Works 193号 特集 採用のジレンマ

アンラーニングの進め方――中途採用者の違和感を組織の学びに変える

2026年01月22日

イメージヘッダー

採用した社員にはギャップを早期に解消し、職場に順応してもらいたい。しかし、個人の感じる違和感は、組織の学びにもつながるという。「重要なのは、個人・組織双方のアンラーニングだ」と語る経営学者・松尾睦氏に、実践のヒントを聞いた。

松尾睦氏の写真

青山学院大学経営学部 経営学科教授
松尾 睦氏小樽商科大学商学部卒業後、北海道大学大学院文学研究科行動科学専攻修士課程、東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻博士課程修了。ランカスター大学にてPh.D.(Management Learning)取得。北海道大学大学院経済学研究院教授などを経て、2023年4月より現職。


優秀な人材を採用しても、職場の風土や働き方になじめず、十分に活躍できなかったり、早期離職につながったりすることがある。状況が変われば、新たな環境に適応していく必要があり、その際に重要となるのが「アンラーニング」だ。

転職によるアンラーニングは 自分のアップデートのきっかけ

青山学院大学教授の松尾睦氏は、「アンラーニングとは、自身の知識やスキルを意図的に棄却しながら、新しい知識・スキルを取り入れるプロセス」と説明する。一般的には「学習棄却」という訳があてられるが、評論家の鶴見俊輔氏は「学びほぐし」と訳している。硬直した知識・スキルを「ほぐし」て、新しく組み立て直すことを意味している。「『捨てる』というよりも『組み替える』という表現のほうがより適切かもしれません。自分の知識やスキルのパーツをどうデザインし直すか、どの部分をより使うかという選択をする。逆に、使えなくなる部分もあるでしょう。その場合は、機能停止させて使わないと判断する。そのうえで、有効な知識やスキルを新たに取り込み、アップデートしていくことがアンラーニングなのです」

もともとアンラーニングは組織レベルの研究から生まれた概念である。1982年にスウェーデンの研究者ボー・ヘドバーグが、時代に合わなくなった経営手法を捨てる重要性を指摘したことが始まりとされる。それまで「知識獲得」に注目していた組織学習の研究に、初めて「知識の棄却」という視点を加えた。その後、チームや個人レベルのアンラーニングに関する研究も進められている。

「アンラーニングのきっかけとして最も多いのは、状況の変化です。たとえば異動によってこれまでのやり方が通用しなくなり、『なぜだろう』と振り返ることが出発点になるケースがあります。実際、この部署で活躍している人はどんな働き方をしているのか、ロールモデルとなるような人を見つけて学んでいったら仕事がうまく回るようになったという例もあります。転職もまた大きな状況の変化であり、環境の変化に適応しなければならないという点では、アンラーニングを通じて自分をアップデートさせる1つのきっかけだと思います」

過去の成功体験を問い直す 「批判的内省」

アンラーニングは、すべての人が成長し続けるために必要なプロセスだという。人は誰でも経験を重ねるなかで自分のスタイルや型を身につけていく。時代や環境の変化に伴い、その有効性が低下したときにはスタイルを見直して変革していく必要があるが、一度染み付いてしまった考え方や働き方を変えることは容易ではない。過去の成功体験に固執して、変化に対応できなくなる状態を、「コンピテンシー・トラップ(有能さの罠)」という。

コンピテンシー・トラップにはまらずに、アンラーニングを進めるには、自分自身の経験を振り返る「内省」が鍵になる。経験学習サイクルモデルを提唱したデイヴィッド・コルブによると、人は「経験し→内省し→教訓を引き出し→応用する」というサイクルを回して学ぶという。つまり、経験から教訓を引き出すうえでは、内省(振り返り)が不可欠である。

ただし、この内省にもレベルがある。アンラーニングには、仕事のやり方や目標を見直して修正していく「内省」からさらに一歩進んで、自分が当たり前だと思っていた信念や前提を根本的に問い直す「批判的内省」が求められる。「エース級の人材でも、転職後に活躍できないケースがあります。特定の環境や同僚のサポートがあって高いパフォーマンスを発揮していた場合、その人だけが切り離されて別の場に移るとうまくいかないことが、研究結果から明らかになっています。つまり、これまで使っていたスキルが、どんな状況でも通用するポータブルなものではなかったということです。転職や部署異動の際には、自分の仕事のスタイルを批判的内省によって意識化して、新しい環境に合わせて変えるアンラーニングが欠かせません」

新人の“違和感”を生かす 組織アンラーニング

一方、職場にとっても、新たなメンバーを迎え入れることは、組織アンラーニングの機会となる。「部署にとっては『当たり前』として見過ごしてきた問題にも、新しく入ってきたメンバーは気づきます。社内異動であれば共通認識があるため適応しやすいものの、他社からの転職者は同じ営業職でも仕事のスタイルが異なり、『営業とはこういうもの』という信念自体が違うことがあります。問題は、多くの場合、新メンバーはそれに気づいても口には出さないということです」

入ってきたメンバーが、まずは職場になじむことを優先するのは当然だ。「なぜこんなことをしているのか」「なぜこれをやらないのか」と疑問に思うことがあっても、それを指摘して周囲の反発を買うくらいなら、あえて口に出したりはしない。そうしてやり過ごしているうちに、往々にして疑問を感じていた本人も、いつの間にかその職場のやり方に染まってしまう。「それは非常にもったいないことです。どの職場にも、必要性がないのに慣習として続いている『謎習慣』があるものです。異なる視点を持つ新メンバーから率直な疑問を呈してもらうことは、無駄を見直し、職場を変えていくきっかけにもなるはずです。しかし、会社側から働きかけなければ、新しい視点を提示してもらうことは難しい。ある企業では中途採用した社員に、会社に対する違和感や変えたほうがいい点について、必ず話を聞いていたといいます。会社が成長段階にあったときから、その指摘をもとに次々と改善を進めていった。それが組織学習につながったのです」

採用を、個人と組織双方がアンラーンするチャンスとするために、松尾氏は、オンボーディングのプロセスに「アンラーニングセッション」を組み込むことを提案している。新メンバーは、これまでの経験や仕事上のスキル、自分の興味・関心を職場のメンバーと共有するとともに、自分の仕事のスタイル、信念、価値観を改めて見つめ直す。組織は、新メンバーの抱く違和感を聞いたうえで、その習慣の目的や背景をきちんと説明するとともに、本当にその慣習が今後も必要かどうかを改めて考える機会にする。

「そうしたセッションを通じて対話することが重要だと思います。議論がかみ合わないときは、だいたい考えている前提が違うことが多い。それぞれの『当たり前』を言語化し、共有することで相互理解が進んでいく。人事としては、こうしたイベントを設定することで個人と組織のアンラーニングを促していくことができるはずです」

Text=瀬戸友子 Photo=今村拓馬