Works 193号 特集 採用のジレンマ

人材獲得競争を勝ち抜く報酬設計|日本企業の課題と市場価値の重要性

2026年01月20日

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役員や幹部職の採用にあたり、報酬の設定に悩む日本企業は少なくない。グローバルでの人材獲得競争が激化するなか、競争力を高める報酬制度をどう設計すべきか。WTWの森田純夫氏に、最新動向と日本企業の課題を聞いた。

森田純夫氏の写真

WTW Work & Rewards日本代表 マネージングディレクター取締役
森田純夫氏大手損害保険会社を経てWTW 入社。国内外の経営者報酬制度・0人事制度に関し、25 年余にわたる豊富な実績を有する。グローバル0な制度設計・運用支援やクロスボーダーM&Aに関する経験も豊富。


欧米企業のCEOの高額報酬がしばしば話題になるが、日本の経営層の報酬水準はどのように変化しているのだろうか。

日本でもCEOの報酬は高額化 欧米企業をベンチマークに制度設計

WTWでは、毎年、開示情報をもとに日本と海外のCEO報酬水準を比較調査している。日・米・英・独・仏の5カ国における売上高1兆円以上の企業を対象とした最新の2025年調査によると、日本のCEO報酬は中央値で3.0億円と、10年前の1.3億円から大幅に上昇している。しかも上位25%の企業では5.1億円、上位10%の企業では8.0億円に達しており、日本でも高額報酬の企業が増えてきていることがわかる。

背景には、2015年のコーポレートガバナンス・コード策定以降、経営者報酬制度の改革が進んだことがある。同社マネージングディレクターの森田純夫氏は、「特に報酬の構成が変わってきたことが大きい」と指摘する。「経営者報酬は、主に『基本報酬』『年次インセンティブ』『長期インセンティブ』で構成され、基本報酬が固定給、年次インセンティブがいわゆる賞与に相当します。長期インセンティブにはいろいろなタイプがありますが、ほぼ株式報酬だと考えてよいでしょう。日本の大企業を見ると、中央値で概ね3分の1ずつの割合ですが、高額報酬の企業ほど賞与や株式報酬など業績連動報酬の比率が高く、上位10%の企業では、特に株式報酬が61%と非常に高くなっています。つまり株式報酬の厚みを増やすことで、報酬水準全体を引き上げているのです」

海外の主要企業も総じて株式報酬の比率が高く、それが高額報酬につながっている。たとえばS&P500企業では、株式報酬の比率が73%(中央値)にも達している。日本でも、このように欧米企業の市場水準をベンチマークとして、グローバル市場を意識した報酬制度設計を行う企業が出てきている。

もっとも、こうした企業はまだ一部にとどまる。報酬水準を国際間で比較すると、日本の3.0億円に対して、ヨーロッパ企業は9億~10億円程度、アメリカ企業は23.3億円と、依然として大きな開きがあるのが現状だ。

「公平性」にこだわると 優秀人材を獲得できない

では、従業員の報酬はどうか。報酬水準が上昇傾向にあるなかで、優秀な人材を外部から採用するには、マーケット価格を意識せざるを得ない。しかし、日本企業には長期安定雇用を前提に公平性を重んじる文化が根強く、新規採用者と現職者の報酬ギャップが生じることを嫌う傾向が強い。「自社の水準を大きく超える金額で採用する日本企業は、それほど多くはありません。執行役員クラスについては母数も少なく流動性も低いため、あまり問題になることがありませんが、悩ましいのは、その下の従業員層ですね。特にAI・デジタル、リーガル、コンプライアンスなど特定分野の専門スキルを持つ人材は市場価値が高く、従業員層のなかでも報酬の相場が異なります。もともと高い報酬をもらっている層を外部から引き抜く際、自社の従来の水準でオファーしたために、決断してもらえないということが起こり得ます」

企業としては「報酬で釣りたくない」という意識から、低めにオファーを出して様子を見ることもあるが、それではなかなか採用に結びつかない。結果として、契約社員のような例外的な扱いで対処するか、採用を見送るしかないケースもある。

既に日本でも人材獲得競争は激化している。外資系企業などはアグレッシブな報酬を提示しており、様子見をしている日本企業は、人を採用できないという事態も起き始めている。「自社のほかの社員との報酬ギャップを気にするあまり、あえて市場水準よりも低い額を提示するようなことは、職種別の相場が確立しているアメリカではなかなか考えにくい状況です。新しい技術に携われる、責任ある仕事を担えるなど、確かに企業を選ぶ理由は報酬だけではありませんが、その他の理由があっても報酬の低い企業に移ることは現実的ではない。グローバルでの採用競争に勝つには、日本企業も積極的に報酬を上げていくべきでしょう」

報酬を上げても リターンが生まれる会社に

とはいえ、一律に報酬を上げるだけではコスト増につながる。重要なのは、「報酬を上げてもリターンを得られる組織」へと変えていくことだ。貢献度の高い人に高い報酬を支払うという原則を徹底し、人員の適正化や管理職層の構成の見直し、パフォーマンスに応じた賞与設計など、抜本的な改革が必要になる。「アメリカやヨーロッパの企業も、コスト管理は非常に厳格です。報酬水準は市場相場をベンチマークにし、詳細な調査をもとに競争力のある水準を設定しています。昇給についても枠を決めて、バジェットの範囲内で厳格に運用しています。厳しいコストの制約があるからこそ、利益を出すためにM&Aや人員削減、新規ビジネス展開など、強い危機感を持って思い切った変革に取り組んでいく。よくも悪くも、この点は日本企業との大きな違いだと思います」

こうした企業に対抗するには、日本企業も、市場価値に基づく戦略的な報酬設計が不可欠だ。しかし、森田氏は「冷静に市場水準を見極められていない企業も多い」と指摘する。

たとえば報酬サーベイを行っても、自社の水準を市場価格と紐づけられないケースがある。そもそも職種や職責の整理がされていないため、「自社の部長クラスは大体これくらい」といった大まかな把握しかできないからだ。

また、「市場」の定義を同業他社に限定し、企業間の情報交換により水準を設定しているケースも多いが、求める人材は業界を超えて存在するはずだ。より広い視点で市場を見定める必要がある。「これからは日本企業も報酬の決定権を現場に委譲することが必要になるでしょう。中央集権的に人事部が報酬水準を管理すると全体の調和という視点に偏り、この人材ならいくら払うべき、という投資的な判断ができず、処遇の力を生かし切れません。なぜあなたの報酬はこの額なのか、マネジャーが責任を持って説明することで納得感が高まりますし、併せてパフォーマンスを上げるための会話もできます。部下の報酬を決めることは、人材マネジメント上、本来、極めて重要なプロセスであるはずです」

日本企業の課題として、役員報酬の改革は大幅に進んだが、従業員の報酬については賃上げやジョブ型の議論こそあれ、旧来方式の延長線で運用されているケースが多いという。従業員報酬についても、単なる報酬の引き上げ幅の議論にとどまらず、役員の報酬体系と一体的に捉えるような視点で、中長期の成長につながる戦略的な報酬設計が求められている。

Text= 瀬戸友子 Photo= 刑部友康