Works 195号 特集 経営とインクルージョン
マッチョイズムが作り出す包摂性の誤謬。無意識のマッチョイズムから抜け出すには
多くの日本企業に根深く残る「マッチョイズム」は、働く人々にどのような影響を与え、インクルージョンをどう歪めているのか。リクルートワークス研究所研究員の筒井健太郎に聞いた。

リクルートワークス研究所 研究員
筒井健太郎
早稲田大学法学部卒業後、東京海上日動火災保険入社。三菱UFJリサーチ&コンサルティング、セルムを経て2022 年より現職。2019 年名古屋商科大学大学院マネジメント研究科修了。修士(経営学)。研究領域は人材開発、リーダーシップ開発、男性性研究など。
職場でのマッチョイズムは「男らしさを競う文化」として整理できます。アメリカの社会心理学者、ジェニファー・L・バーダールは、それを支える4つの規範として「弱みを見せてはならない」「強さと強靱さ」「仕事最優先」「弱肉強食」を挙げています。
これらの規範が職場で「望ましい人材像」として共有されると、男女を問わず、弱さを見せずに長時間労働をこなし、競争に打ち勝っていく「仕事至上主義」の人が社内で高く評価されるようになります。
法政大学教授の石山恒貴氏は日本企業の特徴として、会社命令に基づき職種や勤務地、時間を問わずに働く「無限定性」と、新卒での一括採用を経て間断なく働き続ける「標準労働者」という地位規範を挙げ、それらがマッチョイズムと深く結びつき、互いに影響を与え合うことで、「三位一体」の地位規範の「信仰」が強化されていると論じています。多くの伝統的な日本企業(Japanese Traditional Company:JTC)では、極度に男性化された競争社会に残り続けることができる人だけが、長時間労働などのコストに見合った昇進・昇格のメリットを享受する仕組みとなっているのです。
人材の持続可能性を損ないインクルージョンの阻害も
職場におけるマッチョイズムは日本的な雇用システムと相性がよく、ゆえに功罪の両面をもたらしてきました。プラス面では、マッチョイズムの基盤となる強靱さやリスクテイクが共同作業の量と密度を上げる効果がありました。
ただ現在、マッチョイズムにより、主に2つの点で職場にもたらす副作用が大きくなっています。1つは人材の持続可能性を損なうこと。職場で「強靱さ」や「仕事最優先」への賞賛が続くと、働く人が限界まで耐えて疲労を蓄積しやすくなったり、燃え尽きてしまったりすることが起こりがちです。
2つ目は、強靱さや仕事最優先が「標準」になると、日々の家事・育児・介護を担うなど働き方に制約のある人が不利になり、職場のインクルージョンが阻害されることです。
インクルージョンの成立には、「自分が組織の一員として受け入れられている」という感覚と、「自分の弱さも含めてありのままでいられる」という感覚の双方が必要です。ところが、マッチョイズムが強い職場では、前者が満たされれば「同化(アシミレーション)」は達成されたと判断され、後者も含めた真の意味でのインクルージョンには至りません。
なぜなら、マッチョイズムの核心は「弱さの否定」にあり、弱さは「能力不足」や「甘え」など評価を下げるシグナルに変換されてしまうからです。マッチョイズムが強い職場で「弱さも含めたありのままの自分」を開示することはキャリア上のリスクになります。人々が意図的に「弱さ」を消して周りに助けを求めなくなった結果、組織の一体感や助け合いが減り、「自分が組織の一員として受け入れられている」という感覚すら失われる事態も起こり得るのです。
近年、長時間労働やそれに伴う心身の健康被害など、マッチョイズムに伴うコストが顕在化し、家庭における育児や介護のケア責任が女性に偏重していることへの反省から、「新しい男性らしさ」を模索する機運が高まってきました。
2000年代初頭には「ケアリング・マスキュリニティ」という概念が生まれ、欧州の政策に組み込まれました。この概念は、仕事と家事・育児・介護などのプライベートは対立するものではなく、相互に高め合う関係にあるという考えに基づいています。欧州に少し遅れる形で日本でも「イクメン」という言葉が生まれ、2010年度に国の政策として「イクメンプロジェクト(現・共育(トモイク)プロジェクト)」が始まり、男性の育休制度も整いました。
ですが大きな問題は、新しい概念が生まれ、それにひもづいた制度ができても、多くの日本企業でマッチョイズムが「文化」として残り続けていることです。
ある企業で育休を取得した男性をインタビューした際に印象的だったのは、育休取得が1回目のときにはなんとか職場にとどまったものの、2回目以降は「さすがにそれは」という周囲の空気を感じていづらくなり、結局その職場を離脱したという話です。職種や勤務地、時間を問わずに働けない人は「戦力外」のように扱われる文化があったのではないでしょうか。
近年、人的資本経営やジョブ型の導入など制度面の見直しは進みつつあるものの、こうした文化が残る企業では今後もマッチョイズムは温存されていくのではないかと懸念しています。

自分の価値観を明確にしチームの目標設定を
先行研究から見ると、マッチョイズム的な振る舞いをする人たちは、自身がマッチョイズムに染まっているとは気づいていないのだろうと推察されます。厄介なのは、これまで弱さを見せず、競争に勝ち、仕事を最優先することで評価され昇進してきた成功体験が積み上がると、マッチョイズムが自分の強み、すなわち「自分らしさ」として内面化してしまうことです。
またマッチョイズムが強い職場で働く人のなかには、本音では「仕事第一主義から脱したい」と願う人もいるかもしれません。ただ、規範に反することを口にするのは勇気がいるもの。「周囲に合わせた言動をするほうが業務は円滑に進むだろう」と考え、誰も本音を言わなくなった結果、マッチョイズムが職場内で再生産されることもあり得るのです。
マッチョイズムの内面化や再生産に抗する免疫は、「ありのままの自分」と「ありのままの私たち」が何なのかを認識するところから生まれます。そのために有効なのが、“I(私は何者か)”と“We(私たちは何者か)”の2つの軸を育てるための対話を、職場で実践することです。
まずは、自らの価値観や強み、限界を理解したうえで、チームの成果に資するためには何をすればいいのかを考えることが出発点になります。この作業は1人だけでは完成しません。他者の問いやフィードバックを受けることで、自らの価値観や限界が明確になり、「ありのままの自分」を見出すことができるでしょう。
その次に「私たちはチームとして何を大事にするのか」をチーム単位で考えます。まず現時点で私たちがどれだけマッチョイズムの影響を受けてきたのかを把握し、何が「当たり前のこと」だと扱われてきたのかを言語化し、そのうえで目指す姿を話し合って目標を設定し、アクションプランに落とし込むのです。いずれの過程においても、上司だけではなく部下も参加し、活発に意見交換できる環境を整備することが必須となります。
Text = 川口敦子 Photo =刑部友康
メールマガジン登録
各種お問い合わせ