Works 192号 特集 2026年-2035年 次の10年 雇用の未来を描く

人手不足深刻な医療・介護職 働き方と意識の「アップデート」で克服を

2025年11月13日

一般社団法人「地域医療未来創造ネットワーク(NRHA/ナーハ)」は、医療・介護の現場で業務効率化やDXを支援し、人手不足に対抗しようとしている。理事長の梅村将成氏は、業務改革に加えて医師・看護師らが、意識を「アップデート」する必要があると指摘した。

ナーハは2024年に設立され、全国350以上の医療機関や介護施設が会員に名を連ねる。活動のなかで特徴的なのは、会員同士のつながりづくりをサポートすることで、組織の垣根を越えて人材をシェアする体制を整えようとしていることだ。たとえば訪問診療を行うには、夜間も「オンコール」(利用者からの電話)に対応するため、医師や看護師らを確保する必要がある。ナーハが訪問診療を始めようとしている病院を、夜間診療の体制が整った事業者につなぎ、病院はこの事業者に夜間診療を委託した。夜間オンコールの集約化により、病院は昼間の診療に人材を集中できるようになった。

梅村氏は「不得手な領域を得意な法人に任せ、人材やリソースをシェアすることで、医療の質を落とさず人手も確保できます」と説明した。

ナーハの会員である複数の医療法人が、訪問診療や治療などそれぞれの得意分野を担うことで、老人保健施設を中重度の要介護者や医療の必要な人を受け入れる住宅型有料老人ホームに衣替えした事例もある。この施設ではカルテの音声入力や、カメラやセンサーを使った見守りシステムなどDXも進め、入力作業や夜間巡視など職員の負担も減ったという。ただ医療・介護施設のDXには課題も多いと、梅村氏は指摘する。

「建物が古く鉄筋でWi-Fiが届かない、段差が多くロボットや自動配薬システムを導入できないといったこともよくあります。診療・介護報酬は上限がある一方、資材価格は高騰して改修費用が膨らみ、施設に投資しにくいのです」(梅村氏)

ナーハ理事の伊藤綾氏は、人材確保にはDXやワークシェアに加え、子育て中の職員やシニアら多様な人材が働ける環境整備も不可欠だと強調した。たとえば看護師は出産後、子育てのために夜間対応が難しくなり、退職するケースが少なくない。「本人のキャリアへの影響はもちろん、事業の観点では1人が離職するとほかの人の業務負担が増して離職の連鎖が起き、採用コストがかさんで収益性も低下する、という悪循環になってしまいます」(伊藤氏)

伊藤氏の運営する訪問看護事業「ソフィアメディ」は「オンコールなし土日勤務あり」「オンコールあり土日勤務なし」など、働き方を細かく選べる「ここいろ社員」制度や、1時間単位で有休を取得できる仕組みなどを導入した。優れた取り組みをしている事業所や個人を表彰する制度を設け、職員のモチベーションも高めている。

「毎月のサーベイや面談、職員への声かけなどを通じて地道にニーズを拾い上げ、実現してきました。制度をきめ細かくするほど運営は複雑になりますが、離職を防ぐために乗り越えなければならない壁だと考えています」(伊藤氏)

改まらない長時間労働 「理想像」から脱却を

梅村氏は現場を変える際の課題として、医療・介護従事者の意識改革を挙げる。梅村氏も外科医で、現場勤務時代は子育てを妻任せにし、病院に泊まり込む日も多かった。

「当時は、休日も家族を顧みず手術することが美談とされる文化がありましたが、若手にこうした考えは通用しません。しかし働き方を変えたいと思っても、医師自身には経営や業務改革の経験がなく、職場を変える知見がないのです」(梅村氏)

2024年に時間外・休日労働時間の上限規制が適用されて以降も、医療現場の一部では業務改革ではなく、学会準備や論文作成を「自己研鑽」として労働時間から外す、規制対象外の院長らが週3回当直する、といった小手先の対応でしのいでいるという話も聞かれるという。

長時間労働は、若手・女性の医師のなり手不足や離職も招いているが、医療現場の「働き方改革」の動きは鈍いのが現状だ。梅村氏は「最大の理由は、医師自身が『医療者は24時間365日患者にコミットできる状態であるべきだ』という『医師像』から脱却できないことだ」と指摘した。

「思い描く医師像に固執するあまり、外部の声に耳を傾けようとしない人もいます。しかし働き方を変えても医師としての理想を目指すことはできるのだ、と意識を一段階引き上げて、他業界のいいところを取り入れる柔軟性が必要です」(梅村氏)

梅村氏が、かつて院長を務めた病院で時短勤務を積極的に導入したところ、若手医師8名中6名を女性が占めるようになったという。ナーハに参加する医師たちが、こうした現場の成功事例を学会などで提言することで、「医療者が、現場の課題と解決策を自ら見つける空気をつくることが大事だと考えています」と、梅村氏は語った。

Text=有馬知子 Photo=NRHA提供

梅村将成氏

地域医療未来創造ネットワーク(NRHA/ナーハ)理事長。

自治医科大学卒業後、外科医として市中病院に勤務。救急医療から在宅診療まで、地域医療の最前線で多様な臨床経験を積む。医療法人桂名会大須病院では病院長としてリーダーシップを発揮。2025年より医療法人社団西日本平郁会 𠮷田クリニック院長に就任。

伊藤 綾氏

地域医療未来創造ネットワーク(NRHA/ナーハ)理事。

出版社勤務、専業主婦を経て、2000年リクルート入社。リクルートホールディングスでダイバーシティ推進部部長、ソーシャルエンタープライズ推進室(現トランスフォーメーション部推進室)室長などを務める。2019年ソフィアメディに入社し、2022年より代表取締役社長。