Works 193号 特集 採用のジレンマ
人手不足で転職率は変わったか? データで解く採用市場10年の変化
「人がまったく採用できない」「採用してもすぐ転職してしまう」。こうした声を人事から聞くことがよくある。労働市場はどの程度逼迫しているのか。転職する人は増えているのだろうか。
マクロの労働市場に詳しいリクルートワークス研究所研究員の坂本貴志は、「この10年、日本の労働市場が逼迫した状態にあるのは事実です」と話す。
失業率は、コロナ禍で一時的な変化はあったものの、2010年代後半以降は2%台半ばで推移している。2%台とは、概ね構造的水準と同様の数字と見られ、「ほぼ完全雇用の状況」(坂本)だ。このような状況が継続するのは、1980年代後半から1990年代前半のバブル期以来のことで、需給の引き締まりは緩む気配を見せない。「労働需要の強さは一貫しており、ここ10年で人手不足が構造として定着したといえるでしょう」(坂本)
景気をよそに人手不足が深刻化 シニアや女性という労働力も枯渇
日銀短観の「雇用人員判断D.I.」は人手不足の指標だ。調査対象企業に対し自社の雇用人員について「過剰」「適正」「不足」のいずれかを選択してもらい、「過剰」から「不足」の割合を引いて算出される。近年の雇用人員判断D.I.(全規模・全産業)はマイナス30台と多くの企業が「人手不足」感を持っている。
従来は、景気がよければ雇用が逼迫し、悪化すれば緩むというように、雇用人員判断D.I.と同じ日銀短観の「業況判断D.I.」はほぼシンクロしてきたが、2010年代半ば以降、両者の連動が崩れつつある。「景気はそこそこで、人手不足感だけが強まる状態が続いています」(坂本)
その背景にあるのは人口構造の変化だ。「少子高齢化により、働き盛りの世代の人口が急減しています。団塊世代の大量退職も重なり、景況感以上に人手不足が深刻化していると考えられます」(坂本)
この間、労働力人口は増えてきた。だが、それは女性とシニアの就業拡大によるものだ。「15~64歳の女性の就業率は2000年の56.7%から直近では7割超まで上昇しました。シニアも男性の60代後半の就業率は6割以上、70代前半でも4割以上と、主要先進国と比べても既にトップクラスです」(坂本)
しかし、坂本は「女性とシニアの労働流入は短時間労働が多く、これ以上の就業率の上昇も見込めないため、これから新規の労働力の獲得は難しくなる」と指摘する。女性もシニアも労働市場のプールとして、いよいよ期待できなくなっているのだ。
人口減少とAIによる代替の競争 貴重な「人」の適材適所は進まず
近年、AIやロボットによる省人化が進んで失業者があふれるという予測もあるが、「日本ではそうならない。人口減少による供給能力の低下のほうがスピードが速い」と坂本は言い切る。「日本は少子高齢化による人口減少先進国です。人口減少や現役世代の比率の低下に伴う人手不足が先に来るのか、AI・ロボットで労働を代替する体制が先に整うのか。その競争をしているのが現在地です。日本では多くの先進国が直面する、AIが雇用を奪うというシナリオにはならないと私は見ています」
逆にいえば、積極的にAI化、省人化を進めなければ人が足りずに経済が回らなくなる。「日本の課題は、人口減少の負の影響をAIやロボットでどこまで補えるか。限られた人員を取り合うのではなく、産業や企業を超えて人がやるべき仕事に適切な人材を配置したうえで生産性を高めていくことが、日本社会が持続可能であるための条件になっています」(坂本)
日本全体で人が動き、「適材適所」が進んでいるか。この点において、雇用の流動性を示す転職率はほとんど変化していない。
転職者比率の割合
出所:総務省「労働力調査」
総務省「労働力調査」による転職者比率(就業者のうち転職者が占める割合)は、2008年のリーマンショックを機に下がった後は、ほぼ同じ4%台後半にとどまっている(図上)。厚生労働省「雇用動向調査」でも一般労働者(就業者からパート労働者を除いたもの)の離職率は12~13%程度と変化はない。
「象徴的なのは、大手と中小、都会と地方の格差です。企業にインタビューすると、都市に本社を置く大手は中高年従業員を中心にいまだに人の過剰感を抱えていたりしますが、地方の中小では人が足りない・採れないという状況がより深刻です」(坂本)
つぶさに見ると、動きもある。20代の労働者のなかで、従業員100~999人、1000人以上の企業で働く人の離職率が2020年以降上昇傾向にある(図下)。
20代労働者の離職率の推移(企業規模別)
出所:厚生労働省「雇用動向調査」
「人がすぐ辞めてしまう」という企業人事の実感値は、「これまで離職率の低かった比較的規模の大きな企業の若手人材の離職率の上昇によるものではないか」と坂本は分析している。
また、勤続年数の短期化の傾向もあるという。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」をもとにした坂本の分析では、たとえば45~49歳では2000年の17.5年から2023年には14.9年と勤続年数が短くなっている。終身雇用の慣行が少しずつ変わってきていそうだ。「雇用の流動性という観点で課題があるとすれば、大企業を中心とした中高年社員の雇用が過度に硬直化していることだと思います。大企業のミドルシニア人材が人手を真に必要としている中小企業などに円滑に移行していくための取り組みが求められます」(坂本)
Text=入倉由理子
坂本 貴志
一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年10月よりリクルートワークス研究所に参画。
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