Works 196号 特集 人事のダイエット

CHROは人材の可能性を最大限に引き出す場を作り、無駄を解消せよ

2026年06月19日

日本の人事はなぜ無駄が多いのか。経営と人事の意識の乖離や、日本特有の均等主義など、構造的に無駄が生まれるメカニズムを、コンサルティングを通じて多くの企業の実例に詳しい野村総合研究所の青嶋稔氏に聞く。

青嶋 稔氏

野村総合研究所
コンサルティング事業本部 エグゼクティブパートナー
青嶋 稔氏

大手メーカーにてトップセールス、新規事業開発等に従事後、2005年に野村総合研究所入社。グローバル製造業に対する中期経営計画、事業戦略、営業改革、M&A戦略立案、買収後の統合戦略などを数多く担当。


人事組織における最大の問題は、経営の意識と実務の内容が大きく乖離している点にあります。日本の人事は基本的に人を均等に扱う傾向が強く、欧米企業のように、限られたリソースを注力すべき領域に集中させるという割り切りが十分にできていません。本来、均等であるべきは機会であり、処遇まで一律である必要はありません。しかし、成果を上げている人材に厚く報いる仕組みになっていないため、かえって不平等が生じています。そして、その不平等を調整するために膨大な時間が費やされているのが実情です。

さらに、日本企業特有の人事慣行も無駄を増幅させています。新卒一括採用や定期異動など、人事部門は常に「イベントドリブン」で動き、その対応に追われています。本来であれば戦略に基づいて人材配置を考えるべきところが、実際には「この人を動かせば次は誰をどこに配置するか」という玉突き人事の調整業務に多くの時間を費やしています。

このように、長年にわたり守りの業務を中心に担ってきた人事部門に対して、戦略的な役割を求めても、短期間で変革することは容易ではありません。そのため、既存の人事部門とは別に戦略人事部門を新設する企業も見られます。

しかし、この対応も必ずしも有効な解決策とはいえません。2つの人事機能が並立すると、どうしても役割が重複してしまうからです。たとえば戦略人事が組織改革を主導しようとしても、労働組合との調整窓口は既存の人事部門にあるため、戦略人事の担当者が折衝のサポートに入らざるを得ないといったことが起こります。重複業務が増えて非効率が生じるほか、中間領域に落ちたボールをどちらが拾うのか、責任の所在が曖昧になります。

戦略に応じた施策を打ち 魂なき導入から脱却すべき

欧米企業と日本企業の違いは、こうした点に端的に表れています。化学メーカーのレゾナックは経営改革を進める過程で、世界のトップ企業と自社の経営チームを比較・検証したところ、欧米企業と比べて最も見劣りしていたのがCHROの役割だったといいます。欧米企業においてCHROは、企業文化の醸成を明確な責務として担っています。すなわち、戦略を実現するために必要な組織や人材のあり方を定義し、それに基づいてカルチャーを設計・浸透させることが人事の中核的な役割として認識されているのです。

一方、多くの日本の人事は、暗黙知に依存したハイコンテクストな文化を維持することにとどまりがちです。日本ではよく「うちの会社は」という表現を使いますが、新卒入社など長く在籍する社員には通じても、キャリア入社者にはそのニュアンスが伝わりませんし、ましてや外国人社員には到底理解できません。マッキンゼーが提唱する組織分析の「7S」でいえば、日本企業の人事はハードの3S(戦略、組織構造、システム)には熱心ですが、ソフトの4S(共通の価値観、スキル、人材、組織風土)への取り組みが弱く、戦略伴走機能が十分に備わっていません。

結果として、ジョブ型への移行やタレントマネジメントシステムの導入など、そのときどきに流行している施策に取り組んでも、形骸化してしまうことが少なくありません。たとえばMBOでは達成率100%を目指すあまり、目標を低く設定してしまう。1on1も実施することが目的になり、本来の対話の価値が得られていない。いずれも制度やツールを導入すること自体が目的化し、戦略との結びつきが曖昧なまま運用されるからです。このような魂なき導入では、形を整えることに多大な労力を費やす一方で、本質的な価値を生み出すことにつながりません。

個人の能力に依存せず、戦略に必要な役割を定義する

では、人事の無駄を解消するためには、何が必要なのでしょうか。私はまず、戦略に基づき役割を定義することが必要だと考えています。日本企業は従来、メンバーシップ型雇用のもと、偶発的に現れる特定の優秀な個人に頼り、定期異動でうまく人を回すことで成果を上げてきました。しかし、多様な役割を1人で担える人材は限られており、意図的に育成することも容易ではありません。したがって、個人の能力に依存するのではなく、その人が果たしていた機能を分解し、複数の役割として再定義することを検討すべきです。戦略に応じて必要な役割を明確にし、それに基づいて人材育成や評価を行うことが不可欠です。

もっとも、こうした課題への対応として、直ちにジョブ型へ移行すべきかといえば、私は必ずしもそうとは思いません。経営環境やビジネスモデルなどの変化によって必要な役割は常に変わります。厳格なジョブ型では、その役割が不要になれば解雇となりますが、日本には人を中心に考えるカルチャーがあります。であれば、無理にジョブと人を固定するよりは、日本のメンバーシップ型のよさを生かした仕組みに変えていくほうが合理的でしょう。今求められる役割とそのために学ぶべきことを明確にし、役割に対して社員に手挙げをさせる公募型の仕組みも有効な手段となるでしょう。

部門への権限移譲もさらに進めていくべきです。人事権の所在については議論の余地がありますが、少なくとも評価の運用や原資の配分については、ルールを決めたうえで、もっと部門に移譲してもよいのではないでしょうか。それによって人事は細かな調整から解放され、戦略的な課題に集中できるようになります。AIを活用して、個人の意欲と組織のニーズをマッチングする仕組みを構築すれば、これまで人手で行っていた調整業務の多くを自動化することも可能です。

何より重要なのは、挑戦できる環境を整備することです。挑戦する人材をいかに増やすかという視点が求められています。

多くの企業で、経営は「挑戦せよ」「変革せよ」とメッセージを発していますが、実際の評価制度は減点主義に偏っており、挑戦した人材が正当に評価されていません。挑戦の難易度やそこから得られた学びを適切に評価できるマネジメント層も不足しています。社員は皆、「挑戦したら損だ」という現実を見抜いており、リスク回避的な行動を取るようになります。

若手社員の挑戦意欲が低いと指摘されることもありますが、実際には、挑戦を許容し、評価する環境が整っていないことが問題です。人事が担うべきは、まさにこの構造を変えることです。挑戦する人材を増やし、その挑戦を正当に評価する仕組みを作ることこそが、本来の役割といえるでしょう。

人事の仕事は、もはや調整にとどまるものではありません。戦略を実現するための文化を設計し、人材の可能性を最大限に引き出す、ひいては経営とともに価値を共創することが叶う「場」を作ることにあります。人事がその本質的な役割に集中できたとき、多くの無駄は自ずと解消されていくはずです。

Text=瀬戸友子  Photo=刑部友康

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