Works 194号 特集 適材適所の葛藤

「自己選択」の仕組みによる、キャリア自律と適材適所の実現

2026年03月13日

適材適所の実現において、キャリア自律の重要度が増してきた。働く人のキャリア自律をどう促し、人事制度とどうアラインメントさせるのか。法政大学教授の武石惠美子氏に聞く。

武石惠美子氏の写真

法政大学 キャリアデザイン学部 教授
武石惠美子氏

1982年労働省(現・厚生労働省)入省。ニッセイ基礎研究所、東京大学助教授を経て、2006年より法政大学キャリアデザイン学部助教授。2007年より現職。専門は人的資源管理論、女性労働論。著書『キャリア開発論』(中央経済社)など。


日本企業は自社にふさわしい人材を採用し、人事異動を繰り返して企業特殊的な能力を身につけさせ、個々の能力が適切に発揮される場で活用してきました。いわば組織主導の適材適所です。しかし、少子高齢化による人口構造の変化、年齢や性別、スキル、価値観などにおける人材の多様化、DXなど技術の変革といった3つの局面で経営環境が激変するなか、組織主導の管理や育成は時代に合わなくなってきたと考えています。その実態を解明し、解決策を探ろうと、個人調査*1を実施しました(詳細は、2019年10月に発表した論文「適材適所を考える:従業員の自律性を高める異動管理」参照)。

私の仮説は、個人の自律的なキャリア意識や行動が、組織主導ではなく、個人主導の人事管理制度と関連しているのではないか、というものです。

個人が適材になる・選べる 仕組みが必要

同調査では、個人主導型の人事管理制度として、①自己選択型の配置・異動、②個別プラン型の能力開発、③基準明確・成果型の評価、④キャリア支援策の充実度、という4つを指標化しています。

結果は以下の通りです。「自己選択型の配置・異動」の実施率は比較的高いものの、「社内公募」は37%であり、「本人同意の異動」「本人の希望や事情を優先する異動」の実施は3割に満たなかった。「個別プラン型の能力開発」は3分の1程度が実施している。「基準明確・成果型の評価」の実施割合は比較的高い。「キャリア支援策の充実度」は「なし」が38.2%だった。これらによって、日本企業のキャリア開発は、組織主導型の色彩が強いことが確認できました。

制度の効果を測定するアウトカム指標としてのキャリア評価(キャリア満足と仕事満足)は、前述の人事管理制度に関する4つの制度の指標との関連が大きく、制度が充実していることがキャリア評価を高めると確認されています。

また、同調査ではキャリア自律意識についても分析しています。具体的には、「自己志向:キャリアの自己決定」「価値優先:自身の価値観を優先したキャリア選択・行動」「バウンダリーレス思考:自身の組織の外への関心」の3つの指標を挙げました。まず「自己志向」については、「自己選択型の配置・異動」「基準明確・成果型の評価」「キャリア支援策の充実度」の3制度、「価値優先」の指標は、「自己選択型の配置・異動」「個別プラン型の能力開発」「基準明確・成果型の評価」の3制度、「バウンダリーレス思考」の指標は4つの制度すべてが有意にプラスとなりました。このうち、「自己選択型の配置・異動」は3つの指標すべてに対して有意水準が高く、4つの制度のなかで最もキャリア自律意識を高める制度だといえるでしょう。

これまでの多くの日本企業の人事の仕組みは、組織が選抜した人材を人事権によって配置し、組織が目指す人材に育成して組織運営を行うという意味で、「Make型」の人事管理でした。しかし、これからは個人が自らの今後を見据えて組織に貢献する人材に育ち、パフォーマンスを発揮するという意味で、「Become型」の要素を加味すべきでしょう。そのうえで、これからの適材適所の人事には、組織による「選抜」に、個人による「選択」の要素をどう加えていくかが重要になります。具体的には、①個人の希望と経営目標・戦略とのすり合わせ、②キャリア開発・学習支援策、③やりたいことを「選ぶ」というマインドセットとスキル向上、そして、④公募制度や社内FA制度など、個人が適材に「なる」「選べる」ための仕組みを作ることが必要になると結論づけました。

他国に比べて極端に低い 日本人のキャリア意識

この調査を実施して以降、人事異動における個人の選択の重要度は確実に高まってきたと思います。

日本人のキャリアに対する意識は国際比較で見るとかなり遅れています。私たちが2023年に行った国際調査*2(図1)によると、まず「自分のキャリアを決めているのは自分だと思う」という設問に対し、「当てはまる」「どちらかというと当てはまる」の割合は、アメリカが最も高く78.2%、次にドイツ76.4%、そしてイギリス73.5%、フランス71.2%といずれも7割を超えていますが、日本は50.1%にすぎません。また、「これまでのキャリアに満足している」という項目に対し、「当てはまる」「どちらかというと当てはまる」の割合はアメリカ73.0%、イギリス69.7%、フランス66.5%、ドイツ66.1%に対し、日本は33.6%と、他国の半分程度の数値になっています。こうした状況にあって、白紙の状態で自分のキャリアを描いてみてくださいと伝えたとしても、すぐに対応できる人は少なく、キャリア自律の実現は道半ばです。

[図1]自分のキャリアを決めているのは自分だと思う[図1]自分のキャリアを決めているのは自分だと思う*1:2017年に実施した従業員規模500人以上の民間企業の正社員、大卒以上25~39歳男女3093人を対象とした調査。
*2:ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト「ホワイトカラーの働き方や就労意識に関する国際比較調査」(2023年)
出所:ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト「ホワイトカラーの働き方や就労意識に関する国際比較調査」(2023年)

同時に、「適所」が変化していることも考えなくてはなりません。社会の変動が小さければ、たとえば四角の枠がある場所に、四角い人材をはめ込むのが適材適所だったかもしれませんが、今はその「枠」の形がどんどん変わっていきます。結果、静的な動かし方ではない動的な動かし方、つまり、変化していく枠に対応できる人材、あるいは枠そのものを社会の変化に合わせて変えていく力を持つ人材を育てて配置することが求められています。

昨今、旧来のメンバーシップ型からジョブ型人事への移行を志向する企業が増えています。ただ、四角の枠というジョブが形を変え丸くなってしまうとすれば、ジョブに人を当てはめるジョブ型雇用を再考する必要がありそうです。一方のメンバーシップ型雇用では、枠が四角から丸くなったら四角だった人材がいつの間にか丸くなっているというように、変化への対応が得意であり、改めて見直される可能性もあるでしょう。

とはいえ従来のメンバーシップ型に戻ればいいのかといえば、そうではないと思います。

社員のキャリアビジョンや希望に意を払わずに担当の変更や転勤を言い渡してきたのが、メンバーシップ型人事だとしたら、目指すべきは、メンバーシップ型とジョブ型の融合です。キャリア自律というと、ジョブ型人事と親和性が高そうに思われがちですが、私はメンバーシップ型でもキャリア自律はあり得ると思っています。

この実現には、人事の役割は大きいでしょう。まず、自社や今の事業は何のために存在するのかというミッションやパーパスの重要性が増していきます。組織が取り組んでいることと自分がやりたいことがつながっているという感覚が人と組織を結びつける大きな原動力になります。これをしっかりと発信していかなければなりません。

そのうえで、人事がキャリア選択の材料や選択肢を本人に与えて「自己選択」の仕組みを作り、たとえ組織からのオファーであっても最終的には自分がこれを選んだと納得できる状況を作ることも、キャリア自律の1つの姿だと思います。

※「葛」は正しくは旧字体/下が「ヒ」

Text=荻野進介 Photo=今村拓馬