Works 192号 特集 2026年-2035年 次の10年 雇用の未来を描く

経験ゼロの女性がDXの担い手に ある地方の建設会社の挑戦

2025年11月13日

研修会の様子と女性が現場で働く様子の写真2018年に開催した「ICT 土工」導入のための研修会(写真左)。実際に現場で測量にあたる林氏(写真右)。現在では女性も積極的に現場に入る。

沼田土建(群馬県沼田市)は、女性社員が中心となってDXを進めてきた。この結果、男性主体だった現場が多様化しただけでなく長時間労働の抑制が実現し、「常に現場に張り付く」という業界特有の働き方までもが変わり始めている。


同社は2018年、取締役社長の青柳剛氏がDX推進の「キックオフ宣言」を出し、吉田美由紀氏が企画室長として推進役を担うことになった。副社長の武田寛氏はDXに踏み切った理由について、「技術者の高齢化が進む一方で若者が県外に流出し、技能を継承する人材を確保しづらくなりました。DXによって技能伝承や業務効率化を進め、さらに女性や土木・建築学科以外の学生ら、幅広い働き手も集めたいと考えました」と説明する。

吉田氏は結婚を機に医療メーカーを退職し、3年の専業主婦期間を経て、建設業界に入職。約20年前から沼田土建で働いている。企画室の立ち上げにあたり、同社を結婚退職していた林直子氏の能力を見込んで声をかけ復職してもらい、企画室で建設ディレクターとして働いてもらうことになった。

最初に着手したのは、3次元の測量データや設計データを活用し、自動制御の建設機械で掘削などを行う「ICT土工」の導入だ。研修会を開いて資材置き場に土や機材を運び込み、社員にICTとはどんなものかを体験してもらうことからのスタートだった。

「私や林を含め全社員がICT未経験で、同じレベルから始められたことが成功につながったと思います」と、吉田氏は振り返る。

吉田氏も林氏も現場経験はなかったが、ベテラン技術者もICTについては「初心者」で、お互いにスキルや経験の差を意識せずに話し合うことができた。同社には以前から、業界に先駆けて3次元施工に取り組むなど新しいことに挑戦する気風があり、中高年の社員もICTに対して「前向きな興味」を持ってくれた。

「社員が部署の違いや役職を超えて、ICTという『技術』にフォーカスし、『ここがよかった』『ここは課題が残る』と自分の言葉で語りながら習得していったことも、大きな収穫でした」(武田氏)

取り組みは業界関係者や行政から注目され、視察や講演依頼も相次いだ。社外の評価も、社員のICTへのモチベーションを高めたという。

ICTを活用し遠隔で立ち会う 現場の働き方も柔軟化

社長の青柳氏が、現場経験の乏しい女性たちにDXの推進を任せたのは、「建築物は女性や障がいのある人も含め、誰もが利用する社会インフラであり、すべてのユーザーが使いやすいものを提供するにはつくり手側も多様であるべきだ」との考えが根底にあったからだ。

また男性主体の現場は言葉遣いが乱暴になったり、同質性が高く「あうんの呼吸」で話が通じるために言葉足らずになったりしがちだ。未経験の女性が入ることによって丁寧なコミュニケーションが生まれ、多様な人材を受け入れる素地がつくられるのではないか、との期待もあったという。

「ベテラン社員に質問する機会も多いですが、みんな丁寧に説明してくれます。素人の私に『そんなことも知らないのか』と声を荒らげても仕方がないとわかっているのでしょう」(林氏)

このほか従来、現場担当者が行っていた書類作成業務を軽減するシステムや、ウェアラブルカメラなどで遠隔地から現場に立ち会えるシステムを企画室主導で導入した結果、現場の働き方が柔軟化され、長時間労働も抑制できるようになった。

業界では、特に現場監督に関して「昼夜を問わず現場に張り付く」という慣習が残り、「女性は現場監督を担えないので、昇進もさせられない」と決めつける経営者も少なくない。このため青柳氏が会長を務める中小建設会社の団体「全国建設業協同組合連合会」は、従来の働き方からの脱却を目指し、遠隔で現場に立ち会う体制の構築や、退勤から出勤までの間を最低11時間空ける「勤務間インターバル」制度の導入、出産などで離職した女性の再就職などを支援すると発表した。

測量などで現場に入る機会も多い林氏は、「働く環境さえ整えば、女性も男性と同じように、キャリアの幅を広げるためのスキルを身につけることは可能です。性別ではなく個人の希望や能力を見て、業務をアサインしてほしい」と語った。

2024年、建設業界に長時間労働の上限規制が適用され「DXに積極的に取り組んで働き方を変えなければ仕事が回らなくなる、という危機感は強まっています」(吉田氏)。同時に、柔軟な働き方を広めることや経営者のマインドを変えることなど、取り組むべきことは多いといえそうだ。

Text=有馬知子 Photo=沼田土建提供