り前の駆け込みよりも、初日の応募者が多かったといい、なかには「こういうものを待っていました」と話した社員もいたという。

「自分のスキルが通用しなくなったことに危機感を覚えたり、入社年次が下の社員が上司になって面白くないと感じたり、人によって事情はさまざまですが、新たなチャレンジをしたい人というのがこんなにいたのかと驚きました」

NH田んぼプロジェクト電通を退職後、伊豆に移住した神氏が開催する「NH田んぼプロジェクト」。田植えや稲刈りの時期にはメンバーが多数駆け付け、都会と地域を結ぶ活動を実施。退職後も元社員同士が繋がりを持てるのもこの仕組みの強みであり、現在は企業の垣根を超えてライフシフトプラットフォーム(LSP)という枠組みのなかで活動している。
Photo=NH提供

「チャレンジ」と「安心」を両立 個人、企業、社会「三方よし」に

NHは、229人の元社員と10年間の業務委託契約を結んだ。NHからの業務を請け負うことで、一定の業務委託費が得られる。同時に独立した個人事業主として外での仕事も獲得できる。リスキリングやアップスキリングに必要なプログラムが受講できる機会や、リスキリングを通じた新たな仲間やチームづくりの機会も提供しており、「チャレンジ」と「安心」を両立できるスキームになっているという。

「会社を辞めてしまうと、収入面と仕事面で不安を感じるのはもちろんのこと、特にミドル以降の男性の場合は、会社との関係性がぷつっと途切れて居場所がなくなることへの不安があると聞きます。私たちのやり方は、こうした不安の解消につながると考えています」

同社は、電通以外の企業にも広く門戸を開き、デジタルやマーケティングを学ぶ機会を提供している。2025年2月時点で参加企業は延べ16社。業種は電機メーカーや新聞社、銀行など幅広く、随時相談も受けている。

2025年はスタートから5年目の節目にあたるが、「このやり方は個人、企業、社会にとって『三方よし』になったと考えています」(山口氏)。

業務委託契約を結んだ電通元社員のうち、8割は「充実している」とアンケートに回答した。資金が潤沢ではないNPOの支援など、報酬の多寡にとらわれずに働く流れも出てきた。なかには、九州や北海道、海外などに移住した人も40人ほどおり、東京に集中していたナレッジが地方に分散するというメリットもあった。

電通にとっても、電通で働いてきた人々が新たな形で社会で活躍できるメリットや、ミドルシニアの社員が抜けたコスト的なメリットがあるだけでなく、若手社員に活躍の場を与えるという意味でも効果が大きかった。

成功の鍵は「他人のために動けること」才能は人が見つけてくれる

業務委託契約を解除する人も出てきた。

第1号は、地方に移住した男性だ。男性は電通でコピーライターとして活躍し、NH参画後は実家の農業を手伝うために地元に戻った。その男性が道の駅へ実家の野菜を納品に行ったところ、「クリエイティブの仕事をしているんだったら手伝ってくれ」と声を掛けられ、店頭プロモーションをしてみたらよく売れた。それをきっかけに周りの農家からも協力を求められるようになった。

「彼がトラクターに乗った写真を私に送ってきて『山口さん、俺もう抜けます』と言ったとき、私はとても嬉しかったんです。私たちの会社は滑走路のようなもの。それぞれがやりたいことを見つけて、それに専念するために飛び立っていけばいいのです」

NHで成功する人の、そうでない人との違いは何か。山口氏は、「行動量が多いこと」を挙げる。なかでも「情けは人のためならず」を体現し、「他人のために動くことができる人」は成功しているという。

「こういう人たちの能力が飛び抜けて高いかというと、必ずしもそうではありません。まずは、自分で機会を作っていくことが重要なのです」

確かに、同じ組織で長く働いてきた人が、会社の枠を超えて自分に何ができるかを見つけるのは難しい。そのためにも多くの企業に参加を呼び掛けている。

「私はいつも『才能は人が見つけてくれます』と伝えています。同じ会社だと、お互いの仕事がわかっているだけに評価し合うことで終わってしまいますが、いろんな会社の人が交じってお互いのことを話すと、先入観なく『そんなことをやってきたんですね!』という反応が返ってきます。そうやって他者と会話し、自己肯定感を上げていくことが、セカンドキャリアを発見する第一歩になります」

Text=川口敦子 Photo=刑部友康

山口裕二氏

ニューホライズンコレクティブ
代表