Works 196号 特集 人事のダイエット

【人事責任者座談会】人事の無駄の真因と解消法

なぜ「無駄」は生じるのか 適正な「無駄」とは

2026年06月26日

【人事匿名座談会】人事の現場から見た、リアルな人事業務の無駄に続き、次は人事リーダーたちの視点で「無駄」の真因とその解消のヒントを探るべく、Works誌編集アドバイザリーボードに参集してもらい、議論した。

人事リーダーの写真

日本型雇用の副作用

佐々木貴子(以下、佐々木):まずは皆さんから調査についての実感と、それがなぜ生まれているのか、各社の状況も踏まえてお話しいただけますか。

曽山哲人氏(以下、曽山):「組織に根付いた慣行、お作法」の無駄は、よく他社の方からも聞きます。

日本企業と外資系の両方を経験している人の話を聞き、特に印象的だったのは、一部の日本企業の異動の仕組みの課題です。年に2回などタイミングが固定され、人が足りなくても、必要な人材がいても、そのタイミングまで動かすのを待たなければならない。この構造自体が、組織のスピードを遅らせる要因になります。若い人材に役割を与えたくても、年功的な構造によってポジションが詰まっている。これらは構造として無駄があると感じます。

平松浩樹氏(以下、平松):日本企業の多くは、長い間、年功的な仕組みと終身雇用を前提にしてきました。昇格や配置も会社が決めるのが当たり前で、社員はそれに従う。その結果、順番にポストを用意しないとモチベーションが維持できない構造になっていました。極端な例でいうと、昇格させるためにポジションを分割する、階層を増やすこともあります。結果、意思決定のレイヤーが増え、明らかに非効率になります。しかし、その非効率も含めてシステムとして成立しており、安心して働ける環境と引き換えに無駄が内包されていたともいえます。

佐々木:「無駄」は、日本型雇用の仕組みを維持するための副作用でもあるということですね。

平松:私たちは、そこを根本から変えました。従来のように「人に合わせてポジションを作る」のではなく、「戦略に必要なポジションを定義し、それに人を合わせる」という考え方にしたのです。その結果、必要な人材は社内外から獲得し、ミスマッチがあれば再配置する、場合によっては活躍の機会を外に求めてもらうことも含めて、流動性を前提にした仕組みに移行しました。

社員の側にも「自分で選ぶ」という前提を求めています。中途半端にやると混乱するので、ポスティング制度を徹底し、常に選択肢がある状態を作ったことで、「とりあえず従う」という姿勢は減り、制度に対して主体的に向き合うようになってきました。

人は本来、成長したいし挑戦したいという気持ちを持っている。ただ、それを抑えるような制度や空気があると、自分で考えなくなる。そこを取り払うことで、行動が変わっていくと考えました。

意図のすれ違いによる惰性

佐々木:ほかに無駄が生まれる理由はありますか。

日髙達生氏(以下、日髙):いくつかのパターンがあるように感じています。

1つは、全体設計が不十分で、結果として実行されず徒労に終わる場合。本社主導での標準化や集約も、経営視点からは明らかに合理的でも、現場の個別事情から反発が生まれ頓挫するケースがあります。もう1つは、目的や趣旨が十分に共有されず形骸化する場合。時代に合わなくなり思い切ってやめる判断をすべきものが、施策開始時の背景や意図が引き継がれておらず惰性的に続いてしまい生まれる無駄です。このように時間軸や空間軸のズレから、結果として「無駄」と認識されてしまうこともありそうです。そう考えると、「削る」というアプローチだけではなく、期待値調整やコミュニケーション、あるいは実行力向上といった別の視点も必要なのではないかと感じました。

佐々木:人事と現場の視点が違うというのも、その必要性を感じさせます。

日髙:定期異動制度もそのいい例かもしれません。現場からは無駄や非生産的だという声もある一方で、人事視点からは合理性がある。たとえば、会社都合の異動で本人の知らなかった領域で多様な経験が積める。好みによらず、バランスのよい経験を積むことで、将来の経営人材になり得る。タレントマネジメントの観点から見ても、メリットがあります。そう考えると定期異動も、無駄ではなく意味のある仕組みといえると思います。

三木祐史氏(以下、三木):人事から見ると、異動の調整そのものの複雑性に直面するケースが多いと思います。特にメンバーシップ型の組織では、配置の調整が連鎖的に発生し、最適解を見出しにくいなかで延々と調整が続いてしまいます。一方で現場からすると、本人の納得感が十分でない場合、不満につながることもあります。この2つは同じ「異動の無駄」でも意味合いが違うと思います。

加藤司氏(以下、加藤):見直しにあたっての思い切りの悪さが無駄を生んでいます。かつて在籍していた会社で、人事機能を半減させるという方針が出たことがありました。そのとき各部門で見直しに取り組んだのですが、完全に削れるものは意外と少ない。多くの業務は、「やったほうがいい(Better to do)」という理由で積み上がっている。誰かの要望があり、それに応える形で作られたものなので、完全に不要とは言い切れません。しかし、それが積み重なることで、仕事が肥大化していきます。「これをなくしたら誰が困るのか」を考えると、必ず何人かは困る人がいる。そのため、やめる判断ができません。また、やっている側にも「意味がある」と思っている部分があるので、手放したくないという心理も働きます。

平松:「無駄」という言葉には、「不公平ではないか」という感覚も含まれていると思います。「なぜあの人が上がって、自分は上がらないのか」という不満は必ず出てくる。ただ、それに対して「彼は自分で手を挙げてそのポジションを取りにいったのだ」と説明できれば、それはフェアになり、無駄なコミュニケーションが起こりません。

曽山:一人ひとりへの配慮や公平性を担保しようとすると、ルールで解決しようとしがちです。その結果、複雑性が増し、そこから抜け出せなくなります。一方で、成長局面にある企業は比較的シンプルな制度を採用し、個人に委ねる部分が大きいため、システムとしては軽いですよね。

佐々木:複雑性の罠、ということですね。

エネルギーとしての無駄

佐々木:無駄を削る一方で、組織を動かすエネルギーとしての「無駄」をどう残すべきでしょうか。

三木:我々のように多様な事業を抱えている企業では、そもそも人事制度を一本で通すだけでは、多様な事業特性を十分にカバーしきれない場面もあります。その「隙間」を埋めるために、組織開発や人材開発が存在しているという感覚が強いです。

当社は従来、飲み会や食事会などを通じた交流の機会が多く、それによって部門を超えたコミュニケーションが生まれたり、普段交わらない領域の知見がつながったりします。実際、過去にはそうした偶発的な交流から新しい発想が生まれたという話もある。単純に無駄・非効率として切り捨てるものではないように思います。

佐々木:効率性だけでは測れない価値がありますね。

三木:新入社員研修も同じです。発祥の地である延岡市の拠点に全員を集めて実施しています。その土地の歴史や企業の成り立ち、社会との関係性を体感することで、「なぜこの会社にいるのか」という意味付けができる。実際、コロナ禍で一度中断した後に復活させたところ、新入社員の配属後のストレス度が軽減したという傾向が見られています。

佐々木:外資系ではタウンホールミーティングが一般的ですが、「無駄」とは捉えられません。

曽山:やはり「意味を感じるかどうか」だと思います。

もう1つは、「関係性の質」という観点です。私はこの20〜30年で、日本の企業は明らかに関係性の質が希薄化していると思っています。私たちの会社では、飲み会や部活動、運動会など、経営層も参加して意図的に関係性を作る仕組みを持っています。それらはエンゲージメントの向上に一定の寄与があると考えています。ただし、重要なのは「強制しないこと」です。昔のように、上司に連れられて飲みに行く、といった形では、かえって逆効果になりかねません。

平松:1on1など上司と部下の対話も、単に形式として行っても意味がありません。人事制度を大きく見直すなかで、「パーパス」を軸に据えました。個人が何を実現したいのか、組織がどこに向かうのか。その接続を対話のなかで作ろうとしています。

堀川拓郎(以下、堀川):先に話が出た「複雑性の罠」でいえば、リクルートではその複雑さ自体がある種の「意味ある無駄」として機能しているように思います。複雑な評価や配置、育成などに対する納得性を担保するために、非常に多くのコミュニケーションコストをかけています。効率だけを考えれば無駄だとしても、そのプロセスを通じて組織の納得感や一体感が形成されている側面もあります。

加藤:確かに、労働組合との調整を徹底的に行い、合意形成を図るというプロセスは、時間がかかります。しかし、そのプロセスを経ているからこそ、一度決まった施策が組織にしっかりと根付く。「時間がかかったこと」を無駄と見るのか、それとも必要な投資と見るのかで、評価は大きく変わります。

「削る」作法

佐々木:このような構造のなかで、「削る」という意思決定はどのように行われているのでしょうか。

平松:基本的には、ある程度トップダウンでやらないと進まないと思います。一つひとつの施策を現場で合意形成しながら見直していくと、どうしても時間がかかり、結果として何も変わらない。そのため、「何割削減する」といった目標を先に設定し、一気に進める。そのなかで必要なものと不要なものを見極めていくしかありません。

堀川:確かに全社的に削減目標が設定されると、一気に動きます。これまで積み上がってきて、コミュニケーションコストの高さゆえに手つかずになっていたものが、トップの意思で一気に整理されます。

曽山:「一度やめてみる」という判断も大事ではないでしょうか。無駄を意図的に捨てる仕組みとして、「捨てる会議」というものを定期的にやっています。会社が大きくなると、どうしても過去の施策が積み上がっていくので、4〜5年に一度、意図的にそれを見直します。やめてみて問題が出れば、作り直せばいい。その前提があることで、思い切って捨てることができる。逆にいえば、「一度やめたら戻せない」という前提だと、何も捨てられなくなります。

佐々木:組織の成長段階や事業環境の変化に応じて、必要なものは変わります。常に動的に「やめること」と「やり直すこと」をセットで考える必要があるということですね。そして、無駄は単なる非効率ではなく、複雑性の副産物であり、公平性や納得性を担保するためのコストでもあり、場合によっては組織の機能や文化を支える要素でもあります。何を削り、何を残し、何をやり直すのか。その判断こそが、これからの人事に求められているのではないでしょうか。

Text=入倉由理子 Photo=今村拓馬

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