Works 196号 特集 人事のダイエット

効率化のみの追求は組織の損失 職場のソーシャル・キャピタル再考

2026年06月19日

人事の無駄を削るとき、見落としてはならないのが職場の関係性だ。一見非効率に見えることも、組織力を支える資源となり得る。職場のソーシャル・キャピタルを研究する経営学者の西村孝史氏に聞く。

西村孝史氏

東洋大学 経営学部 経営学科 教授
西村孝史氏

メーカー勤務後、2008年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。東京都立大学准教授等を経て2025年4月より現職。専門は人的資源管理論、組織行動論。著書に『職場のソーシャル・キャピタル』(中央経済社)ほか。


人事の無駄を削減する際には、留意すべき点があります。一見すると非効率に見える取り組みのなかにも、実は職場の組織力に深く関わる重要な要素が含まれている場合があるからです。

その1つが、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)という視点です。ソーシャル・キャピタルとはもともと社会学の概念であり、誰と誰がどのようにつながっているかを点(人)と線(関係性)のネットワーク構造として捉えるものです。点と点が何本つながっているかという関係性の多さや、ネットワーク全体のなかでどれだけ中心に位置しているかという中心性など、さまざまな指標によって分析されます。

目先の成果を求めすぎると組織の基礎体力を損なう危険も

しかし、企業組織において誰と誰がつながりがあるか、個人の詳細な交友データを収集するのは、携帯のアプリやネームタグで測定できる商品はあるものの、プライバシーの観点から研究者が観察するのは容易ではありません。そこで私は経営学、とりわけ人的資源管理(HRM)の観点から、線の上で何がやり取りされているのかに着目し、職場のソーシャル・キャピタルを「他者から自発的な支援が得られる関係性」と捉え直しました。すなわち、「この人のためなら一肌脱いでもいい」と思ってもらえる関係性のことで、一般的な言葉で表現すれば「人脈」に近いかもしれません。ソーシャル・キャピタルが豊かな状態とは、「指示されたから仕方なく仕事をする」のではなく、「この人の助けになってあげよう」という自発的な行動が活発に生まれている状態を指します。

経営学においてソーシャル・キャピタルを測定する指標は必ずしも確立していませんが、1つのわかりやすい例として、個人に対して指名で相談が持ち込まれるかどうかが挙げられます。「この部門の誰に聞くべきか正確にはわからないが、まずは○○さんに相談しよう」と名前が挙がる場合、その人が信頼され、実質的な窓口として機能していることを示しています。

また、ある企業では、研修で出会った人同士がその後どの程度コラボレーションしているかを指標として捉えようとしています。単に研修内容の理解度にとどまらず、その出会いを契機としてどのようなビジネスが生まれたのかを追跡するという考え方です。近年では、ソーシャル・キャピタルが組織力に大きく影響するという観点から、研究も進んでいます。

ここで「人事のダイエット」というテーマに立ち返ると、重要なのは何を基準にダイエットを行うかという点です。コストや利益、株価などのほかにも、時間軸という基準もあります。体脂肪を落とすために極端な食事制限をすれば、筋肉まで落ちてしまうのと同じで、目先のコスト削減を優先するあまり、長い目で見れば組織力を落としてしまうこともある。かといって人脈や関係性に過度に依存した組織だと組織の指揮命令系統が歪められてしまいます。

人事施策には、即効性のあるものと、効果が表れるまでに時間を要するものがあります。結果がすぐに出ないことを理由に施策を打ち切るケースも見られますが、実はあと2、3年待てば実を結ぶはずだった芽を、自ら摘み取ってしまっているのかもしれません。重要なのは、人事や経営者がどこまで結果を待てるかという時間軸、特に長期性の視点です。

雑談やユーモアの効用を人事施策として見直してみる

その観点から見直すべきなのが、従来、無駄とされてきた行為です。たとえば、職場におけるスモールトーク(雑談)やユーモア、ゴシップ、さらには軽いからかいといったものは、生産性を阻害するものとして否定的に捉えられがちでした。しかし近年の研究では、これらが必ずしも悪影響ばかりではないことが示されています。対人関係にポジティブな影響を与え、結果として職場の生産性やワーク・エンゲージメントの向上につながる可能性があるのです。

ラトガース・ニュージャージー州立大学のジェシカ・メソット准教授らの2021年の研究によれば、職場でのスモールトークは、確かにその瞬間の仕事の手を止めさせ、ワーク・エンゲージメントを一時的に低下させます。しかし、その会話によって感情が高揚し、結果として1日の終わりのウェルビーイングを向上させることも明らかになっています。

また、ゴシップは単なる噂話にとどまらず、情報共有や一体感の醸成につながる側面もあります。からかいや冗談のなかには、組織に対して率直な意見を言える余白が含まれており、心理的安全性の一端を担っているともいえるでしょう。

もっとも、ソーシャル・キャピタルには光だけでなく、影も存在します。関係性が強固になりすぎると、いわゆるオールドボーイズネットワークのように、特定の集団に閉じたネットワークが形成され、外部の人材や新しい視点を排除してしまう可能性があります。ある世代にとっての強固なネットワークが、下の世代にとっては「目の上のたんこぶ」になるなど、世代やジェンダーによる壁が生じることもあります。また、からかいやゴシップが、ハラスメントにつながるリスクも否定できません。

これは、ソーシャル・キャピタルが一定の水準まではプラスに働く一方で、行きすぎると逆効果になるという逆U字形の関係で説明できます。したがって重要なのは、バランスを取ることです。

こう見ていくと、スモールトークやゴシップが生まれる環境をいかに作るかという点において、人事が貢献できる余地は大いにあるはずです。少なくとも「効率が悪いから」「コストがかかるから」という理由だけで安易に捨ててよいのか、再考の余地があるでしょう。

人事はさまざまな施策を通じて、ソーシャル・キャピタルを強めることも弱めることもできます。いちばんわかりやすい例は人事異動です。ジョブローテーションは、「玉突き人事」といわれるように、戦略的意図が希薄なまま行われているケースも少なくありません。そのため、近年は否定的に見られることが増えていますが、個人的には非常に重要だと考えています。たとえば、職能の枠を超える異動か否かによって、その人が持つ人脈や関係性の強さを規定することができます。「一皮むけた経験」や「修羅場体験」などと呼ばれる成長機会も、こうした異動によってもたらされることもあります。

いわゆる玉突き人事を行うだけでは、ソーシャル・キャピタルの観点からも十分な効果は期待できません。さらに、多くの場合、異動は本人のキャリアという視点でのみ語られがちですが、本来は異動元・異動先の職場における関係性の再構築まで含めて考える必要があります。

人事のダイエットを考える際には、ソーシャル・キャピタルという視点からも、何を削り、残すべきかを見極め、人事として貢献できることを見直してみるとよいでしょう。人事には施策を通じて個を強くするだけでなく、職場を固める・緩めることで組織力も高めることが期待されています。

Text=瀬戸友子 Photo=刑部友康

関連する記事