Works 195号 特集 経営とインクルージョン
人的資本開示におけるインクルージョンの現在地。変化対応力が包摂性のカギ
Unipos代表取締役会長の田中弦氏は、国内外のべ5500社以上の有価証券報告書や統合報告書を読み解いてきた。日本企業において人的資本開示が定着しつつあるなかで、インクルージョンについてはどのように語られているのだろうか。

Unipos 代表取締役会長
田中 弦氏
ソフトバンク、ネットイヤーグループ、コーポレイトディレクションを経て、2005年ネットエイジグループ(現・ユナイテッド)執行役員。同年、Fringe81を創業し、代表取締役社長に就任。2021年10月、Uniposに社名変更。2025年より現職。
「統合報告書やサステナビリティレポートでは、D&I、DE&Iに関するテーマは避けて通れなくなってきました。D&I、DE&Iの方針、女性管理職比率などの数値目標とその達成状況の記述は増えています。しかし、その企業におけるインクルージョンは何を意味しているのか、それは経営にどのように効くのか、という問いに、明確に答えられている企業は多くないと思います」と、田中氏は話す。
その背景にあるのは、これまでも指摘してきたように、インクルージョンという言葉が、社会学上のインクルージョンと区別されずに使われていることだ。「『平等です』『差別していません』『機会は開かれています』という話はとても大事です。しかし社会的正義としてのインクルージョンと、経営の成果を生み出すためのインクルージョンの両者を混同したままでは、スローガンにとどまり実効性を持ちません」
「帰属意識」と「自分らしさ」日米企業の課題は異なる
経営におけるインクルージョンの定義「社員が組織に属しているという感覚を持ちながら、同時に自分の価値や意見を発揮できている状態」、つまり「帰属意識」と「自分らしさ」という2つの軸に照らして日米を比較すると、対照的な姿が浮かび上がってくるという。
「日本企業は、長期雇用を前提としてきた歴史から、帰属意識が極めて高い。日本企業で働く人々は、みんな会社のことが結構好きなのです。『うちの会社』とふつうに言いますから。一方で、同質性が高く、異質な意見や価値観が表に出にくい傾向があるのも事実です」
それに対してアメリカ企業は、自分らしさの発揮は十分であっても、離職率の高さを見れば帰属意識は必ずしも高くないといえる。「嫌なら辞める、という前提があるからこそ、企業側は意図的にビロンギング(帰属意識)を高める施策を講じています。シリコンバレーのテック企業が、ロゴ入りTシャツを配ったり、それを着てピザパーティをやったりするのは、帰属意識を高めるための投資なのです」
同じ「インクルージョン」という言葉が使われていても、日米では前提となる課題が異なる。日本では「帰属意識」、アメリカでは「自分らしさ」への偏りが、それぞれの出発点になっている。
田中氏が2023年、S&P500企業の人的資本開示について調査した際に、エンゲージメントスコアと並んでインクルージョンスコア(インクルージョン・インデックス)を開示している企業は限定的とはいえ、「15社発見した」という。
たとえば、ゲーム開発会社のActivisionは、エンゲージメントスコアとインクルージョンスコアを別個の指標として測定し、前者は「総合的な満足度と当社で働くことを勧める可能性」によって、後者は「従業員が自分たちが公平に扱われ、会社に属していると感じ、本来の自分を仕事に発揮できると感じる度合い」によって測定している。また、従業員に「次の1年も当社にとどまることを楽しみにしているか」といったサーベイも実施するなど、“Belonging”への意識の高さがうかがえる。
クレジットカード会社のDiscoverでは、従業員の多様な声を把握するため、人種/民族、性別、LGBTQ+、障がい者、従軍経験の有無別に結果を測定している。このように、社会的インクルージョンの要素を強く含んだ広義の指標を用いる企業もある。アメリカにおいても、インクルージョンの定義や測定方法は一様ではなく試行錯誤の途上にあるのだ。「社会学上のインクルージョンは、ESG格付け機関からは評価されやすい。でも、経営戦略としての効力は、別途考えなければなりません。日本企業では、特にそうです」
変化対応を戦略とするならばインクルージョンを重視せよ
日本企業では、経営戦略としてのインクルージョンがなぜ重要なのか。田中氏は、その理由を「変化対応力」に求める。「前例踏襲でうまくいく時代であれば、多様な人材を包摂するインクルージョンは必要ない。同質性が高くて、指示通りに動いてくれる人を集めたほうが効率がいいのです」
実際、日本企業は1980〜1990年代、同質的な組織と前例踏襲によって成功を収めてきた。しかし、地政学リスク、技術革新、人口減少などにより不確実性が高まる現在、その前提は崩れている。同質性の高い組織は、多様な意見が出にくく、外部からの変化に脆い。不祥事が内部で隠蔽されやすいのも、その延長線上にある。
田中氏が名を連ねる内閣官房の非財務情報可視化研究会では、「人的資本可視化指針」の見直しを進める。改定前から経営戦略と人材戦略の連動を企業に求めてきた。さらに今後は国際基準を踏まえ、経営戦略の実現にあたり、「人的資本への依存・影響」「人的資本関連リスク・機会」を検討し、それがどのように財務的な価値に結びつくかを開示していくことが推奨されるという。
「今後問われるのは、たとえば事業ポートフォリオ転換といった経営戦略に対して、どのような人材を確保し、どう組織能力を高めようとしているのかを説明できるかどうかです。変化への対応という意味で、インクルージョンはその説明の中核に位置づけられるべき概念の1つだと思います」
Text=入倉由理子 Photo=今村拓馬
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